第41回 介護施設入所決断の時、家族の考えること、すること

介護施設への入所を決断することは、本人にとって、また家族にとっても、いろいろな試練を伴います。住み慣れた自宅から離れる寂しさや不安、新しい場所で見知らぬ人とうまくやっていけるのか、好きなことができなのではないか、など悪いことばかりが頭をよぎり、まるで遠くの地に行ってしまうかのような思いに科せられます。

2000年に介護医保険が施行されて以来、20年近く歳月がたちました。そして、高齢化率が25%を超え、高齢者のいる世帯が全世帯の42.6%となった現状では、最後まで家族の世話になるのが不可能な現状もあります。今や、介護の社会化が日常的になり、社会資源の支援なしでは高齢者が生活できないのが実態です。

ここでは、認知症の人の介護施設入所について考えみたいと思います。
この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 一人暮らしの古谷志乃さん(仮名)の場合
  2. 志乃さんの心理
  3. 家族が考えること、すること
  4. ユッキー先生のアドバイス

一人暮らしの古谷志乃さん(仮名)の場合

5年前に夫が他界し、現在では一人暮らしの古谷志乃さん(仮名)81歳は、2人の娘さんが近くに住んでいて、何かの時は、交代で世話をしてくれていました。1年前の5月の連休に、2人の娘さんと温泉旅行に行った時、娘さんたちがご本人の異常に気付いたのでした。

温泉にいってもお風呂に入ろうとしない、旅館の部屋から出ようとしない、夕食の時に話かけても話に乗ってこない、など今までの志乃さんとは違う状況に娘さんたちは戸惑ってしまいました。

旅行から帰ると、車で5分ぐらい離れた長女の美穂さん(54歳)に頻回電話がかかってくるようになりました。内容は、公共料金の支払いのことや、夕食のこと、さらには孫の心配など、時には1時間以上何度も同じことを電話でしゃべるようになったのでした。

美穂さんが電話に出ないときは、次女の美樹さん(51歳)に電話をかけ、最近では夜中に「誰かが家の中をのぞいている、怖い、早く来て」と呼びつけることもありました。

ある日のこと、長女が仕事の帰りに志乃さん家に寄ると、暗い部屋で、夕食も取らずに、ぼーっと座っている志乃さんの姿に愕然としたのでした。そして次女と相談して近くの総合病院に受診することにしました。

検査の結果は、初期のアルツハイマー病で、担当医から「一人暮らしは難しい」と忠告され姉妹は愕然としました。志乃さんにも医師からアルツハイマー病と告知されたので、診察室を出るなり、「大丈夫よ、買い物だって、なんだってできるから」と娘たちに怒りを露わにしたため、とりあえずはこのまま独居を続けることにしました。

その後も徐々に混乱が激しくなり、娘たちは入所を決意しました。まずは、地域包括支援センターに施設の相談に行き、要介護認定の申請をしました。調査員の面接では、志乃さん自身が質問に回答し、生活上ほとんど問題ないと強調したのでした。

家族の聞き取りでも、志乃さんが傍にいたので、立ち会った美穂さんが日常での混乱ぶりを話すと「そんなことない」と発言を制止してしまい、正確には志乃さんの様子を伝えられませんでした。

介護認定結果は要介護1でしたが、ケアマネジャーさんにお願いして施設を紹介してもらったところ、新設のグループホームに入所できるとの連絡があり、次女と相談し、入所をお願いすることにしました。

それ以降が姉妹にとっての試練でした。まずは、志乃さんをどのように説得して入所させたらいいのか、実際にそのグル―プホームで適応できるだろうか、そして、広い一軒家で生活していた志乃さんのことを考えるとなんだかかわいそうに思えてきたのでした。

入所の説得について散々悩み、ケアマネジャーさんに相談したところ、一度志乃さんを連れてグループホームに見学に行き、そこで説得するように勧められました。

そこで、志乃さんには、昼食を食べに誘い出し、食事が終わってから、その施設に黙って連れていきました。グループホームにはケアマネジャーさんと施設の職員が待ちかねていて、施設を案内してくれました。

最初のうちは、おとなしくグループホーム内を見学していたのですが、それが終わって入所の説明になると、娘たちに向かって表情険しく「あなた達、私を騙したわね」と口を閉ざしてしまいました。

帰りの車の中では、長女と次女に対して「グルになって私を騙した」「私が邪魔になったのか」「恩を忘れた恩知らず」など、思いつく非難の言葉を浴びせ続けました。

その後も生活上の混乱はひどく、娘たちに激しい攻撃の言葉を浴びせたかと思うと、突然「あなたが頼り、いつまでも傍にいてね」と懇願することもありました。このような激しい感情の起伏が毎日続き、また食事はほとんど食パンしか食べず、入浴もせず、室内が雑然とした状況に娘たちは疲れ果ててしまいました。

志乃さんの心理

志乃さんは、軽度のアルツハイマー病で、もの忘れはひどくても周囲の状況はある程度把握でき、生活に必要な理解力や判断力は保持されています。この時期の混乱は、もの忘れによるものと、自身で「何かおかしい」「今までの自分とは違う」という漠然とした自覚があり、それが不安を呼び、生活上のパニックにつながるようです。

娘さんたちは、志乃さんと一緒に温泉に行ったときに、志乃さんの異常に気づきましたが、志乃さんはもっと以前から、崩れていく自身に気づいていたのでしょう。だから、温泉に行っても温泉に入らない、旅行に行っても外出しない、と新しい場所や状況での失敗や混乱を恐れ、それを回避する行動にでたのでした。

辻褄を合わせる会話や積極的に自分の意見を述べたりすることもしなくなりました。このような今までの本人に考えられない一連の行動は、家族を動転させますし、その姿を見て、本人はますます動揺し、それが自分を守る行動として、怒りを露わにするのかもしれません。

このような自己防衛の反応は、初期の認知症の人によくある行動です。この時期に家族が施設への入所を口に出すことは、家族から見捨てられる不安に駆られるます。そこでの志乃さんの反撃が「グルになって私を騙した」「私が邪魔になったのか」「母の恩を忘れた恩知らず」といった娘たちへの攻撃でした。

この言葉に、娘さんたちは驚いたでしょう。そして、現状での入所を保留にし、もう少したって、娘たちのペースでことが運ぶ状況になるまで何とか母親を世話していこうと思ったのでした。

娘たちが驚き、慌てふためく姿を目の当たりした志乃さんの心情はどうだったのでしょうか。強気の発言の裏には、「娘たちに助けてもらわなければ一人では生活できない」と思った反面、「世話ぐらいしてくれるに違いない」と、志乃さん自身に言い聞かせていたのかもしれません。

家族が考えること、すること

家族がご本人の入所を決意するには、その背景にいろいろな事情があると察します。その決定が良い、悪い、といった問題ではありません。いずれにしても、大方の場合は、家族側の都合で決められるものです。ご本人の意思、意向も同じであれば、全く問題ないのですが、多くの認知症の人の場合は、自身の意に反する青天の霹靂で、到底納得できるものではありません。

そこで、家族が入所を決めたときに考えることは、その決断した経緯をもう一度問いかけてみることです。「世話の方法がわからない」、「今の仕事を続けたい」、「世話はもうしたくない」など、自身の本音と向き合ってみてください。それをすることで、上手い言葉で入所を説得させよう、と思う気持ちが変わります。

自身と向き合うことは、おそらくとても辛いことで、それゆえに入所を先送りしようと考える人もいます。この自分と向き合うことは、決して入所を断念させるための手段として申し上げているのではありません。家族の都合での入所ですから、土下座も覚悟で、入所をお願いすべきと思います。

お願いに際しては、入所を決意した経緯をわかりやすく説明してください。今のご本人の状態を説明し、世話を続けることができなくなった理由を率直に述べ、「だから私のために、入所をお願いします」「私が困っている、私を助けてほしい」と認知症の人と真正面に向き合い、懇願してください。

忘れてはいけないことは、たとえ入所しても、その人の絆を断ち切るのでなく、もっと強い絆で、その後も見守り続けることを誓ってください。私の臨床経験では、「あなたにとって入所したほうが良い」「あなたのためを思って良い施設を見つけた」といった説得はかえってご本人が「自分のためなら、ほっておいてほしい」と断固拒否する場合が少なくありません。

家族が入所を決めても本人がそれに同意しなければ、志乃さんの場合のように、施設入所にはなかなかつながりません。そこで、何とか騙してでも入所させようとする介護者がいますが、それだけは絶対にしないでください。

なぜならば、あなたが自分の家族に騙され、今の生活と全く違う環境に突然連れていかれることを想像してみてください。そのときは、家族を恨むだけではありません。騙されたことの深い悲しみは、遺恨と言うよりも人生の絶望を感じるでしょう。家族の都合で、認知症の人の心まで切り裂くことは罪です。

(画像はイメージです)

ユッキー先生のアドバイス

介護施設に入所することは、決して最悪な手段ではありません。在宅で世話を続けることであなたの負担が重くなり、ご本人に対して「この人さえいなければ」と悪い感情を抱くようになるよりも、むしろ入所の決断の方がよいように思います。

また、「自分でなければこの人を世話できる人はいない」と思うこともありますが、それはあなたの驕りかもしれません。プロの介護士の人たちには、とても良い世話をしてくれる人が沢山います。

ただプロの介護士に無いのがその人との絆です。あなたは、たとえ施設にお願いしても。ご本人と絆を大切にすることを第一に考えてください。それには、『(お世話を)して上げている』関係だけでなく、あなたがご本人から『(入所)してもらう』持ちつ持たれつの関係作りも重要です。その関係は、ご本人に対してあなたを優しくしてくれるはずです。

(2016年5月23日)



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