第80回 認知症の人の身体拘束根絶を目指し現場がすべきこと
- 人権擁護の見地から、医療現場で身体拘束が行われていることの批判は当然のことと思われます。しかし、医療機関で身体拘束を全く認めないとすると、その反発も強いでしょう。
このテーマは、非常に複雑な問題なので、一言で身体拘束根絶の解決方法が述べられるとは思いませんが、医療現場ではその努力はすべきでしょう。
今回は、私の医師としての立場から、認知症の人に拘束をしない医療を考えてみます。
- この記事の執筆
先入観を取り除く
ごく最近、認知症の人の家族が私に、「肺炎で入院したのですが、認知症と報告しただけで、その日から身体拘束を受けました」と伝えてくれました。実際にこのようなケースがあることは、否めません。その時の受け持ち看護師からは「認知症ですから、拘束が必要です。予め拘束処置の同意書にサインをお願いします」と説明されたとのことでした。
医療従事者が身体拘束根絶のために必要なことは、「認知症の人には身体拘束が必要」という先入観を払拭することです。私の勤務する和光病院では、認知症の行動障害を中心に入院治療を行っていますが、2002年4月の開院以来身体拘束は行っていません(第78回(1)、(2)参照)。入院者のほとんどが身体合併症を有していて、様々な処置を行っていますが、「認知症だから身体拘束が必要」ではないことが実践から証明できます。
第78回コラムでも述べましたが、和光病院では身体拘束に使う道具は、病棟においてありません。そして、全てのスタッフが「身体拘束はしない」という決められたルールを認識していますので、身体拘束の三原則を議論することもありません。すなわち、重要なことは、施設全体で身体拘束しないという風土づくりです。
施設風土の改革
身体拘束を実施する根拠が身体拘束の三原則です。患者の生命または身体が危険にさらされると判断したときの「切迫性」、身体拘束以外に患者の安全を確保する方法がない場合の「非代替性」、そして身体拘束が一時的である「一時性」が対象の患者に当てはまると、拘束が認められます。
しかし、この三原則に適合すると思われる具体的な患者の状態や3つの原則の判断基準は示されていません。それゆえ各医療機関では独自の基準で三原則の適合を決めています。場合によっては、現場のスタッフの個人的な判断で身体拘束が行われ、事後に報告しているケースも少なくありません。
そこには「三原則さえ守れば身体拘束を実施してよい」という解釈が徐々に浸透し、それがやがて認知症の人には「拘束をしてもよい」という暗黙の了解を生み出すことになります。このようなことが施設に根付いてしまうと、身体拘束が当然となり、「拘束をしなければ治療にならない」と考え、日常に身体拘束が行われていても誰も疑問を持たなくなります。
このような施設風土を改革しないと、身体拘束を根絶することはできません。それには、まず施設のリーダーが音頭を取り、各部署のスタッフの間で議論を重ね、拘束廃止に向けた方向性を全スタッフが共通認識することです。そこでは、身体拘束を受ける患者が被る身体、精神的な負担をディスカッションし、身体拘束をしなくとも安全に医療行為や介護が実践できる具体的な方法を提示することが求められます。
身体拘束三原則の厳守
高度な医療機器や外科的処置が必要な患者の入院を受け入れる病院では、身体拘束が治療上必要なことも理解できます。その際には、身体拘束三原則の厳守が求められます。それには各機関が協議、合意して、身体拘束実施のためのマニュアルの作成が必須です。それが現場スタッフの共通認識となり、身体拘束実施決定に際しては、その経緯の説明と実施に際しての事故等に対する施設責任者を明確化することが求められます。
身体拘束を受ける患者が被る身体的、精神的な負担は、決して軽いものではありません。認知症の人の場合は、病態の急速な悪化や寝たきり状態に陥ることも数多く経験します。それらのリスクを最小限に留めるための方法や、その弊害の対処方法を具体的に本人や家族に提示し、同意を得ることが必要です。すなわち、三原則に適合する状態だけを説明し、拘束を実施することは、インフォームド・コンセント(説明と同意)には当たりません。
また、身体拘束実施決定後も、日々変化する病状に対し、常に三原則に適合するか否かを十分に観察し、できるだけ早期に拘束を開放すべきです。すなわち、身体拘束を万遍と長時間継続することは、三原則の厳守にはなりませんし、むしろ虐待に相当し、責任者は犯罪として処分の対象になります。
スピリチュアル・ケアSpiritual care
スピリチュアル・ケアとは、「病気や障害を持った人などのケアには、その人が生きている意味や目的についての関心や懸念に関わっていくこと」を言います(WHO「ガンの緩和ケアに関する専門委員会報告」1983年)。すなわち、その人の生きる目的や意味に関わり、その人が生きていることの価値に触れ、その人の個人的安らぎを感じそれに関わり、そしてその人の生き方に触れるケアの実践です。
すなわち、患者の精神性に触れるケアが求められます。哲学的で宗教的な印象を受け大変難しく考えてしまいますが、ごく簡単に言うと、もし自分がその人であったら、どのようなケアしてもらうことが「心地よい」のか、それを考え、実際にそのケアを提供すること、と私は解釈しています。
身体拘束三原則に適合する状態であっても、拘束される患者にとっては心地良いわけがありません。それは当然認知症の人においても同じ気持ちです。それゆえに、身体拘束をしないケアをスタッフ一同で考えるべきです。
ユッキー先生のアドバイス
新年1月11日(土)のNHKスペシャル「認知症の第一人者が認知症になった」が放映されました。認知症の世界的な研究者であり臨床家の長谷川和夫先生が、自身の認知症体験を専門家の視点と本人の視点で語られた番組で、私としても衝撃的な番組でした。
長谷川先生は番組で、認知症の人は不確かなことばかりでなく、状況を理解した確かな時間も存在することを自らの言葉で語られています。身体拘束を受けている認知症の人が確かな空間にいたとしたら、何を考え、何を思うのでしょうか。屈辱的で、悲しくて、怒り心頭の気持ちでしょう。そんな時に、大声で「助けてくれ」と叫ぶのは、本当に助けてほしいからではないでしょうか。
医療が求められることは、病気を治すことと、その人の心を癒すことです。医療職や介護職に課せられたこの2つの課題を天職として自覚し、ケアに従事するとしたら、身体拘束の是非をもう一度考え直していただきたいと思います。
(2020年2月13日)
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