第40回 若年性アルツハイマー病のケア ~介護力チェック~
- 若年性アルツハイマー病(以下若年性ADとします)と診断されることは、本人はもとより、家族にとっても大変辛いことです。人の一生で、最も充実した生活が期待できる中高年期に、生活能力そのものが認知症に侵される現実と、本人やご家族はどのように向き合えばよいのでしょうか。
残念ながら、現状ではこの若年性ADを治す根治薬はありません。日常診療では、4種の抗認知症薬がこの治療に用いられていますが、これらの薬は、進行を多少抑えたり、症状を多少改善したりする薬で、対症療法として用いられ、ADそのものを治す根治薬ではありません。
この回では、若年性ADに対するご家族の対応方法について、私の考えを述べてみます。実際に、正しい方法、効果が必ず期待できる方法など、いまのところありませんので、私の臨床経験から対応方法を皆さんに提案します。
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病名の告知
若年性ADと医師が診断した後に、その病名告知が本人とご家族に行われます。その時点から、この病気との戦いが始まりますが、その戦いに挑むにあたっての心構えについて述べましょう。
診断した医師は、ご家族に本人への診断告知の諾否を尋ねます。家族の中には、本人への直接の告知を拒否する人もいます。ご家族にもいろいろな考えがあると思いますが、是非とも医師から直接本人に告知してもらうようにしてください。病名告知は、治療始まりの第一歩です。そして、病名告知は、ご本人が病気に立ち向かうことを決意する最初の機会でもあります。
私にセカンドオピニオンを依頼し受診した方は、ある総合病院でうつ病と診断を受けました。当初から本人は、その診断に疑問を持ち、妻に問い詰めるのですが、妻は「うつ病」を貫いていました。そのうち、妻は本人の責め立てに耐えられなくなり、セカンドオピニオンのために受診したのでした。
しかし、受診前に奥さんから、「今まで本人に若年性ADの診断を隠して来たので、この度もうつ病と診断してください」と懇願されました。そこで、奥さんに病名告知のメリットとデメリットについて丁寧に説明しましたところ、告知に同意し、ご本人に若年性ADであることを伝えました。ご本人の第一声が「やっぱりそうでしたか」でした。
告知で重要なことは、病名を伝えることだけでなく、この病気とどのように戦っていくか、そして将来どのように生活を過ごしたらいいか、そのためにはどのような準備をしなければならないか、を本人と家族と治療者が一緒に考えるためのものです。
この人は59歳で市役所に勤務していました。もうすぐ定年でしたが、早期退職を申し出たほうが良いのか、病気のための長期休暇を申請した方が良いのか、妻は迷っていました。
しかし、本人を連れて人事課に行き、これまでの経緯を正直に説明することを決意しました。人事課では、早速本人の希望と家族の希望を聞き、両者にとってどちらの選択が良いのか、資料を提示して説明してくれたそうです。結局、長期休暇後に満期退職を迎えました。
その時、その妻は「夫に病名を隠していたときは、毎日が緊張の連続でした。正直に診断を伝えた時の夫の顔を見てほっとしました。その後は、夫も一緒に病気と闘ってくれ、家族会にも入りました」この言葉に象徴されますように、病気を隠すことは、本人のみならず、家族にとってとても大きなストレスになります。
本人の意思・意向確認
若年性ADと告知されたご本人の心情は、不安と恐怖そして怒りが入り混じり、やりきれない思いでしょう。そして絶望と落胆、自己嫌悪といった自爆的な感情に襲われ、そこから抜け出したい、といった焦燥感にも襲われます。
しかし、多くの人は、次の瞬間に、居直りとも、諦めとも思える「何とかなる」といった前向きの感情に変わります。初期の認知症の人の心は、不安、恐怖、失望といった暗い気持ちと、病気と戦うチャレンジ精神が入り混じった複雑なものです。
すなわち、病気に負けたくない、何とかしたい、といった立ち向かう気持ちが心のどこかに必ず存在します。そのようなポジティブな感情をケアに役立てることが重要です。とかく認知症の人は、何も考えられない、と思われていますが、決してそうではありません。初期では、客観的に将来の自分を捕らえることもできます。
ここで重要なことは、認知症という病気があっても将来どのような生活を送りたいか、どのように人生を終わられたいのかを、ご本人に尋ねてみてください。それにより、ご本人の意思・意向が明確になり、今後の介護の方向性に大きな示唆を与えてくれます。
介護力チェック
若年性ADのケアは、長期に渡ります。それゆえ、介護する主たる介護者の介護力を自身で評価する必要があります。介護力が十分でないと判断した事柄については、早めにその対策を講じる必要があります。
健康状態のチェック
介護者が健康であることが介護する際の絶対的条件です。長期にわたる介護生活においても健康は大切ですが、高齢の介護者が多いので、なかなか健康を維持することは容易ではありません。
対策
・当然のことながら、以前から健康に問題がある場合は、その治療に専念してください。自身の病気の治療を後回しにして、その病気が悪化し、介護ができなくなると、途方に暮れるのはご本人です。
・あなたが、病気によって無理することができない項目を書き出すことで自覚が生まれます。例えば腰痛があるときは「重いものが持てない」、高血圧の人は「毎日血圧をチェックする」などと書き出しておくと、毎日の生活の中で健康に十分注意した対応を行っていけます。
・あなたの健康状態で、どのような症状が見られたら介護の継続が不可能か、あらかじめ主治医に確認しておくことも重要です。そして、介護継続が不可能になったときの対策を講じておく必要もあります。その時は、ショートステイやデイサービス、ホームヘルパー等のサービス利用を考慮するとよいでしょう。ただし、若年性ADの方の受け入れを拒む施設が多いことを念頭に置き、あらかじめ地域の施設等を検索しておきます。
補助介護者の有無
主たる介護をサポートする他の家族がいつも傍にいますか。いない場合は以下の対策をたてます。
対策
・別居している他の家族に本人の状態を詳しく説明しておきましょう。また、連絡を密にして、普段の様子をまめに伝えておくことも重要です。
・他の家族が何かの時にすぐに駆けつけられる体制をつくっておくべきです。その際に、連絡場所の確認、到着までのかかる時間、駆けつけられる時間帯、などをあらかじめ話し合ってください。
・近所に頼れる他の家族がいない場合は、隣近所の親しい人に事情を話し、助けや協力が得られるか否かを確認しておくこともすべきでしょう。以前と異なり、今や認知症という病気の理解が地域に行き渡っています。勇気をもって、地域の方にも支援を求めてみてください。
・ケアマネジャー、介護事業所、地域包括支援センター、所轄役所などの連絡先を確認しておきましょう。どんな時でも、社会サービスの有効利用は欠かせません。そのためには、あらかじめ社会サービスの事業者に、こまめに相談してみてください。
経済状態のチェック
今後、医療費や介護費などいろいろ経費がかさばります。計画的に資産を運用する策を考えてください。認知症の人のケアは大変お金がかかります。
対策
・現在の家計の状態、預貯金、不動産等の資産の計画的な運用、同時に住宅ローン等の債務などの対応を考えましょう。
・公的な補助金を活用してください。医療費の負担軽減、障害者年金、あるいは所得税控除などの所得を補助する制度の活用を勧めます。
・若年性ADは難病に指定されていませんが、前頭側頭葉変性症は平成27年7月に難病に指定されました。この変性症の一つに前頭側頭型認知症(FTD)があります。この認知症は、若年発症が多い病気ですのでこのような診断を受けた人は、難病の申請を行ってください。それにより、医療費の控除、また訪問介護や介護保険での医療系サービスの経費が控除されます。
他の扶養家族のこと
就学児童や他の就学者、また障害者など、扶養しなければいけない家族が同居していると、さらに大きな負担が強いられます。
対策
・この場合も、社会資源の利用は欠かせません。扶養が必要な家族に対してもどのような社会サービスを受けられるか、関係機関に相談してみてください。児童手当はもとより、さまざまな補助金が得られます。それらの制度を活用して下さい。
・無論、どちらの介護を優先すべきか、決められるものではありません。しかし、近い将来、どうしてもどちらかを優先すべき決断に迫られることも念頭に置きましょう。そこでは、まさしく「介護をシェアする」という考えに徹しましょう。誰とシェアするのか、どこで介護するのか、どのような内容の介護を他者に任せるのか、あらかじめ他の家族や専門家と相談しておきましょう。その時点で結論は出ないと思いますが、心づもりはとても重要です。
介護が得意か、苦手か
介護の得意な人、苦手な人がいます。あなたは介護が上手ですか。下手ですか。
対策
・「介護は、愛情がなければできない」と言う人がいますが、愛情があれば介護がうまくできる、というものでもありません。ここでの「愛情」とは、家族間の愛情を意味します。すなわち、関係の良い夫婦であれば、ケアが上手くいき、逆に愛情がないから介護が下手、ということではありません。極端なことを言うと、プロの介護者は、愛情よりも技術をもって上手に介護を仕事として行っています。在宅での介護は、半ば強制的に、立場上やらなければならない人がほとんどです。介護が上手にできないからと言って愛情がないから、と決めつけないでください。
・では、どうするか。以前から申し上げているように、「介護をシェア」しましょう。あなた自信ができることは、あなたが行います。苦手なこと、いやなことはプロの介護者にお願いしましょう。
・具体的には、あなたは、いつまでも配偶者であり、家族であることを忘れないでください。プロの介護者は、決して配偶者にはなれませんし、娘や子にはなれません。しかし、食事の支度、トイレやお風呂の世話はプロでもできます。むしろ、プロのほうが上手かもしれません。
本人との関係性
長年、ご本人と生活を共にして、これまでの関係はどうだったか、自問自答してください。その関係性によっては介護の負担感が異なります。
・とかく、家族の誰が主たる介護者になるかは、その人との続柄で必然的に決まってしまうことが多いようです。その決定が、介護負担感を大きなものにし、あなたの介護に対する拒否的な感情を膨らませることがあります。 1.あなたの在宅介護の限界を決めてください。
対策
・お元気であったころのご本人に対するあなたの感情はいかがでしたか。振り返って考えてみることも介護を始めるに当たって大切ではないかと考えます。
・これまでの関係が良ければ、ご本人への介護が当然の行為として受け入れ、また生活上の失敗も病気として受け入れることができます。しかし、以前の関係が良くない状況では、ご本人の行為の一つひとつに負担を感じることでしょう。
・ご本人と良い関係ではなかったとしても、在宅介護を継続できる介護者はいます。しかし、多くは当初から在宅介護に負担感を感じ、逃げ出したくなります。そんな時に冷静になって以下のことを心づもりしておいてください。
例えば、失禁するようになったら介護ができない、自分の指示に抵抗して激しい言葉を繰り返すようになったら在宅では無理、1年は我慢するがそれ以上は我慢できない、子供が進学する時期になったら介護はできない、など
2.もし、在宅介護ができないと思ったときに、どこで、誰に介護をお願いするか、あらかじめ決めておいてください。
ここで重要なのが「介護をシェアする」という考え方です。あなたの限界を超えた時は、主たる介護者の地位をプロに譲り、あなたは、家族として後方支援に回る算段を考えてください。
3.できるだけ、当初から介護をシェアする方法を考えてください。
あなたがやらないで済むこと、あなたができないことは、「自分でやらなければならない」と考えずに、他の人に行ってもらうことも考えましょう。
(画像はイメージです)
ユッキー先生のアドバイス
若年性ADのケアも基本的には一般的な認知症ケアと変わりません。しかし、環境としては以下の点で大きく異なります。
1.進行が速い
2.認知症の薬による進行抑制の効果があまり期待できない
3.激しい精神症状や行動の障害が目立つ
4.介護負担が大きい
5.介護者の生活に大きな影響を与える
6.介護施設の入所などのサービスが受けづらい
7.地域の社会サービスが十分に受けられない、拒否されることがある
8.金銭的に負担が大きい
などがあげられます。それゆえ、初期から十分な準備が必要です。しかし、多くの介護者にとって、晴天の霹靂のように全く予期せぬ出来事なので、途方に暮れてしまいます。またそれが当然です。
心のどこかに「信じがたい」「間違えに決まっている」との思いがあることも確かです。そのようなときは、一人で悩まず、一度下記に相談してみてください。
若年性認知症コールセンター 0800-100-2707
全国若年認知症家族会・支援者連絡協議会/若年性認知症サポートセンター 03-5919-4186
認知症の人と家族の会 0120-294-456
若年認知症ねりまの会 090-8812-5298
若年認知症いたばしの会 090-9315-6490
※編集部より※
このような若年性認知症に関する窓口は全国に配置されております。
お住まいの市区町村のホームページをご確認ください。
(2016年4月27日)
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