第75回 大災害時の認知症の人の対応~今何を準備すべきか

昨年2018年6月に政府が発表した「全国地震動予測地図」のことは、記憶に新しいと思います。その衝撃的な予測では、これから30年以内に震度6以上の地震が発生する確率が、関東の千葉、横浜、水戸地域で80%以上、また南海トラフ地震が予測される高知、徳島、静岡では70%以上でした。

実際に大きな地震が毎年のように発生し、また異常気象に伴う洪水や土砂崩れ、そして今年も大型台風が次々と日本に上陸し、大きな被害をもたらしています。このような災害時に常に問題になるのが、高齢者や障害者の避難対策です。

大災害時の対応マニュアルは、地元自治体や多くの団体が発表していますのでご参考ください。このコラムでは、認知症の人の災害時の対応について、少し視点を変えて、私見を述べたいと思います。
この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. その時の認知症の人
  2. 福祉避難所
  3. その時、家族のすべき行動
  4. 今、家族は何をすべきか
  5. ユッキー先生のアドバイス

その時の認知症の人

認知症の人を自宅で世話している家族の大多数は、災害時に認知症の人がどのようなパニックに陥るのか心配しています。時々見られる困った行動が、災害時にさらに酷くなるのではないか、家族自身もパニックになっているのに冷静な対応ができるだろうか、といった不安を抱えています。

実際に熊本大地震の時に、避難所にいた認知症ケア専門士の話を聞くと、震災の直後は、意外と皆さん冷静で、パニックになって困った記憶はない、との事でした。むしろ家族の方が認知症の人の対応について困惑しているケースが目立ったようです。

ある家族は、他の避難者の迷惑を考え、認知症の人と避難所内の別の場所で過ごした話を聞きました。その時認知症の人は、普段よりむしろ家族の指示に従い、落ち着いていたとのことでした。おそらく、周囲の状況から大変なことが起きていると察し、頼れる家族に身を寄せていたのではないかと予測します。

災害直後の認知症の人の様子は、このように介護者や他の避難者を困らせる行動上の大きな問題はあまり見られないようです。ただ、避難生活が長くなると、その環境に適応できず、混乱し、それが異常な行動に結びつきます。特に避難先での排泄の対応は家族が困ったようです。

福祉避難所

家族の方は、災害時の「福祉避難所」の存在を覚えておいてください。この避難施設は、一般の避難所と異なり、認知症の人など障害を持つ人が、災害時に円滑に滞在できる場所の確保を目的とした避難所です。すなわち、認知症の人だけでなく、様々な障害を持った人の避難所で、社会福祉施設、デイサービスセンターや小規模多機能施設などの通所施設がそれらに当てられます。その他に既存の宿泊施設、小・中学校や公民館などの公的施設にも設置されます。

福祉避難所には、介護用品や生理用品は無論の事、様々な生活用品が用意されています。また携帯用トイレ、介護用ベッド、車いすをはじめ歩行器や補聴器なども用意されています。もちろん、介護専門スタッフをはじめ、医師や看護師の人材が整っているところもあります。

福祉避難所を二次避難所と表現している自治体と、福祉避難所と二次避難所を区別している自治体があり、統一されてない印象があります。いずれにしても災害時の福祉避難所と二次避難所は、一次避難所の環境で滞在するのが困難な心身に何らかの障害がある人の避難所です。

内閣府防災担当が平成28年4月に「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」を公表しました。その歴史は浅く、多くの自治体では、まだ整備が整っていないのが現状ですが、今後各地域に福祉避難所が指定されると思います。

その時、家族のすべき行動

災害が勃発した際には、安全な場所に避難しますが、災害発生直後に避難所への移動が可能な状況では、最寄りの避難所(一次避難所)に速やかに移動します。一次避難所では、自治体の担当者や係の者に「福祉避難所」の利用の必要性を説明し、そこへの移動をお願いしてください。

各自治体は、災害時にまず一次避難所を開設し、その後、状況に応じて福祉避難所(二次避難所)を開設します。それゆえ、災害当初から福祉避難所が開設されていない地域もあるようです。また、一次避難所から福祉避難所への移動は、自治体が手配した車で行います。災害直後から、福祉避難所が利用できない地域もありますので住んでいる地域の情報を予め確認してください。

災害がおきてもなんとか自宅での生活維持が可能な場合は、一次避難所の利用を見送ることもあります。ただ、電気・ガス等のインフラが使用できないと、認知症の人の世話は大変です。その様な時は、最寄りの自治体に連絡をとり、福祉避難所の開設状況や利用できる場所を確認して下さい。自宅からの移動も、恐らく自治体が担当しますが、そのような事態に備え予め自治体の連絡場所や連絡方法を確認してください。

福祉避難所の利用が果たせなかった場合や、家屋の損壊が激しく、長期の避難所生活が余儀なくされた場合などは、家族の負担は計り知れません。家族だけでの認知症の人の世話は不可能ですので、その時になって慌てないように、普段から、災害時の介護サービス利用について調べておくことは必須です。

自治体の被災者支援の中心は、インフラの整備であり、個別介護に関してのサービスは、既存の介護保険サービスの提供にとどまります。強いて言えば、災害時の介護サービス利用に減免措置がある程度です。

今、家族は何をすべきか

いつ災害が起きてもよいように準備しておく必要があります。現状では、恐らく2~3日経つと、生活に必要な最低限の物資は、各自治体から援助されます。災害直後は、命を守ることと、早めの避難が最優先されますので、準備していた生活用品を持ち歩くことは困難です。ただ自宅での避難生活を考え、必要な生活用品を2~3日分蓄えておく必要があります。

認知症の人を抱える家族が災害時に慌てないために、必要な準備を普段から心がけてください。

第一、安全確保:暴風、洪水被害、大地震、津波などの災害時の安全確保の方法を普段から検討しておく必要があります。まして、認知症の人や高齢者、障害者が同居している場合は、避難そのものが困難なことも予測されます。その場合は、自宅に身を寄せることになりますが、日ごろから家具の転倒予防や避難経路の確認、水害を予測した2階などの高い場所の移動、さらには救援が必要なときの救急連絡方法を調べておくことです。

第二、避難場所の確認:最寄りの一次避難所の場所を確認し、どのくらいの距離か、たどり着くまでの時間を予め歩いて確認しておくと安心でしょう。台風など予測できる災害は、早めの避難を心がけてください。また、障害の種類や程度により利用できる福祉避難所が異なりますので、予め地域自治体から福祉避難所の情報を確認しておいてください。

第三、介護人材の確保:避難時あるいは避難先でも、一人の家族が認知症の人の世話を試みることは不可能です。同居の他の家族と避難時の役割分担を事前に話し合い、また、避難先での介護専門職の支援状況を確認するため、地域包括支援センター等で情報収集をしてください。

ユッキー先生のアドバイス

この度のコラムでは、災害直後の家族の対応について考えてみましたが、自宅での生活が継続できないほどの被害にあった場合は、長期にわたる避難生活が強いられます。しかし、長期間の避難生活では、災害直後と異なり、認知症の人を家族のみで世話することが実際に不可能です。

内閣府防災担当による「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」は、長期間の避難生活に対応する福祉避難所の運営については、何も触れていません。今後の課題として、長期間避難を強いられる認知症の人や他の障害者への地域支援の在り方について、災害支援の一端として検討すべきと考えます。

(2019年8月27日)



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