第13回 認知症の薬の話
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「もの忘れ外来」でアルツハイマー型認知症と診断されると、抗認知症薬が担当医から処方されます。では、この抗認知症薬とはどのような作用と効果があるのでしょうか。また、副作用や投与時の注意事項など、知っておくと便利なことをここでお話しましょう。
アルツハイマー型認知症の治療薬には、4種類5品目のお薬がありますが、その中でドネペジル塩酸塩は、商品名アリセプトとして1999年12月からエーザイから発売されました。この薬が認可されて10年以上経過しましたので、今では製造特許も切れ、多くのジェネリック薬が後発剤として発売されています。では、この認知症のお薬がどのように開発されるのでしょうか。 ここでは、この認知症のお薬のお話をしましょう。とかく治療薬の話しは、はなはだ取っ付きにくい話しですが、優しく解説しましょう。
編集部注:今回のコラムで説明されている認知症の薬について、著者であるユッキー先生より第14回コラムで以下のように補足訂正が行われています。第14回コラムもあわせてお読みください。
前回13回「認知症の薬の話」の“抗認知症薬の歴史”の中に、新しく認可された3種類の抗認知症薬がこれまで使われてきたドネペジル塩酸塩よりも非常に優れた臨床効果があるような記載をしてしまいましたが、これはあやまりで、必ずしもそうではありません。訂正してお詫び申しあげます。(ユッキー先生の認知症コラム第14回「認知症の薬の話(続)」より)
- この記事の執筆
認知症に効くとされていた薬
抗認知症薬が未だ承認されなかったころは、認知症の薬剤がなかったために、過去の臨床経験から既製の薬剤の中で、認知症の改善が多少期待できるものが報告されていました。ここでそれらを挙げてみましょう。
慢性関節リウマチなど炎症性疾患の治療によく使われる非ステロイド抗炎症薬(インドメタシン)を長期間服用している患者は、アルツハイマー型認知症に罹りにくい、とする疫学研究の結果が発表されました。このことから、この薬剤のアルツハイマー型認知症に対する治療効果について研究が行われ、認知症の進行を抑制する、との報告もありますが、実際には、その効果は不透明です。
女性ホルモンの一つ、エストロゲンは、脳の血流を増加させ、アルツハイマー型認知症の危険因子と言われているアポリポ蛋白Eの血中濃度を下げる、などの研究結果から、アルツハイマー型認知症の治療薬として期待されたこともありました。本剤の臨床研究でも軽度認知症患者の記憶を多少改善させたとする報告や、疫学調査ではエストロゲンを閉経後に服薬していた女性のアルツハイマー型認知症に罹る率が少ない、との報告もありますが、実際に大規模な臨床治験を実施したことはないようです。
貧血の治療で使われる鉄製剤(クエン酸第1鉄ナトリウム)は、神経細胞内のミトコンドリアを活性し、脳内の血流を増加させることから、アルツハイマー型認知症の治療に有効だとする日本人の研究者がいました。この鉄剤とビタミンB2、心臓の薬(コエンザイムQ10)を併用するとアルツハイマー型認知症の認知機能が改善する、との報告があり、また鉄剤の単独使用でも効果があるとも言われています。 喫煙がアルツハイマー型認知症の防御因子であるとする疫学調査がありますが、ニコチンを投与することでアルツハイマー型認知症のADLが改善する、と報告した研究者がいました。ニコチンは、脳内の神経細胞内にあるアセチルコリンを受け入れる機能を高めることから、ニコチンパッチ製剤を用いた治療の研究が行われましたが、効果はさほどみられませんでした。
その他に、認知症の治療に漢方薬を用いる臨床家がいます。当帰芍薬散、釣藤散、人参養栄湯はアルツハイマー型認知症に、また黄連解毒湯は脳血管性認知症に効果があると言われています。また、ビタミンEやビタミンB12などのビタミン剤もアルツハイマー型認知症の発症予防に効果があるようです。さらに、一時注目されたのが「銀杏の葉のエキス」で、これは神経細胞の破壊を阻止する役割があると言われていますが、未だその作用機序の詳細は不明です。
ここに紹介した治療法は、少数例の治療経験から、認知機能を改善させたり、認知症の予防効果があると、過去に報告されたものです。しかし、これらの治療薬は、その効果を立証するための一定の方法に基づいた臨床試験を実施していないために、その効果に十分な信頼性があるとはいえません。また、いずれの治療法も、画期的な効果が得られたわけではなく、多少の記憶の改善や、認知症の発症を統計的に遅らせる効果を指摘したにすぎず、多くは期待できません。
最近、多くの健康食品が開発されていますが、その中に、「認知症に効果的な健康食品」と称して色々なメディアを通して宣伝されているものがあります。中には過剰な宣伝とも思えるものがあり、臨床でその対応に苦慮するケースもあります。いずれにしても、消費者の皆様は、まずはそれらの健康食品は薬ではないこと、効果を臨床治験等で立証されていないこと、さらには安全性の確認に信頼のおけるデータがないことなど、それらの栄養食品への使用は慎重にすべきでしょう。
抗認知症薬開発の歴史
アルツハイマー病の治療薬の開発は、その原因がなかなかつかめなかったので、藥の開発も1980年代になってからのことでした。実際に治療薬として世界で最初に開発された薬は、タクリン(商品名コグニックス)で、1993年に米国で承認されました。この薬は、今のアリセプトや他の抗認知症薬の元になっているお薬ですが、肝臓に対するダメージが大きくて、日本では認可されませんでした。このタクリンが発売される少し前に、日本では肝臓へのダメージが少なくて、神経を通して情報を伝える際に活躍するアセチルコリンという物質を神経細胞の中で分解されずに長く留め、記憶力を多少回復させる働きを持つことが発見されました。それがドネペジル塩酸塩です。この薬は、わが国のエーザイ株式会社の研究室で偶然発見された薬ですが、1989年から日本で臨床実験が開始されました。そして10年目の1999年11月にやっとわが国で開発され薬が認可されたのですが、米国では1991年にこのドネペジルの臨床試験が始まり、その5年後の1996年には米国のFDAで認可され発売されていたのにです。
このようにわが国の新薬の認可は、安全性重視が第一なのですが、それ以上にお役所の硬~いお考えが優先されるようで、ドネペジルに限らず、2011年3月から次々に発売された他のリバスチグミン、ガランタミン、メマンチンでも同じことが言えます。たとえばリバスチグミンとガランタミンは2000年に、メマンチンは2002年にすでに海外では発売されていた薬です。そして我が国では、それから10年以上も認可されないでいました。ドネペジルは、その中でも最も早く承認・認可された薬ですが、開発は、他の3種類の薬とほぼ同じころに行われた薬で、決して新しく開発されたお薬ではありません。
昨年の3月以来、多くの患者さんとそのご家族は、ドネペジル以外のこれらの抗認知症薬の服用を希望します。それらの方は、新しく発売された藥、と言う事でドネペジルよりも効果が優れている、と思っての服薬希望でした。しかし、実際は、先に述べましたように決して新しく開発された薬ではありません。当然それらの後発の薬は、臨床治験といって、その効果の検証を行ってきましたが、一口に言って、ドネペジルよりも非常に優れた臨床効果が得られなかったわけではありません。
では何故今になって日本の厚労省は認可に至ったのでしょうか。あくまでも予測ですが、恐らく日本の認知症にかかわる学術学会が共同して、他の3種の薬剤の早期認可を嘆願したことが大きな理由ではないかと察します。認知症専門医の考えをまとめますと以下のようになります。
ドネペジル一剤では、治療の選択の幅が非常に狭いこと。現に、ドネペジルで治療効果が得られなかった症例の中には、他の薬剤で効果が得られるものがあること
ドネペジルで副作用のみられた患者さんの中には、他の薬剤で副作用が出現しなかったケースがあること
日常生活における改善や異常な行動の改善に効果がみられた薬があること、
世界のほとんどの国では、ドネペジルを含めてこれら抗認知症薬4種類が認可されていること
そこで厚労省は、専門医の意見を十分に考慮して、それらの薬剤の承認認可に踏み込んだと思います。無論、新たに発売された薬の臨床治験は実施されており、またそこでの一定の効果は得られています。
抗認知症薬臨床治験の実際
では、実際には、どのようにして新薬が開発されるのかご説明しましょう。
動物実験等で新しい薬が認知症に効果があることが確認してから、実際の臨床治験に入ります。まずは健康な男性のボランティアを募り、服薬後の副作用をチェックします。どのぐらいの量でどのような副作用が出現するのかを確認します。その後は、実際の患者さんに呑んでいただいてその効果を調べます。そこでは、どのくらいの量を服用することで一番効果が得られるかを判断しますが、その際には二重盲検法と言う手法を使います。それは、実際のお薬と同じ色、形、味をした全く効果のない儀薬(プラセーボ)を使って、実薬との効果の違いを確認します。当然、患者さんやその家族、医師、薬剤師、その他臨床治験に携わるすべての人が対象の患者さんが実薬あるいは儀薬のどちらを服薬しているのか分からないように仕組まれています。
抗認知症薬の場合は、約24週間にわたって効果を検証しますが、その間にはいろいろな検査をして薬の客観的な効果を検討します。そして評価する医師が、治療効果ありと判断した薬が、蓋を開けてみれば実薬で、また儀薬と比較して効果があった患者さんの数が明らかに多い場合には、新薬の効果が認められることになります。当然、副作用の出現が多かったり、重篤な副作用が見られたりした場合は、臨床治験が中止されることもあります。
また、なぜ儀薬を治験に使うのでしょうか。プラセーボ効果と称して、儀薬でも患者さんやその家族は、新しい薬と言うだけで「よく効きました」と評価してしまうことがあります。そのような患者さんや家族の思い込みでの効果を排除するために儀薬を儲け、この効果も検証します。
このような臨床治験は、患者さんに実験台になってもらうことから、その患者さんの治験参加の意思の確認や安全性の管理については十分慎重でなければなりません。ですからこのような臨床治験を実施している施設には「倫理委員会」が設置されていて、患者さんが治験に参加するための倫理的配慮が必須条件となります。
ドネペジル塩酸塩(商品名 アリセプト)とその効果
1999年11月に日本で最初に発売された抗認知症薬がドネペジル塩酸塩(商品名アリセプト)です。日本でこの薬が認可されてから約12年になりますが、その販売特許も切れて、現在では数多くの後発品(ジェネリック)が発売され、価格も安く手に入るようになりました。
前回のコラムでも説明しましたが、ドネペジル塩酸塩は、記憶に関連する神経伝達物質のアセチルコリンを脳内に留めて置く働きで記憶力の回復を期待する薬剤(アセチルコリン分解酵素阻害薬)です。ごく簡単にその薬理作用を説明しますと、神経細胞と神経細胞を連結する部分をシナップスと言いますが、ここにアセチルコリンが放出されますとそのアセチルコリンを分解しようとする酵素が働き、余計なアセチルコリンを掃除しようとします。しかしアルツハイマー型認知症に冒されていると、そもそもアセチルコリンの量が少なくなる上に分解しようとする酵素が働き、記憶に必要なアセチルコリンの働きが抑えられてしまいます。そこでドネペジル塩酸塩は、その酵素の働きを抑える作用があり、アセチルコリンの働きを良くしようとする薬です。最近発売されたリバスチグミンやガランタミンは、同じような作用のお薬です。
本剤の最大の効果は、アルツハイマー型認知症の進行抑制です。発売当初は、約9ヶ月から12ヶ月の進行抑制と言われていましたが、もう少し長いようにも思います。また、その他の効果として6ヶ月以上の長期にわたって服用していると、特に大声や早口で喋る、興奮、破壊行為や他人への脅迫行為などの困った行動が減少したことが2000年頃に報告されました。そして、ドネペジル服薬患者は鎮静剤を投与される機会が明らかに少なくなることが強調されたのです。このように長期の投与で行動障害の出現を抑制できることが示されたのがドネペジルです。 また最近の注目する報告がありました。それはフランスの施設のアルツハイマー型患者を対象に2011年に調査を行ったころ、ドネペジル塩酸塩を1年間服用することで、海馬の委縮が45%抑えられたことが報告されました。また、ドネペジルは初期の段階で服用することでその後の医療費や社会的費用が軽減されること英国の研究機関が発表しています。このことはドネペジルの早期治療の重要性を示すデータとして注目されます。
一方で、もっとも多く見られる副作用は、胃腸障害です。特に下痢を来す患者さんが多いようです。多少便が柔らかくなる程度なら継続しても問題ありませんが、水様便であれば中止すべきでしょう。また吐き気や嘔吐、食欲不振も見られますが、これらの症状が出現すると、服薬を継続することは困難です。
また、副作用としてよく問題になるのが、ドネペジルの治療を開始した後に落ち着かなくなった患者さんが見られることです。確かに今まであまり活動せず、会話も少なかった人が、ドネペジルを服用しだしてから、うろうろ歩きまわったり、会話が多くなったり、また周囲のことが気になったりすることがあります。その様子を見て、家族の評価は2つに分かれます。「薬が効いた」と評価する家族は、今までの元気のない姿から、「しゃべるようになった」「動くようになった」「自分を取り戻した」など、好意的に取るのですが、「悪くなった」と評価をする家族もいます。「落ち着かない」「怒りっぽくなった」「目が離せない」「人が変わってしまった」「世話が大変になった」などの主張です。
どちらかと言うと後者の訴えが多いようですが、この症状は、脳の中で、ドネペジルによりアセチルコリンが働くようになり、神経細胞が刺激され、行動の賦活が起こったと考えられます。ですから、この症状は副作用ではあるのですが、むしろ薬の効果かもしれません。ただ、この効果がご本人にとって辛いものであったり、ご家族にとってお世話がかえって大変になったりするようでは、服薬の中止を考えなければなりません。しかし、私の経験では、多くのケースが数日から2週間ぐらいでそのような落ち着かない状態が消失するようです。ですから、できればドネペジルを継続して服用をすることを勧めますが、その際にはご家族とよく話し合って、中止か、継続を決めます。
ユッキー先生のアドバイス
もの忘れ外来で、アルツハイマー型認知症と診断された場合には、抗認知症薬の服用を勧めますが、この種の薬は、本人を始め家族もその効果については劇的なものではないためにとかく服用を忘れがちになります。特に認知症の人は、物忘れが主たる症状ですので、その人に「薬を忘れないように飲むこと」と注意してもそれを守ることは恐らくできません。それゆえ、お薬の管理はご家族にお願いするのがよいのではないでしょうか。認知症の人のお薬の管理については以下の点に留意しましょう。
(ア) 服用する薬の数は少ない方が、また一日の服用回数も少ない方がよいです
(イ) 家族が介助しやすい時間帯の服用を医師と相談してください
(ウ) お薬は、一回にのむお薬を一袋にまとめてもらうようにすると飲み忘れが無くなります。
(エ) 服用後は、口の中に薬が残っていないか確認しましょう
(オ) かかりつけの調剤薬局を持ちましょう
(カ) 薬手帳は必ず持参しましょう
(キ) 他の病院や診療所の薬もできれば、同じ調剤薬局で調剤してもらいましょう。薬の重複投与が防げます
(2013年8月2日)
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