ユッキー先生の認知症コラム

認知症専門医として、大学院教授として、認知症とどう向き合うか、ユッキー先生が語ります。
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第32回 尊厳を支えるケア~家族による虐待とは~

厚生労働省では、平成25年に高齢者虐待の対応状況を把握するために調査を実施し、この4月にその調査結果を発表しました(平成25年度高齢者虐待防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果)。

この調査では、高齢者虐待に関する市町村への相談・通報件数は25,310件で、実際に虐待が確認されたのが15,731件でした。実際の数はもっと多いと思いますが、この調査から家族介護者の虐待の実態を垣間見ることができます。

ここでは、この調査結果から在宅介護の課題をちょっと違う角度で考えてみたいと思います。

ある妻の虐待

地域包括支援センターのケアマネジャーから連絡があったのはY年12月でした。認知症の夫を介護している妻が介護に悩んでいる、ケアマネジャーが受診を勧めたところ了解したので診て欲しい、との要請でした。

ケアマネジャーは、以前から妻の虐待を知り、専門医受診を勧めていましたが、夫の拒否を理由に受診に繋がりませんでした。怪我した夫を診療した医師から情報が寄せられ、ようやく受診にこぎつれることができました。ケアマネジャーと夫婦の3人で診察室に入室した時に、夫の顔面と両腕の傷は痛々しいものでした。

71歳男性中尾研二さん(仮名)は、X年4月に右半球の比較的大きな脳梗塞のために某病院に緊急入院しました。直後より左半身の麻痺が見られ、その後リハビリ病院に転院。Y年3月に退院し、妻房子さん(仮名)の在宅介護が始まりました。房子さんは、夫の麻痺した左半身を少しでも良くしようと、毎日のリハビリに専念していました。

そんなある日、突然研二さんは、妻に「馬鹿にしやがって…」と暴言を吐き、暴力を振るったのでした。妻は、何とかその場を逃れ、恐る、恐る、家に戻ったのですが、研二さんは何もなかったように妻に「遅かったね」と迎え入れたのでした。そんなことが続いたので主治医に相談したところ血管性認知症と診断されました。

しばらく経ったある日、房子さんは家の中で放尿をしている夫の姿を見て愕然としました。そして研二さんの背中を何度も叩いて「なぜこんなところでするのよ」と泣き叫んだのでした。すると研二さんは、何もなかったような顔をして居間に行き、TVを見だしたのでした。

その姿を見た房子さんは、怒りが込みあがり、傍にあったモップで研二さんの背中を何度も叩いたのでした。その時、研二さんは妻に向かって「許して下さい、許してください」と、詫びだしたのですが、なぜか冷やか感情が房子さんに押し寄せ、その時から夫婦の関係が変わったのでした。

研二さんが房子さんの指示に従わないと、房子さんは、威圧的な態度で接するようになりました。ある時、研二さんが不機嫌な顔つきを見せ、房子さんを殴ろうとしたので、房子さんは、置いてあった30センチの物差しで研二さんの手の平と頬を何度も叩きました。すると研二さんは土下座をして謝ったのです。そのころから、房子さんの物差しでの暴行が繰り返され、また激しさを増したのでした。

房子さんの暴力行為が発覚したのは、研二さんが階段から転落し、額から大量の出血をしたので病院に搬送されたことからでした。治療に当たった医師が全身の不自然な傷に気づき、房子さんに問いたところ、彼女の虐待が明らかになりました。

妻の告白

研二さんを診察している時に妻の房子さんは、憮然とした表情で、「それ、私がやったのです。この人が言うことを聞かないから」と、虐待について房子さんから口を開きました。その時、「辛かったですね。いろいろなご苦労があったのですね。」と労うと、房子さんの表情は一変し、大きな涙を流したのでした。そして、房子さんはこれまでの経緯を語り始めました。

家の中で放尿しているところを見たときは、本当にショックでした。それまで彼の認知症を受け入れ、彼の行動には寛大に対応していたつもりです。しかし、その時は、彼が認知症に罹っていることも忘れ、彼を責めました。にもかかわらず、他人事のように、呆れた目つきを私に向けたので、それを見てこれまでと違う怒りの感情がこみあげてきました。

そして彼をモップで強く叩いたのですが、それに対する彼の許しを乞う様は、夫婦の関係から遠くかけ離れた他人でした。その姿に嫌悪を覚えたのでした。それからの私は、彼の世話を生活の一部として行うのではなく、無理矢理、世話をさせられている、私自身の生活をだいなしにしている、と思うようになったのです。

夫が脳梗塞を患った時は、本当に心配しましたし、生きてさえいてくれたらそれでいいと思っていました。そして、リハビリにも一緒になって専念しました。その時の夫は、私の夫でした。そして、主治医から認知症と診断されてから認知症の介護についての講演会や勉強会に数多く参加しました。放尿のことも分かっていたはずなのです。

私は、夫の世話を負担だと感じたことはありませんでした。しかし、夫が自分から離れ、他人になっていく様をどうしても許せなかったのです。これも認知症とわかっていても、どんどん夫に辛く当たるようになっている自分に「仕方ない、私が悪いのでない」と言い聞かせていました。

そのような時間を過ごしていると、夫も私を避けるよういなりますし、私も夫がいなくなればよい、と思いはじめていました。物さしで彼を叩くことが虐待という認識はなく、当然の行為と思っていました。階段で頭を怪我させたのは、彼を突き落したのではなく、もたもたしている姿が許せなくなって、つい急がせるつもりで背中を押してしまいました。階段から滑り落ちる彼の姿を冷やかな目で見ていた自分が今思えば恐ろしいです。

房子さんは、自分の夫を世話しているのではなく、夫ではない他人の世話をさせられている、と思い始めたのでした。そこにはアンビバレンスの感情も当然ありました。夫は認知症だから優しくしてあげたい、との思いに馳せていたのですが、研二さんの房子さんを見る目は、今までの研二さんと違う他人の目でした。

家族介護者の虐待の現状

平成25年度の高齢者虐待に関する調査では、その高齢者の約90%に何らかの認知症症状が認められ、要介護度は、要介護1と2がほぼ同数で、両者を合わせると約50%でした。また認知症生活自立度は、ⅡとⅢを合わせると約60%でした。

このように軽度から中等度の認知症高齢者に対する虐待が多いようです。虐待を受けた高齢者の約80%が女性で、虐待者の多くが息子(41%)や夫(19.2%)といった男性でした。中尾家の場合のように妻が虐待者のケースは、虐待者の5%とさほど多くはありません。女性の虐待者で最も多い続柄が娘で16.4%と報告されています。

虐待の要因として最も多いのが「虐待者の介護疲れ・介護ストレス」で、複数回答で全体の25.5%でした。その次に「虐待者の障害・疾病」22.2%、「家庭における経済的困窮」16.8%、「被虐待高齢者の認知症の症状」13.9%と続きます。また「家庭における被虐待者と虐待者の虐待発生までの人間関係」が要因の虐待が11.5%でした。

この場合、その関係が良くないと虐待につながると捉えがちですが、研二さんを思う妻の気持ちから、決して以前から仲の悪い夫婦とは思えませんでした。中尾家のケースは、研二さんが認知症で、どんどん変わっていく姿に遭遇し、房子さんがいたたまれなくなって行った虐待行為かもしれません。

妻の心情

ある介護者の妻は、「夫の自分に向いているわがままは何でも許せる。我慢もできる。失禁していても、お風呂に入るのを嫌がっても、夜間起こされても、私の世話を待っている夫であれば苦労はない。でも、私がわからない夫の世話は虚しい」と話してくれました。

また、ある介護者は「これまでに妻の寝顔を見て、この顔に濡れた和紙をかぶせたら、どんなに楽になるかわからない。妻もその方が幸せ、と何度思ったかしれない。でも、その時に、ほんの瞬間だけど、毎日自分に見せる嬉しそうな眼差しを思い出すと、また明日も頑張ろうと思う」。

恐らく、房子さんの思いも同じなのでしょう。研二さんが見せた房子さんを見る目は、房子さんにとっては、自分が一生懸命世話する人の目ではなかったのです。衝撃的だったのは、研二さんの放尿ではなく、無我夢中で夫の背中を叩いている房子さんに、冷ややかな目を向け、何も反応せずTVを見ていた研二さんの姿でした。

この日を境に夫婦関係が変わりました。他人の世話であれば仕事とおもえば良いのですが、自分の夫でなくなった人を介護することは、房子さんにとって、やるせない気持ちであったに違いありません。それが、虐待行為に繋がったのでしょう。

虐待の本当の要因は

房子さんの虐待の要因は、介護疲れ・ストレスといった一言でかたづけられるものではありません。家族の虐待の裏には、虐待者のさまざまな思いが秘められています。「誰も、私の思いをわかってくれない。聖人君子のように上から目線で“こんなことしてはいけません。虐待ですよ”と言われても、わかっているし、それを止められない私もいるのです。
また、介護ストレスの発散のために虐待をしている、と思っている人もいました。私にとって夫の介護はストレスではありません。私に向いてくれない夫の介護がストレスなのです。」

ここに、家族の虐待の大きな要因が秘められています。家族と専門職とでは、介護の意味が根底から異なります。専門職は、どんな認知症の人でもその人に適した生活支援を提供する必要がありますが、家族には、その人が唯一の人であって、その人のためのお世話なのです。その大切な人が、その人でなくなったとしたら、そこに世話をする意義や目的を失ってしまいます。

しかし、周囲は、その心情を理解してくれません。なんといっても親だから、配偶者だからと言って、介護の継続を強要します。特に、医師や介護職などの専門家の言葉は重く、介護者にとっては大変暴力的な言葉にもなりかねません。その言葉に逃げ場を失った家族は、自制を失い、暴力行為に出る心情は察します。

 

妻の涙の意味

私が房子さんにかけた最初の言葉が「辛かったでしょう」の労いの言葉でした。彼女の涙は、重く圧し掛かっていた何かが晴れ、彼女の素直な感情の現れでした。そして、これまでの経緯を丁寧にしゃべりだしたのです。彼女は、「夫の介護にストレスを感じたことはありません。自分からどんどん離れていく夫を看ているが辛いのです」と、介護の辛さでなく、変わりゆき夫の姿を見続けていた辛さを何度も訴えていました。正直なところ、彼女の思いを全て理解して労いの言葉をかけたわけではありませんが、私が研二さんの傷を確認していた最中に憮然とした態度で房子さんが私に虐待を告白した時は、とてもやるせない思いであったはずです。

そんな彼女の心情を察し、「辛かったでしょう」の一言をかけたのですが、彼女は一瞬意外な表情を見せて、その次の瞬間に大粒の涙を流したのでした。そこに彼女の安堵が見えました。

家族介護者への支援

家族が愛する人を虐待するには、大変大きなエネルギーを必要とします。そのエネルギーがどこから生じるのかは、計り知れませんが、これが専門職の虐待と大きな違いのような気がします。家族の虐待の要因に「介護ストレス・介護疲れ」を挙げる諸家が多いのですが、房子さんが何度も訴えていた「介護はストレスでない」との言葉にとても考えさせられました。

介護を必要とする認知症の人にすべての家族は世話することを考えるのです。しかし、環境のこと、経済的なこと、健康のことなどのいろいろな要因が重なると、介護者の意志とは別に、介護を他者に委ねざるを得ないこともあります。その時の介護者の葛藤は、介護がしたくないのではなく、介護ができない事情を周囲がわかってくれないことです。このことは、ぜひ介護専門職の方は理解してください。

介護破綻や介護放棄、虐待といった問題の多くは、介護者にその原因を向けられることが多く、中尾房子さんの場合もそうです。「妻が認知症の夫を虐待している。何とか(夫のために)しなければ」と周囲は躍起になるのですが、最も救いを求めていたのは房子さんでした。

私は、房子さんにご主人が他人になった訳でないことを日常生活で様々な出来事から説明しました。そして、房子さんは、研二さんの世話をこの先も続ける、と言い出したのでした。その時、房子さんは研二さんを温かい目で見つめていました。

 

家族が日ごろ襲われる介護への否定的な考えにプロの介護職はどのように介入したらよいのでしょうか。家族の思いとは異なる正論を掲げ「これが正しい」と押し付けると、家族はそれに反論できず、決して納得したわけではないのですが、それに従うしかありません。
介護家族の虐待を発覚した時には、まず家族が本音で語れる環境作りに努め、虐待のエネルギーがどこから生じたのか明らかにするために、家族とじっくり向き合うことです。

房子さんは、これまでの自分の行為を振り返り、それを私に説明することで、なぜあのようなことをしたのか、自身で気づいたのでした。

【ユッキー先生のアドバイス】
認知症の介護は、もとても大変なことです。その要因の一つに、今までのその人と異なる行動や言動が見られ、それが理解できないことです。「こんな人ではなかった、こんなことをする人ではない」と思うにつれて、その人がまるで他人の様に思えてくるのです。
しかし、認知症の人もその人自身を決して失っていません。その人の人となりや思いはいつまでも残ります。その証拠に、家族と一緒にいると安心した表情を見せますし、全く知らない人が話しかけた表情とは違う表情を見せます。

認知症の人がどんなに変わったように見えても、その人にとっての家族は、いつまでも大切な家族なのです。

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