第55回 認知症の人の対応~資産騒動~
- 第54回のコラムでは、認知症の人のお金に纏わるトラブルの対処方法を考えてみました。そこには妙案は見つかりませんでしたが、やはりこの問題は、認知症の人のお金に対する執着というよりも、むしろ生活への執着かもしれません。
その状況を物語っているのが、「財産を狙っている」、「財産が盗まれる」と言った財産に関する訴えです。財産となると、手持ちのお金が盗まれるよりも漠然としていて、家族はその対応により困ることがあります。しかし、認知症の人が財産の訴えをする背景には、認知症の人の生活不安があるようです。
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財産を狙っている
認知症の人の中には、よく自身の財産の話をする人がいますが、その内容は「不動産を沢山持っている」「株を何万株も持っている」などです。話す相手は、身近な人で、家族とは限りません。
時には、自慢話と思いきや「実は、それを狙っている奴がいる」と物騒な話に展開することもあります。このようなケースの多くは、話が延々と続き、何回も繰り返されますので、聞いている方はうんざりしてしまいます。
「財産を狙っている」対象の人は、子やその配偶者が多いのですが、本人の配偶者や疎遠な親族が対象になることはあまりありません。
ある77歳男性は、都心に自社ビル持つ会社経営者で、2年前に妻を亡くし、今は長男夫婦と同居しています。その長男が1年前に会社を継いだのですが、ある日取引銀行から電話がありました。内容は、父親から2億円近い融資の相談を受けたが話の内容に不振があるのでそれを確認したい、とのことでした。
父親に確かめたところ、会社を担保にして、土地を買ってアパートを建てる、という内容でした。長男は、父親に激怒し、銀行から融資を受ける計画は無い、と突き放しました。
それ以来、その父親は「財産を盗んだ」「会社を乗っ取った」と毎晩のように長男を責め、反発する息子と口論が続きました。長男は耐えられなくなり、会社近くのホテルで一晩過ごすこともありましたが、その数日後には、父親が取引銀行の窓口に行き「銀行は、息子に俺の財産を渡したのか」と詰め寄ったのでした。
長男は、2人の姉の協力を得て認知症専門医受診を試みました。診断はアルツハイマー型認知症で、その程度は比較的軽度でした。
なぜこのようなことに発展したか、全く身に覚えがなく、会社相続も本人が望み、金銭上のトラブルもありませんでした。長男は、本人に通帳を見せ、本人名義の土地権利書や株券を見せたのですが、効果はなく、長男が反論すればするほど、益々怒りが増強していったのでした。
ある日、本人そして同居の長男の妻と孫娘の3人で、昼に外食に出かけました。そこで長男の妻が、会話の中で「お父さんのことは、私が責任をもって世話しますよ」。また孫娘も「おじいちゃんの世話はお嫁さんにいっても私もするから」という話になったそうです。その時の本人は、本当にうれしそうだった、と長男の妻が説明していました。
その夜、父親の対応を初めて長男夫婦で話し合ったそうです。そこで妻は、長男は何も反論しない方がよい、妻が間に入ってその場を取り持つ、という事にしました。その翌日から長男は、父親が「財産を盗む」という罵声に反論せず、また妻と娘が2人の中に入り、本人の興味ある話題を持ちかける対応をしました。それが1週間ぐらい続くと、本人は財産のことを言わなくなったようです。
この例では、第54回コラムの「お金がない」と同じように、「財産を狙っている」の多くは、その人の内面の生活不安の表れです。また、長男の配偶者との関係が良かったことも、本人が今後の生活不安を和らげる要因になったのでしょう。本人の疑念を払拭しようと躍起になり反論・反発することよりも、長男の妻や孫が偶然発した本人を思いやる一言が、本人を安心させたのでしょう。
財産(金)を持っている
前回第54回コラムの中でもご紹介しましたが、軽度認知症の高齢者の中には、他者に気前よくお金を差し出す人がいます。これも家族にとって大変困った問題です。
ある商店街の会長も務めた地元名士の81歳男性の話ですが、彼が認知症と分かったのは、貯金通帳から多額のお金が何度か引き出されているのを妻が見つけたことからでした。
そこで判明したのが、地元の人が金銭工面の相談をすると、気前よく現金を貸していたようです。しかし、誰にいくら貸したかの記載はなく、当然本人も覚えていませんでした。結局、自主的に返済を申し出たごく一部の人からしか返金されず、多額の金銭を失う事になりました。
その背景には、本人が商店街会長を約15年勤め、商店街の人から信頼され、お祭りごとには多額の寄付金を納めていたこともあって周囲からは「お金が沢山ある」と思われていたようです。妻の話では、会長を務めている頃から、借金の相談を断れず、その返済トラブルで、訴訟にまで発展したこともあったようです。
専門医から認知症と診断されてからは、金銭管理は長女に任すことにしました。しかし、長女が通帳を預かることを申し出ると、本人が拒否し、当然長女と口論となりました。次第に両者の関係が悪化し、本人の表情も日増しに険しくなってきました。
長女は、地域包括支援センターに相談したところ、まずは認知症の診断を受け、その後に成年後見人申請することをアドバイスされ、早速専門医を受診しました。診断は、軽度アルツハイマー型認知症で、後見人の申請も行いました。
資産家であることを自慢したい、また他者に対して「良い人」でありたい、との本人の感情は、認知症になる以前から持っていました。認知症が進行するにつれて、それがますます顕著になったのでした。家族は財産を守る意味で、本人に金貸しを辞めるように何度も忠告したのですが、本人は「分かった」と言いながら、その場面になると全く忘れて、金貸しをしてしまうようでした。
本人の資産を守る手立ては、家族が考えなければなりません。幸いにして、本人は、キャッシュカードから現金を引き出すことはできませんので、大金の引出は、銀行の窓口に行かなければなりません。そこで、長女は銀行印を自身が持ち、通帳だけを本人に渡しました。それによって、多少出金を止めることができました。 銀行にも、出金の申請があった時は長女に連絡するように依頼しました。
また、ケア・マネージャーと相談して、デイサービスに参加し、生活パターンを少し変えることの効果を期待しました。
この例では、何が効果的な対応だったのか、わかりませんでした。最終的に後見人が選任されることで解決したわけですが、それまでは長女が関わり、ケア・マネージャーやデイサービスの関わりは、本人の財産への関心から多少気をそらす切掛けになったかもしれません。
財産にかかわる問題
ここに挙げた2例では、自分の財産が盗まれると被害的になったケースと、知り合いに多額の金銭を貸して返済されなかったケースを紹介しました。両者とも比較的裕福な男性の話ですが、やはりこのような環境は認知症の人に多いようです。
前者は、まさしく自身の生活に金銭的な不安を感じ、それが妄想に発展したと言えます。家族の説明では、リタイヤ後に取引先の銀行員が訪問し、資産運用の話をしたそうです。また、ある大手の建築会社から、老後の貯えにとアパート経営の話を持ち掛けられたこともあったようです。それらのことがどれだけ財産泥棒の妄想と関連しているかは、不明ですが、確かに一つのきっかけだったとも考えられます。
その老人は、会社を長男に継がせてからも、やはりビジネスや資産運用に関心があったのです。その矢先に、アパート経営の話が持ち上がり、それに飛びついた、とも思えます。しかし、肝心の長男が猛反対したので、その反対理由が「財産をすべて長男が持っていった」からと確信したのでしょう。
そこで登場したのが、長男の配偶者と孫娘です。彼女達とのランチに行った時の団欒から、自身のこれからの生活に安堵を覚えたのでしょう。そう考えると、「財産が狙われている」の発想には、高齢者の将来の生活不安が根底にあるのかもしれません。
後半の話は、資産を守るよりも、資産を失う話ですが、これも本人のこれまで積み上げてきた商店街での信頼や名声が崩れていくことを恐れたが故の行為だったのかもしれません。また、これまでの生活スタイルを固持するための手段でもあったのでしょう。それゆえに、家族にしてみれば、その対応に非常に難儀するのです。
両者の話に共通することは、大きな資産を持つ認知症の人の財産を誰がどのように管理し、安全に運用していくのかが問われます。無論、第一に身近な家族が挙げられますが、2000年以降は、成年後見制度の利用も一つの方法です。
ユッキー先生のアドバイス
老いて、子供から手が離れ、仕事を辞め、愛する人を失くし、身体も衰えていく人が、これからの生活に大きな不安を抱くのは、認知症の人だけではありません。そこで自身の生活を守るのに最も大切なものが「お金」と考えるのも当然です。また、老いて生活に自信を無くし、誰かにすがろうと思っても、プライドがそうさせないのです。
今回の2つの事例は、まさしくごくありふれた資産騒動です。このような状況に遭遇した時、家族は本人の老いることの生活不安の表れと読みとってみてください。そうすることで、本人への対応は冷静になるのかもしれません。
2回にわたり、お金に纏わるトラブルの対応方法を考えてきました。人は、多かれ少なかれ、お金に苦労をしてきましたので、お金は、生きていくに大切なものであることは誰しもが認識しています。その大切な物を守ろうとするのも、また当然なことです。しかし、認知症の人はそれが自身の力だけでは不可能なのでヘルプが必要です。家族がどのようなヘルプを差し出すのかで、家族への信頼に繋がるのか、また疑念を抱かせることになるのか、決まります。
(2017年8月28日)
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