ユッキー先生の認知症コラム

認知症専門医として、大学院教授として、認知症とどう向き合うか、ユッキー先生が語ります。
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第38回 若い人の認知症

現在、認知症の人の数は500万人以上と言われておりますが、その大半が65歳以上の高齢者です。しかし、2009年3月の厚生労働省の発表によりますと19歳から64歳までの若年性認知症の数は約4万人と報告され、最近では40歳から50歳代に発症する若年性認知症がメディアで多く取り上げられるようになりました。

この若年性認知症は、働き盛りの人のさまざまな能力を奪ってしまうので、本人にとって、また家族にとっても重大な危機です。ここでは、この若年性認知症について取り上げたいと思います。

サラリーマンの林田さんの場合

ある大手の貿易会社でワインの輸入部門の課長を務める林田孝雄(仮名)さん51歳は、世界各地の良質なワインを求め、年間の半分以上が外国出張の暮らしをしていました。孝雄さんには、中学3年の長女と、高校2年の長男の2人の子供がいます。2人とも都内の中高一貫の私立学校に通い、また妻の日登美さん(48歳:仮名)は、輸入品の日用雑貨を扱うお店を経営していました。


子供たちの春休みに、以前から大阪ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)に行く計画を立てていましたが、その3日前に孝雄さんはいつものように海外出張に出かけようとしていました。日登美さんが「USJへ行く約束を子供たちとしたのに」といっても孝雄さんは全くそのことを覚えていませんでした。

しかたなく日登美さんは2人の子供を連れて2泊3日の大阪旅行に出かけたのですが、家に帰宅するとそこに孝雄さんがいました。帰国は1週間後と聞いていたので日登美さんは不思議に思ったのですが、驚いたことに、孝雄さんは、日登美さんが子供たちを連れてUSJに行ったことを「知らなかった」と不満そうな表情を浮かべたのでした。出張前日に、妻と2人の子供からUSJに一緒に行けないことを責められたのに、本人はその事を全く覚えていませんでした。

その数日後に、上司の部長から日登美さんに電話あり、初めて孝雄さんの異常を知ったのでした。部長は、昨年の秋ごろより、海外出張に行っても、相手側との契約に不備が目立つようになった、先日の出張では、相手先との約束の場所に行かなかった、と説明しました。そこで、会社では急遽帰国を命じ、しばらく自宅で休養を取るように伝えたのですが、今日も出勤している、最近おかしいのですぐに産業医の受診を勧められたのでした。

翌日、会社の産業医を受診したところ、うつ病と診断され、1か月間の休養を指示されました。結婚以来、夫と向き合う時間はほとんどなく、特に最近では会話すらしなくなって来た、と日登美さんは感じていました。夫の休養中に努めて話をしようとしたのですが、会話が全くかみあわなかったのです。

日登美さんの一方的な話しに孝雄さんはただ「そうだね」「わかった」「そう、そう」といった返事を繰り返すだけで、自分から話題を持ち掛けることはありませんでした。また、探し物がおおく、「あれどこにやった?」「おかしいな、どこにしまったのか」と日登美さんに尋ねるのですが、何を探しているのか、日登美さんにはわかりませんでした。

家では、ビジネス雑誌の記事に赤いボールペンでアンダーラインを引く毎日でした。ページによっては赤線で真っ赤になるほどで、その雑誌を見て日登美さんは奇怪な印象を受けました。

長女の高校入学式の日の朝、日登美さんが出かける準備をしていると、孝雄さんが憮然としながら、「どこへ行くのだ、そんなにめかして誰と会うのか」と日登美さんに尋ねたので、「何を言っているのですか、昨日も話したように今日は結花の入学式でしょう」と答えたのですが、そのとき日登美さんは夫の異常を確信しました。

その後、かかりつけ医に相談し、大学病院に紹介してもらい、受診の結果、若年性アルツハイマー病と診断されました。

若年性アルツハイマー病

若い人の認知症の多くがアルツハイマー病で、発症の多くが40歳後半から60歳代前半の発症です。その発見は、高齢者と違って、もの忘れでなく仕事上の失敗や奇怪な精神症状の出現で周囲が気づくことが多いようです。

林田さんの異常に最初気づいたのは、家族ではなく職場の同僚でした。1年ぐらい前から、契約時の書類がうまく整わないことを同僚に嘆いていたようです。そのようなことは、誰にでもあることなので、それが病気のせいとは最初は思ってもいなかったようです。しかし、それがたび重なった時に、同僚は孝雄さんの異常に気付いたのでした。

若年者の場合もエピソード記憶の障害は中核の症状ですが、多くは、記憶の障害が他者にわからないように話を合わせたり、うまく取りなしたり、ごまかしたりするので、周囲は気づかないことが多いようです。一方で、年齢が若いので「物忘れ」と思わず、「集中していなかったから、忙しかったから」などと違うことに振り替えてしまうのです。

若年性アルツハイマー病の初期には、林田さんのようにうつ病と診断される人が多いようです。うつ病の診断で重要な症状は、表情からの悲哀感やうつ感、活動性の低下や興味の減退、不眠、食欲不振、朝の気分の悪さ、などがあげられます。若年者のアルツハイマー病にも、その初期に、うつ症状がみられることから、うつ病と誤診されることがしばしばあります。アルツハイマー病患者の20%以上にうつ症状がみられるとの報告があります。

高齢者のうつ病は別名「仮性認知症」ともいわれ、老年期うつ病の患者さんを認知症と診断されることも少なくありません。このようにアルツハイマー病とうつ病の鑑別は、困難な場合が多く、専門家でも間違えてしまうことがあります。

いち早くアルツハイマー病に気づくには

若年性認知症場合も、その中核の症状は、認知機能が冒されることです。すなわち症状として、以前できていたことができなくなります。すなわち、日常では失敗が多くなった、それもなんでもないことの失敗で「そんな失敗をすることは信じ難い」と思わせるような失敗です。ましてそのような失敗が2度、3度見られたときは認知症を疑ってもよいのかもしれません。

人目を避けるようになるのも特徴かもしれません。部屋に閉じこもったり、会話が少なくなったり、積極的な行動をしなくなることも初期の症状としてよいと思います。おそらく、どこかで、自分の能力が侵されていく事に気づき、それを他人に知られないように努めているのかもしれません。

同時に、その人の得意なこと、趣味や興味に関心が持てなくなります。ですから、周囲の人は「あの人、どうしたの。変ったわね」などとその人らしからぬ行動に戸惑うようです。

若年性アルツハイマー病の早期発見の必要性

家族や周囲がアルツハイマー病を疑ったら、いち早く受診して検査を受けましょう。現状では、高い確率でアルツハイマー病を診断することができます。

なぜ、早期にアルツハイマー病を診断したほうが良いのでしょうか。林田さんのように、若年性の患者さんは、社会の第一線で働いている人で、また家庭を持ち、未だ就学している子供を持つ人が大多数です。

そのような方がこれまでと同じレベルの社会生活を断念せざる得なくなることで、本人のみならず、家族や会社、社会にとっても大きな打撃であることは言うまでもありません。そして、正直なところ、若年性アルツハイマー病は、進行が速く、現在認可されている抗認知症薬の効果があまり期待できません。

このような状況の中での診断は、将来にどのようなメリットがあるのでしょうか。それは、初期であれば本人を交えて人生設計の見直しを熟考することができるのです。

これまでのような就業はむろんのこと、家庭生活、社会生活を営むことがごく近い将来できなくなることから、これからの本人や家族の暮らし方を考え直さなければなりません。同時に、どこで誰が本人の世話をすべきなのか、本人の意思意向を尊重することは言うまでもありませんが、その家族の意向も重要です。

林田さんの場合も、2人のお子さんの将来への危機感を最も感じたのが奥さんの日登美さんです。幸いにして、日登美さんは、自身で雑貨屋を経営し、ある程度の収入があります。また、孝雄さんのご両親、また日登美さんのご両親ともご健在で、両者とも日登美さんへの支援を積極的に行うことを表明したのでした。

すなわち、ここで重要なことは、いち早く配偶者をはじめ多くのかかわりのある方の支援を求めることです。この病気の特徴は、病期が10年以上と長期間にわたって進行しますので、本人の生活支援の形態も年々変わりますし、同時に負担も大きくなります。それゆえに、身近で世話しなければならない人は、何もかも一人でやろうとせず、多くの支援を求める努力がごく初期の段階から必要です。

会社に対しても、今後の処遇について相談してみてください。私の患者さんの場合は、社内で本人を含めて負担軽減策を検討し、できるだけ長い期間、会社で勤務できるように配慮しました。また、本人がアルツハイマー病であること公表し、社内で支える環境作りや、高齢者に関連した商品開発で、その人の意見を取り入れた経緯もありました。

抗認知症薬の服用の是非ですが、先に述べましたようにその効果は限定的です。そしてアルツハイマー病を根治する薬剤でなく、進行を多少遅らせるだけです。しかし、初期からの服用で、進行に伴うさまざまな行動の異常を抑制する効果もあるとの報告があります。さらに、最近の研究では脳の記憶機能をつかさどる海馬の萎縮が、薬を服用していると約25%その萎縮を抑制する、との結果も得られています。

(画像はイメージです)

【ユッキー先生のアドバイス】
若年性アルツハイマー病の出現頻度は、老年期のアルツハイマー病に比較して百分の一以下で、さほど多い疾患ではありません。他の認知症疾患である前頭側頭葉型認知症の若年発症例も多いのですがアルツハイマー病に比較すると少ないようです。そしてこの若年性認知症は、他の精神疾患と誤診されているケースも少なくありません。現在では、病期の原因を除去する病態修飾薬は開発されず、その対症療法にとどまっています。

しかし、最近では、アルツハイマー病に関する様々なことがわかってきました。次回のコラムではアルツハイマー病の医療最前線と称して、最近の診断、治療のトピックスについてわかりやすくお話ししましょう。


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