第63回 お世話のコツ~本人の思いを察する~
- 認知症の人の「お世話のコツ」とは、認知症の人との生活の営みや感情の交流が苦なく行っていくための工夫と言えます。すなわち「認知症の人とうまく付き合っていく方法」ですが、言うまでもなく、世話をする家族との関係や生活環境によってその方法は異なります。
家族の「介護」に関する考え方を少し変えることで、日常の負担が軽くなることがあります。前回のコラムでは、そのきっかけになればと思い、私の体験を述べましたが、今回は、認知症の人の思いに触れた時、気持ちが少し楽になる話しをしましょう。そして、家族が本人の思いを察するコツを考えてみます。
- この記事の執筆
この人、何考えているの?!
認知症の人の行動や会話で「この人、何を考えているの?!」と思うことがあります。その時の家族の心内は、驚き、あきれ、怒りのような決して良くない感情で占められていることが多いようです。何度も同じ話をする、ドロボー扱いされた、突然怒り出す等、いろいろなことで、毎日驚きの連続です。
これまでのコラムでも、認知症の人の理解できない行動や言動の具体的な対応について述べてきましたが、それらが必ずしも期待した結果をもたらすとは限りません。そんな時も世話している家族は「この人、何を考えているの?!」と思います。
「この人、何考えているの」の感情は、日常の人間関係でもよくあることです。相手が認知症でない場合は、その行動や言動の真意を確認し、詫びや訂正を求めることがあります。また相手との関係によっては、自分の気持ちを抑えて容認することもあれば、無視することもあります。
世話する家族は、そのような認知症の人がみせる態度に、当初は驚き、怒りの感情が湧き出てきますが、やがて自身の気持ちを抑え、無視する態度も備わってきます。しかし、度重なる困った行動に、時には抑えていた怒りが爆発することもあれば、逃げ出したいと思うこともあります。
本人の行動の理由
私たちが行動するときには、必ずその理由があります。これは、認知症の人も同じで、理解できない行動や言動にも理由があるはずです。臨床でよく遭遇するのは、家族の忠告に全く耳を傾けないで無視する態度をとる人や、すぐ怒り出す人です。しかし、家族の訴えを聞いていますと、たまに「少し自由にさせてあげてはいかがですか」と言いたくなることがあります。その時、認知症の人の耳元で、また、家族にも聞こえるように「皆さんは、心配なのですね。どこのお子さんも口うるさくあれこれ言いますが、でも世の中で最も頼りになるのは子さんですね。」と囁くと、多くの認知症の人の顔が微笑みます。
私の囁きで穏やかな表情を見せた人は、こころの中で「いちいちうるさい」と叫んでいたのかもしれません。その反撃としてとった手段が家族への攻撃だったのです。家族は「せっかく心配しているのに、その態度は理解できない」「この人、何考えているの」と思ったことでしょう。しかし、本人と私の会話を聞いていた家族は、その場の雰囲気をみて、認知症の人の気持ちを察したようで、硬い表情が変わっていきました。
軽度の認知症の人の多くは、物忘れがひどいことに気づいているようです。しかし、外来で家族が日々のいろいろな物忘れに関するエピソードを私に説明している最中は、怪訝な表情を見せます。家族の中には、本人の前で説明することを嫌う方がいますが、それは、後で本人から攻撃されるのは避けたい、本当のことを言うことで本人との関係が崩れてしまうのは困る、などの思いからのようです。
私が本人に「ご自分で物忘れが酷いと思いますか?」と尋ねますと「普通です」「少しはあります」と、自身の物忘れを完全に否定する人はいません。そして「ご高齢の方は、誰でも物忘れがありますよ」と説明しますと、ほとんどの人が安堵した表情をみせ、そして、その瞬間、家族に勝ち誇ったような表情を見せます。そこで私は、物忘れには認知症の物忘れもあるので、その鑑別のための検査は必要、と説明しますと、大方の人はそれに同意します。
このように、周りからの物忘れの指摘や注意は、たとえそれに本人が気づいていても、「知られたくない」、「馬鹿にされたくない」の感情から否定する人がほとんどです。その様な思いは、家族も分かっているのですが「治るものなら治したい」「これから先が不安」等の心配から、物忘れを正そう、何とか説得して治療を受けさせようと思い、つい強い言葉で物忘れを指摘してしまいます。それを横で聞いていた認知症の人は、反撃するのです。このような感情の行き違いが展開されると家族は、「この人、何考えているの」と不信を抱いてしまいます。
認知症の人の理解できない行動や言動の多くは、そのきっかけが家族や介護者の言動や態度、行動のようです。ここに挙げた2つの例は、本人に物忘れの認識があったとしても、それを否定する思いが強いようですが、本音は家族に助けを求めているのかもしれません。その証拠に、本人に認知症の検査の必要性を丁寧に説明しますと、大方の人は同意します。また、たとえ認知症の診断が下ったとしても、検査結果を丁寧に説明することで安心するようです。
認知症の人の心のうち
第36回のコラム「認知症の人の世界~来る日の戸惑い」の中で、井坂淑子さんの日記を紹介しました。あの日記を読むと、認知症の人は、自身の心の中の異変に「気付き」、それが何なのか、何が頭の中で起こっているのかわからず、毎日が「不安」でたまらないようです。そんな自分自身を何とかしなければと思う気持ちと、何もできない自分との間の「葛藤」に苦しみ、どこかに「怒り」をぶつけようとします。しかし、いくらもがいても、どうにもならないことに、井坂さんの日記に書かれているように、「お酒でも飲もうか」と「居直る」のでした。
この認知症の人の心のうちは、常に「気付き」→「不安」→「葛藤」→「怒り」→「居直り」が繰り返されているのです。そう考えると、認知症の人の理解できない行動や言葉の根源がわかるかもしれません。しかし、人の心の内の真実を知り、理解することは、おそらくそう簡単ではありません。他者が、悲しみ、怒り、苦しみなどの感情を表したとき、その心の動きを本人から確かめることはできますが、記憶を失い、理解や判断力が低下した認知症の人の内面は、想像するしか手立てがありません。
世話する家族が「この人、何考えているの」と、怒りに似た感情が生まれる背景は、認知症の人の心の世界が理解できないからでしょう。では、その行動や言葉の訳が分かったら、怒りの感情は消え、その行動の対処方法が見つかるかもしれません。また認知症の人の思いが理解できなくとも、それを察することができるのではないでしょうか。
ある認知症の人は、家族に「お腹が痛いよ」と泣きながら訴えるのでした。最初、家族は、その訴えに驚き救急車を呼んで病院に連れて行き、1日入院して原因を調べたのですが、わからず、退院しました。その後も夜になると「お腹が痛い」と訴えるので、何度か救急車を要請して病院に連れていくのですが、原因不明で帰されるのでした。
本人の訴えがあまりにも深刻でしたので、家族はほっておくわけにはいきません。普段は食欲が旺盛で、食事に満足すると何事もなく床に就きました。そこで、「お腹が痛い」は、空腹の表現ではないかと考え、訴えた時にお菓子や果物を差し出すと、喜んで食べ、腹痛は消え去ったそうです。ここに至るまで家族は、何度も救急車を呼び、その度に病院で「またか」と言わんばかりの顔をされ、何度も詫びて本人を連れ帰ったのでした。そんな時、「この人、何考えているの」と怒りがこみ上げてきたそうです。
本人の思いを察するには
認知症の人の理解できない行動や言動は、おそらく適切な判断力を失ったことことによるものです。すなわち認知症に罹る前は、決してありえなかったことです。長い人生の間に築きあげた人との接し方の常識等が、認知症によって壊れ、周囲のことを考えず、思うままに行動し、また相手の気に障ることでも平気で言ってしまうのです。これを抑制の欠如と言い、思慮のない短絡的な行動や言動につながってしまうのです。
厄介なことに、認知症の人のそのような行動や言動を正そうとしても、頑なに他者の意見を認めようとしません。そこで「この人、何考えているの」と家族が反応すると、それに対し、自己防衛の気持ちが働き、敵意を持ってしまうのです。世話する人の訂正や説得は、認知症の人には通じないばかりか、それがかえって事態を悪化させるようです。
認知症の人の思いを察するには、まず、本人に寄り添うことです。具体的には、本人を戒めるような言葉使いや態度は極力避け、「どうしましたか?」と本人に問いかけることです。それでも、本人が怒ることも興奮することもあると思いますが、その時でも「どうしましたか?」と同じように問いかけてください。そこで本人が「家に帰りたい」と返答したとします。そこで、本人の言葉をそのまま受け取り「家に帰りたいのですか?」と繰り返すように再度問いかけてください。本人の言葉で質問を繰り返すことで、本人から答えが得られ、そこから本人の思いに気づくヒントが得られるかもしれません。
すなわち、本人に寄り添い、本人の思いを本人から聞き出し、そしてその対応を考えることができれば、「この人、何考えているの」と思わないで済むでしょう。そして、本人への適切な対応が思いつくかもしれません。本人の不安な感情に気づき、それに寄り添うことで、本人の思いを察することができるかもしれません。
ユッキー先生のアドバイス
認知症の人の行動や言動には、私たちと同様に必ず理由があります。それを無視して、またその理由も聞かずに、私たちの感覚で彼らの誤りを訂正し、納得させようとすると、認知症の人は、私たちに失望し、時に敵意を抱いてしまいます。また、私たちの判断は、とかく先入観で結論づけることが多く、このような介護者側の態度が認知症の人の反撃を招き、家族であることすら否定し、罵声を浴びせるのかもしれません。
認知症の人は、常に「不安」なのです。その「不安」を解消しようとする行動が「この人、何考えているの」と介護者に陰性感情を引き起こします。また、認知症の人は、その不安を家族に取り除いてほしくて、もがいているようにも思えます。
世話する家族が寄り添うことは、崩れていく自分にもがき苦しんでいる認知症の人の心に安心をもたらすのです。認知症の人にとって、最も身近な家族から得られた安心は、大変心強いものです。
お世話のコツは、認知症の人に安心をもたらすお世話ではないでしょうか。
(2018年6月1日)
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