ユッキー先生の認知症コラム

認知症専門医として、大学院教授として、認知症とどう向き合うか、ユッキー先生が語ります。
ユッキー先生へのコラムのリクエストや質問があればこちら

プロフィール

今井幸充(ユッキー先生)
今井幸充(ユッキー先生)
医学博士 
医療法人社団翠会 和光病院院長
所属学会
日本認知症ケア学会 理事長
日本老年社会科学会 理事
日本臨床倫理学会 理事
日本老年学会 理事
日本介護福祉学会 理事
日本老年精神医学会 評議員
日本老年医学会 評議員
社会活動
NPO法人認知症予防サポートセンター代表
NPO法人認知症ケア教育機構代表

ユッキー先生のご挨拶

新年あけましておめでとうございます

皆さまは、新しい年をどのように迎えられたでしょうか。この三箇日の東京は、お天気にも恵まれ、しかも温かく、出かけるにもってこいのお正月でした。

昨年の暮れ、私に介護保険証と保険費の支払い請求書が送られてきました。11月に65歳を迎えたので、第一号被保険者になることを覚悟しておりましたが、現実的に介護保険証などが送られてくると、何やら複雑な思いでした。

そんな事もあり、昨年の暮れから新年にかけては、若き日の正月をやってやろうと企みました。12月29日病院の仕事納め会の後、新宿に繰り出し、アメリカの古い音楽、ブルーグラスのライブに行きました。30日には、親しい友人達とホームパーティー、大晦日は年越しの蕎麦を食べ、元日は午前0時に初参り。そして正月を迎え、箱根駅伝を見て、3日には病院に行き初仕事。4日にはスター・ウォーズ/フォースの覚醒を鑑賞しました。このように高齢者になった自分に、人生益々謳歌を誓った正月でした。

最近の認知症に対する関心の高さには驚かされるものがあります。そのきっかけは、2014年11月に東京で開催された「認知症サミット日本後継イベント」でしょう。そこでは、我が国の認知症施策のテーマを「新しいケアと予防のモデル」とし、ケアの質の向上と認知症の人を支えるシステムの構築、そして認知症予防を主要な課題としました。そして、国を挙げて認知症問題に取り組む姿勢を安部総理大臣自ら世界にアピールしました。このイベントの後、2015年1月には厚労省から地域包括ケアの指針として「新オレンジプラン」が発表されました。そして2016年度は安部総理大臣が掲げる「一億総活躍社会の実現に向けて救急に実施すべき対策」の中で『介護離職ゼロ』への取り組みが本格化します。そこで注目すべきは、認知症の人の住まいとケアに関わる緊急対策です。

今や認知症対策は、大きな社会問題として、国を挙げての取り組みが求められています。2016年度の認知症コラムが、認知症の情報発信源として皆さまのお役に立つことを期待しております。また認知症診察室でも認知症に関するトピックスや身近な話題を取り上げ、分かりやすく解説して行きたいと思っています。

どうぞ、本年も認知症診察室をご支援ください。よろしくお願いします。

2016年1月
今井幸充


新年おめでとうございます。

日本のお正月は時代とともに様変わりしてきましたが、老若男女を問わずお正月を祝う習慣は、まだまだ多く残されているようです。

お正月に浅草の浅草寺に初詣に行きました。多くの人が参拝に訪れ、それぞれの思いで新年の安寧を祈っていました。無論私もお賽銭をいつもよりはずみ、少し欲張ったようですが、今年一年の大願成就を祈願してきました。

お正月は、なぜこんなに多くの人が神様や仏様に手を合わすのでしょうか。私のような特別の宗教を持たない人間でも、子供のころから親に守り本尊として崇めるように教えられてきた浅草寺の初詣に行くことは、お正月の行事の一つになっています。その理由は、過ぎた年の様々な失敗やいやな出来事を一掃し、新たな気分で新年を迎え、初詣で今年一年の安寧をお願いすることでそれが叶うと信じて来たからですね。

昨年は、11月中旬に左足首を骨折し不自由な生活を余儀なくさせられました。そこでは、手術のために入院を余儀なくされ、車いす、松葉杖の生活も体験しました。病気と身体障害に向き合うことで、患者として医療を見ることができ、多くのことに気付かされました。

そんな昨年の自分を想い「よし、今年は頑張るぞ」と、なぜかいつもの正月よりも気合いを入れ、お賽銭箱の前で手を合わせました。これで今年の無病息災間違いなし、とすがすがしい思いで浅草寺を後にすることができました。

皆様はどのような正月をお過ごしでしたか。皆様方も新たな気持ちで新年を迎えられたことと思います。本年が皆様にとって飛躍した素晴らしい年になりますように、また皆様の安寧を心からお祈りいたします。 昨年と同様にこのコラムをご支援ください。宜しくお願い申し上げます。

2015年1月
今井幸充


2011年9月から始まった「ユッキー先生の認知症診察室」も3年が過ぎました。

当時、私は日本社会事業大学大学院に勤務しておりましたので、認知症の患者さんを診療する機会は少なかったのですが、家族の方々の毎日の大変な介護に触れる度に、少しでもお役に立ちたいという思いからこのコラムが誕生しました。

実は、介護保険制度が開始される1年前の1999年4月にワールドプランニング社から「脱・介護地獄」を出版しました。

これは、それまで聖マリアンナ医大東横病院で行ってきた「物忘れ外来」の経験を踏まえて、当時の「ぼけ老人を抱える家族の会」神奈川支部の方々の協力を得て書き上げた本です。
タイトルに「地獄」の文字があることに「介護地獄とは何事だ!」とお叱り受けたこともありました。当時は、認知症のお薬も介護保険制度もありませんでしたので、まさに認知症の介護は、家族にとって地獄でした。

その著書の最後に「介護者がほんとうの意味で介護地獄から抜け出せるのは、そのお年寄りが亡くなった時かも知れません。それまでの日々は、どのような状況であろうとも介護者にとっては地獄なのです。楽できる介護などあるはずがありません。気張らず、自然にまかせ、 介護してみてください」とコメントしました。

あれから15年経過した今、認知症介護を取り巻く環境は大きく変わりました。
そして、大変な認知症介護を楽に行うための選択肢がいろいろ提供されるようになったのです。
このコラムを通して、認知症の理解と適切な対応方法を学んでいただき、日々の介護を「地獄」でなく「毎日の生活の一部」として営むことができれば幸いです。

2014年10月
今井幸充

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