第57回 認知症の人の対応~病気やケガ~

認知症の人が病気やケガをした時、病院や診療所を受診しますが、その時の対応で困った経験があると思います。受診拒否、検査拒否、服薬拒否など、認知症の人の対応で苦労した話はよく聞きますが、医療機関側の対応に困った経験を持つ家族も多いようです。 高齢者の場合、様々な治療上のリスクを考えると、それらの処置を医師がためらうことがあります。また術後に異常な精神状態をきたす「術後せん妄」は、入院管理がとても難しくなりますので、高齢者の手術を躊躇させる要因の一つです。これらのリスクは、認知症の症状があるとさらに大きく、家族の希望と異なり、医療が積極的な治療やケアを拒否することがあります。

最近、私が経験した例で、認知症の家族が医療の対応に困った、また憂いた例を紹介し、その対応を考えてみたいと思います。
この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 医療からの提案
  2. 重い決断
  3. 入院対応の苦痛
  4. 家族のいたたまれない思い
  5. 医療の立場、家族の思い
  6. 家族の対応
  7. ユッキー先生のアドバイス

医療からの提案

84歳の認知症の女性(仮名:多香子さん)。かかりつけ医の定期検査で悪性リンパ腫が疑われ、その治療ができる病院を紹介されました。そこでは、「認知症があるので、確定診断のための複雑な検査はできない。また抗がん剤の副作用のリスクも大きく、治療はしない方が良い」と、門前払いのような対応を受けました。

多香子さんは、トイレや着替えなどに介護が必要で、また指示に従えず、会話も成立しない比較的進行した認知症でした。そこで付き添った娘(仮名:香さん)は、診察した医師に「もし認知症でなかったら治療をしていただけますか」と尋ねたところ、医師は「もちろんです」と返答したそうです。

香さんは、化学療法で完全に回復した悪性リンパ腫の友人を知っていたので、医師の説明に納得せず、かかりつけ医にセカンドオピニオンとして血液内科の専門医を紹介してもらいました。初診時の検査結果はやはり悪性リンパ腫を強く疑う診断でした。担当医から、診断を確定するにはリンパ節から細胞を取り出す検査(リンパ節生検)、骨髄検査そして病気の広がりを確認するガリウムシンチグラフィー検査が必要なこと、その結果から治療方針が決まり化学療法が選択されること、また予後に関する詳しい説明も受けました。しかし、診断のための検査は、静止や多少の苦痛を伴うので、認知症の多香子さんには検査ができない、とのことでした。

重い決断

担当医師は、多香子さんの病期はステージⅡかⅢと予測し、香さんに2つの治療方針を提案しました。第一は、悪性リンパ腫はほぼ間違えないので、検査はできないが、とりあえず化学療法を開始するが、その効果は保証できないし、副作用も強い。第二は、根治の治療を断念し、対象療法を中心に治療し、自然の経過にゆだねる、とのことでした。

いずれにしてもリスクは伴います。香さんは、夫や兄夫婦とも相談しました。そして結論としては第二案を選択しました。その理由は、やはり母親の高年齢と認知症の存在でした。ここ1~2年の間の認知症の進行は早く、生活上の混乱は多くなり、まともな会話もできなくなりました。このような状況での本人の余命を考えた時、子供たちは全員が自然のままが良いと、結論に達したようです。

香さんは、この決断についての真相を語ってくれました。

「認知症であるがゆえに、本人が自身の余命を選択できない。それを家族に求めることは仕方ないし、家族が選択すべきだとは思う。しかし、決断した後も、もしかしたら第一案なら治ったかもしれない、と考えると、いてもたってもいられない心境で、とても辛い」

入院対応の苦痛

87歳の女性、亮子さん(仮名)は、サービス付高齢者住宅で、ある程度自立した生活を送っていました。ある日、買い物の途中で転倒し、両手首を骨折してしまいました。近くの総合病院整形外科医師は、「手術で早期回復を期待するか、ギブス固定により回復を待つか、のいずれかです。しかし、高齢と認知症に伴う手術のリスクは大きく、長期ギブス固定による身体機能の低下のリスクも大きい」と説明しました。そして家族にどちらかの選択を求めましたが、家族は手術治療を選択しました。

手術は成功し、早期の回復が期待できました。しかし、術後はベルトでベッドに身体を拘束され、また移動も車椅子に拘束して行い、自由な行動は制限されました。排泄はリハビリパンツを使用し、自分でトイレに行くことを禁止されました。

亮子さんは、軽度の血管性認知症で、比較的身辺のことは自立していました。エピソード記憶が曖昧で、会話の辻褄が合わないこともありましたが、理解力は良好でした。術後2日目には、普通の会話ができ、特に術後せん妄のような症状もなく、食事も何とか介助なしで食べようとしていました。術後7日後には、箸も使えるようになり、排泄も介助で出来るようになりました。

リハビリパンツの使用経験がなかったので、排泄をパンツで行うことは大変苦痛でした。亮子さんは、看護師にトイレ介助を願うのですが、すぐに対応してくれないのでとても辛い、と娘に訴えていました。ある日の深夜、亮子さんはなかなかトイレ介助をしてくれないのに困っていましたが、リハビリパンツ内に失禁してしまいました。その濡れたパンツを自分で取り換えようとしたら、それを見た看護師が亮子さんを叱った、とのことでした。娘は、その状況を聞いても現場を見ていないので、本人に「自分で取り換えてはいけない」と注意したそうです。

それから、何度か亮子さんは娘に、拘束され自由に身体を動かせないこと、トイレに行けないこと、看護師がなかなか対応してくれないこと、等を訴えるようになり、表情がとても厳しくなりました。それから2~3日後に亮子さんは泣きながら「この病院に居たくない」と訴えたそうです。娘は、病棟の看護師に事実を確認すると、看護師は多少遅れることがあってもすぐに対応している、との説明でした。しかし、亮子さんはそれを強く否定しました。

亮子さんによると、昨日も夜間看護師をトイレ介助に呼んだら「忙しいから」となかなか来なかったようです。やっとトイレに連れて行ってくれたのですが、トイレに座らせて「すぐに来るから」と言って看護師は部屋を出ていったそうです。しかし、その後も放置されたので、本人は、一人で立ち上がり、トイレから車いすを使わず廊下に出て、家に帰るつもりで、うろうろしていたようです。その状況を看護師がみて強く注意したのですが、それを本人は「叱られた」と訴えていました。

家族のいたたまれない思い

入院当初は、両手が不自由で歩行時の転倒も十分考えられたので、身体拘束は、家族も了解しておりました。また、術後も転倒の可能性から、身体拘束に同意せざるを得ませんでした。

しかし、拘束された母親の苦痛な表情、そして排泄に神経質になり、不安な表情を見せる母親のこと考えると、入院看護とは何かを考えざるを得ませんでした。病院側が転倒事故は避けたいと考えることは十分理解できても、自由のきかない患者への扱いには疑問を持たざるを得ませんでした。病院にとっては大勢の入院患者の内の一人であっても、家族にとっては大切な肉親です。

手術の結果は良く、短期間で箸も持てるようになったことに家族は感謝していました。しかし、その後の看護は、看護職員の都合に合わせたもので、患者の要求や苦痛を無視し、その対応に憤りさえ覚えたそうです。いずれにしても、家族は病院には、文句を言えず、看護師の冷たい対応に我慢するしかありませんでした。

娘さんが後で私に言った言葉です。「認知症患者は、親身な看護をしてくれない、と疑ってしまいました。わたしも母の言うことを真実か疑ったのも確かです。しかし、母が認知症というだけで、なぜあのようなケアをするのか理解できません。行動の自由を制限する病院側の対応は理解できますが、患者への苦痛を考え、なぜ寄り添う対応をしてくれないのでしょうか。あの病院の看護師は、自分の母親でも同じような対応をするのでしょうか」

医療の立場、家族の思い

悪性リンパ腫と骨折手術の2例の医療対応と家族の思いをご紹介しました。実際のところ、今の医療現場でよくある話と認めざるを得ません。その背景にはいくつか理由があります。

医師は、患者の治療に最善を尽くす義務がありますが、この2例は、認知症による予期せぬ事態に対し、医療の責任が問われない対応を考えたようです。認知症が進行すると指示に従うことが難しく、複雑な検査に危険を伴います。また、抗がん剤等の重篤な副作用も避けたい、と思ったのでしょう。骨折の例も、認知症の患者は指示に従えないので、行動を抑制し転倒事故を避けたかったのでしょう。

2例の家族とも、医師の指示に理解を示しました。しかし、余命に関わる決断を求められたことや身体拘束の対応に、やるせない思いが残ったのも確かです。さらに、それが認知症というだけで、「治療できない」、「身体抑制をしないといけない」と決めつけることに納得のいかない感情を持つのも理解できます。

患者やその家族は、治療方針を受け入れることも、拒否することができますが、その後の過程は医療に任せることになります。上記に挙げた2例は、医療として全く落ち度がないかもしれませんが、医師や看護師は、やはり治療に伴う患者の苦痛をできるだけ緩和する努力が求められます。そして、家族には家族の辛い気持ちを支える十分な精神的ケアが必要だと感じた例です。

家族の対応

家族が認知症の人の治療の代諾を依頼された場合に、それが余命に関わる選択の場合は、非常な精神的負担を強いられます。悪性リンパ腫の例では、家族がセカンドオピニオンを求め、治療方針の説明を受け、そして積極的な治療をしないことを決断しました。家族の不安は残りましたが、対応としてはこれしかなかったのではないでしょうか。

骨折手術の例で、医療サイドが認知症の人の要求を無視し、虚言と決めつけ対応したことが真実であれば、実に悲しいことです。認知症の人に対して治療上身体拘束が必要なこともあります。その際に、患者さんの苦痛を無視し、要求を拒否するのでなく、寄り添い、できる範囲でその苦痛を取り除くケアを施してもらいたいと、本人はもとより、家族が切望するのではないでしょうか。

認知症というレッテルをはられ、患者の尊厳を無視するケアが行われていると感じましたら、家族は、その状況を病院側に報告し、善処をお願いしてください。患者さんは、自分で苦情や処遇の改善を要求できません。

ユッキー先生のアドバイス

認知症の人が病気やケガをした時の医療の対応は、未だその人の尊厳を支える医療と言い難い事例が多いと認めざるを得ません。医療人は、善管注意義務として、すべての患者さんに最善の医療を提供することが義務付けられています。特に認知症の人は、自身の病気の苦しみを正確に伝えられません。そして言うまでもなく病気や治療方法の説明について十分な理解はできず、まして意思によって治療の選択も不可能です。それゆえに、認知症人の尊厳を支える医療の提供が、より一層求められます。

ご家族は、認知症の人の代弁者としての役割が重要になります。その人の意思意向を十分読み取ることが求められますが、それが不可能な場合は、ご自身だったらどうしたいか、どうしてほしいかを熟考し、医療にそれを求めてみてください。


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