第77回 認知症家族の社会的責任

前回のコラムでは、親が認知症と分かった時に子供たちの間でキーパーソンを決めておく話をしました。一般には、配偶者や同居の子がキーパーソンとなることが多いようですが、他の家族もこれまでの関係性からキーパーソンになることがあります。いずれにしても、誰がキーパーソンなのかを周囲が承知しておく必要があります。

キーパーソンが要となり、認知症の人を世話することになりますが、今回のコラムではその社会的責任を確認しておきましょう。
この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 契約行為
  2. 損害賠償の義務
  3. 扶養義務者
  4. ユッキー先生のアドバイス

契約行為

認知症は、初期から判断力が低下しますので、社会的に同意能力の有無が問われます。様々な契約時に認知症の人にサインが求められた場合、認知症の人は、契約の内容を正確に理解した上で、サインして良いのか、いけないのかを正しく判断する力に欠けています。大きな金銭が絡む契約などは、キーパーソンがその契約内容を十分に把握し、同意の可否の判断について、必ず認知症の人をサポートしなければなりません。この行為は、後で生じる大きなトラブルを回避する必須条件です。

身近な事として介護保険サービス利用時の契約があります。契約時に本人と家族に同意を求めますが、通常は家族の同意を優先します。また、病院での入院や治療の同意も、状況によっては家族の同意が必要になります。そこでサインすることは、社会的に認知症の人の身上監護を担う者としての同意の意思を示し、後に述べる法的監督義務者としての立場ともみなされます。

契約書が必要ない金品のやり取りや他者との約束事でも、場合によってはキーパーソンがその責任を負うことがあります。すなわち、キーパーソンは、認知症の人が社会で生活上での見守り義務があることを承知してください。

損害賠償の義務

認知症は、精神保健福祉法の適応となり、様々な社会保障が受けられます。同時に認知症の人が他者に損害を加した場合は、民法714条が適応されます。認知症の人は、その責任能力が無いとみなされ、罪は問われませんが、損害賠償が求められた場合に、その責任を世話している家族に向けられることがあります。

認知症の人の損害賠償に絡む有名な事件は、2007年12月に愛知県大府市のJR共和駅付近の線路に91歳の認知症高齢者が侵入し、列車にはねられ死亡した事件です。JR東海は、その妻と長男に損害賠償を請求し、訴訟となった事件は社会的に注目されました。

この事件の詳細はネットで検索できます。一審の名古屋地裁では、妻と長男にJR東海側に請求額720万円の支払いを命じました。二審の名古屋高裁は、長男の賠償請求を却下し、妻のみに半額の360万円の支払いを命じ、さらに最高裁では妻と長男の賠償責任を棄却した裁判でした。判決理由についての詳細は避けますが、ここに認知症の人を世話する家族の社会的責任について、認識しなければならない重要な課題があります。

民法714条では、認知症の人のように責任能力を欠いた人が他者に損害を加えた時は、法定監督義務者に賠償義務が課せられます。名古屋の事件は、妻と長男に監督義務者としての賠償責任が法廷で争われましたが、結局最高裁で諸条件から両者を監督義務者と認めず、賠償責任を却下しました。

キーパーソンは、法律的に監督義務者として、認知症の人が他者に加害行為を行わないよう常に監視することを義務付けられています。身近な例で、認知症の人が運転免許を取り消され、あるいは返納したのにも関わらず、運転して重大事故を招いた時に、その賠償責任はキーパーソンに課せられます。当然、無免許運転ですので、自動車保険での保証はありません。

扶養義務者

認知症の人は、日常生活の営みや身の回りの事、あるいは金銭管理ができませんので、独居生活は困難です。そのような認知症の人の生活を援助する人の中で、扶養する義務のある人を扶養義務者と言います。法律的には。配偶者を含む血縁関係がある人が扶養義務者で、両親、祖父母、子、孫、兄弟姉妹は絶対的扶養義務者と規定されています。

キーパーソンは、扶養義務者としての社会的立場が位置づけられていると理解してください。すなわち、日々の生活、健康状態の維持、金銭管理、社会活動・参加など、認知症の人が安心して、安全に暮らせるように支援することを義務として課せられています。キーパーソンが扶養義務者か否かの法的判断には、他にさまざまな条件が付加されますが、このことは念頭に置く必要はあります。なぜなら、その義務を放棄した場合は法的に罰せられます。

無論、世話の途中でキーパーソンが交代することは問題ありません。またキーパーソンは、決して一人ですべての責任を負うという意味ではありません。大きな賠償請求などが生じた時は、他の家族と協働して対処しなければなりません。キーパーソンはその取りまとめ役を担っていますが、キーパーソン以外の家族も、法律的には扶養義務者とみなされ、実際に責任が問われることがあります。

ユッキー先生のアドバイス

認知症の人の「世話」をするということは、その人の生活の営みを支援することで、社会的な責任を伴います。「世話」には「介護」も含まれますが、「介護」は身の回りの直接行為に対しての援助行為ですので、その範囲は「世話」より限定的です(第63回コラム参照)

今回のコラムで、家族が認知症の人を世話することは、身辺の生活行為の援助だけでなく、さまざまな社会的責任が伴うことを説明しました。要するにキーパーソンは、ケア・マネジャーや介護福祉士といった資格を有するプロの介護者ではなく、家族であり、扶養義務者の役割を担っていることを認識してください。


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