ユッキー先生の認知症コラム

認知症専門医として、大学院教授として、認知症とどう向き合うか、ユッキー先生が語ります。
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第25回 徘徊

認知症の人の介護でよく取り上げられるのが、徘徊の対応です。ごく最近、この徘徊に纏わる2つの事件が取り上げられました。一つは、平成19年愛知県大府市で起きた認知症の人の踏切事故に対する損害賠償の判決結果、もう一つは身元不明の認知症の女性をNHKの番組で紹介したところ、その介護者の夫が名乗りでたというニュースでした。 このコラムでは、認知症と徘徊の問題について考えてみましょう。

ユキエさんの場合

37歳の酒井奈津美さん(仮名)は、東京郊外のマンションに夫と1歳8ヶ月の長男の3人で暮らしています。ある日、山形県米沢市に住む叔父から、70歳になる母親の吉田ユキエ(仮名)の様子がおかしい、と連絡がありました。ユキエさんは、6年前に夫を亡くし、米沢市郊外で細々と農業を営みながら一人で暮らしていました。本来ユキエさんは、活発な性格で地域のゲートボールや民謡の稽古に欠かさず参加し、近所の年寄りの面倒もよくみていました。そんなユキエさんが家に閉じ込もりがちになり、村の人が尋ねてもよそよそしく、あまり口を利かなくなったのは半年前頃からでした。叔父がユキエさんの様子がおかしいと疑いを持ったのは、きれい好きのユキエさんの家が散らかり、同じ服をいつも着ている姿を見た時でした。そしてある朝、ユキエさんが米沢市の街はずれで、転倒し道ばたに座り込んでいたころを警察に保護された、との電話がありました。

奈津美さんは、ユキエさんの様子を伺うために、早速米沢に向かいました。ユキエさんがごく普通に出迎えてくれたので、とりあえずは安心しました。以前ユキエさんは育児の手伝いに何度か一人で上京していたので、奈津美さんには母親の変調が内心信じられませんでした。取りあえず夫の許可を得て、しばらくは東京の家で母の様子をみることにしました。

ユキエさんが上京して2日目の真夜中に、物音で目を覚ました奈津美さんは、下半身を濡らしトイレの前に呆然と立っているユキエさんをみて愕然としました。思わず「何故トイレに行かなかったの」と奈津美さんは叱責しましたが、ユキエさんはただ狼狽えるだけでした。その時、奈津美さんは初めて母親がおかしいのかもしれない、と思ったのです。

その日から、奈津美さんの長男の養育と母親の世話が始まりました。ユキエさんは、田舎の環境とはまるで違う都心のマンション生活に混乱し、奈津美さんの顔を見ると「家に帰る」と訴え、時には一人で外に出ようとするので必ずチェーンロックをかけることにしました。ユキエさんの「実家に帰る」の訴えが昼夜を問わず繰り返され、また長男の夜泣きもはじまり、奈津美さんは、「これからやっていけるのか」自信を失いかけていました。

そんな朝、奈津美さんがマンションのゴミ置き場へゴミを出しに行き戻ったところ、ユキエさんの姿が見えないことに気づきました。慌てて探しに出たのですが、ユキエさんは見つかりませんでした。何度か買い物等に連れて行きましたが、5階の奈津美さんの部屋をきちんと覚えているとは考えられず、奈津美さんはマンションの一階玄関と5階の自宅を何度も行き来したのでした。しかしユキエさんは見つからず、しばらく自宅で途方に暮れていると、携帯に友人の美佐子さんから電話がありました。美佐子さんに事情を話したところすぐ駆けつけてくれたので、奈津美さんは今までの張りつめていた気持ちがいっきに解放され、思わず涙ぐんでしまいました。

美佐子さんのアドバイスで子供を彼女に預け、ユキエさんの写真を持って最寄りの警察署で捜索依頼を出しました。警察署では担当の警察官が親切に対応してくれ、とりあえず自宅で警察からの連絡を待つことにしました。夕方近くになってもユキエさんは戻らず、美佐子さんも自宅に帰り、ただひたすら警察からの電話を待っていました。夫に状況をメールで伝えたのですが、夫の帰宅は午後7時ごろでした。簡単な夕食を済ませた時に、夫から山形県の実家に電話してみないかと提案がありました。実家に帰っているはずがない、帰れるはずがないと思いながらも念のために電話してみましたところ、驚いたことに電話にユキエさんが出たのでした。

電話口でのユキエさんの様子は、落ち着いた口調でした。また東京からどのようにして帰ったのか訪ねると、「親切な人が米沢行の電車に乗せてくれた」と説明するだけで要領を得ませんでした。ともかく奈津美さんは安心したのですが、ユキエさんが東京から米沢まで一人で帰宅したとは信じがたいことでした。

その後奈津美さんは、ユキエさんの事は話題にしたくないという気持ちが働いたのか、連絡をしないで様子を伺っていました。3日後に山形の叔父さんから電話があり、「東京にいると思っていたら、ユキエが米沢の街中を夜中に歩いていて、警察に保護された」との内容でした。叔父は「なぜ、一人で米沢に帰したのか」と怒りをあらわにし、奈津美さんを責めたてました。翌日、また奈津美さんは米沢の実家に向かいましたが、足どりは重く、今後どのように対処するか、決まらないまま実家に入りました。そして、ユキエさんの顔を見るなり、怒りがこみ上げ、なぜ一人で帰ったのか、攻め立てたのでした。その時のユキエさんは、ただ茫然としているだけで、質問には何も答えませんでした。

翌朝、奈津美さんが目覚めた時には、ユキエさんの所在が分からなくなっていました。慌てて叔父に電話すると、叔父も駆けつけ近所を探したのでしたが、お昼前になって、叔父宅に米沢署でユキエさんを保護しているとの連絡がありました。すぐに引き取りに行くと、警察官の説明では近所の小学校の校庭のベンチに座っていたところを保護した、とのことでした。

その後、奈津美さんは警察官のアドバイスで地域包括支援センターにユキエさんの処遇について相談に行きました。相談の結果、介護保険の申請と救急のショートスティを利用してユキエさんの徘徊に対応することにしました。さっそく近くの認知症疾患医療センターで検査を受けて診断を明確にし、介護保険申請の手続きを終えてショートスティ施設に秀子さんをお願いして、一旦東京に帰ることにしました。

徘徊とは

徘徊は認知症の代表的な行動障害の一つで、その初期から中期によくみられる症状です。徘徊とは、広辞苑によると「どこともなく歩きまわること」であり、認知症の徘徊は、一般の人が本人の意思でどこともなく歩き回るものとは異なり、見当識や記憶の障害により結果的に「歩き回る」ことになってしまう行動の異常です。すなわち見当識障害のために今いる自分自身の居場所がわからなくなり、また判断力も冒されているので今の状況が把握できず、道に迷った認識もなくただなすがままに歩き続けます。もしたとえ道に迷った認識があったとしても、どのように解決したらよいのかわからずに歩き回る場合が多いようです。

ユキエさんの場合を考えてみましょう。まず、ユキエさんが娘宅から米沢まで一人で帰宅したのは徘徊とは言えません。ユキエさんは、おそらく“家に帰りたい”という強い願望があり、奈津美さんの了解を得るよりも、隙をみて短絡的にマンションを飛びだしたのでしょう。そこでタクシーで駅に行き、そこから駅員さんや通行人に尋ねつつ、新幹線に乗って米沢まで行った、と考えられます。これはユキエさんの認知機能の障害は軽度であることを示しており、切羽詰まった時には、このように残された能力を引き出すことができるということです。ただ、奈津美さんに黙って米沢に帰った行動は、正常の判断力に欠けると言えます。

米沢に帰ってからのユキエさんが街中を夜間歩いたり、小学校の校庭で保護されたりした状況は、自分の居場所がわからないための行動で、徘徊のようです。ただ、なぜユキエさんが、早朝徘徊していたのか、小学校の校庭にいたのかは定かでありません。

一般に認知症の人が徘徊するにはきっかけがあるようです。多くの場合は昔の家を思い「家に帰る」といって、今住んでいる家から外出し徘徊が始まります。その際には、当初の目的を達成するため昔の家を探し回っているわけではなく、バス停にバスが来れば行先もわからないバスでも乗ってしまう、また歩いている先に信号があればそれを目指して歩く、など自分の家を探すと言う意思はなく、その場の状況に身を任せ、ただ歩き回っているようです。ですからたとえ雨の日でも、極寒の地であっても、その先に起こる身の危険は考えないのです。また漠然とした不安があっても、その不安を解消するための策を講じずにただ歩き回るのです。

 

徘徊に纏わる2つの事件

徘徊は、その人の身が危険に晒されることが多いので問題になります。最近の2つの事件から、認知症の徘徊の問題について考えてみます。 平成19年12月、愛知県大府市のJR東海共和駅構内で、要介護4の当時91歳だった男性が列車にはねられ死亡した事故に対して、JR東海が遺族に損害賠償を求めた訴訟の判決結果が話題になりました。一審の名古屋地裁は、男性の介護に携わった妻(当時85歳)とその長男にほぼ請求どおりの約760万円の損害賠償の支払いを命じました。2審の名古屋高裁では、一審の判決を変更して、妻のみに夫の監督責任を認め賠償額を減額し約359万円の支払いを命じたのでした。

この判決に多くの関係者は驚き、その不当な判決に怒りさえ覚えた人も少なくありませんでした。当時85歳の妻が要介護4(最重度の介護を要する状態)の夫の監督責任義務を怠った理由で、損害賠償を求めたことに正義はあるのかということで議論を呼んだのです。それ以外にも、認知症の人の家族は24時間監視しなければならないのか、といった議論が飛び交ったのでした。

では、認知症の人によるこのような事故を家族や介護者が実際に防げるかというと、おそらく不可能でしょう。徘徊によるトラブルを何度も体験した家族は、さまざまな方法で徘徊を阻止する手段を考え実行していますが、それでもパーフェクトには阻止できません。それを思うとこの裁判で示された妻への監督責任義務は、非現実的なのかもしれません。しかし、法律上の問題になると解釈は多少異なるようです。

この事故で生じた損害賠償に対してJR側が負う責任があるのか。というと、それもまた不合理のような気がします。ちょっと状況は変わりますが、うつ病の人が自殺目的で列車に飛び込み死亡した時は、やはりその家族や保護義務者が賠償責任を課せられます。そこで、認知症の人の家族には賠償責任がなく、うつ病の人の家族にはある、というのも法の下の平等の理念に欠けます。

この事件は大変忌々しい事件ですが、現状の法的解釈では介護者への賠償責任は免れないのかもしれません。しかしこの問題は、徘徊症状を持つ人に対して、地域が見守る制度を早急に作る必要があることを教えてくれています。例えば、川崎市のように「徘徊高齢者SOSネットワーク」など地域連絡システムなどを整備して、いち早く徘徊者を保護する制度の構築が急務です。また、車の衝突被害軽減ブレーキのようなものを国や鉄道会社が積極的に開発し、可能な限りの事故防止対策と安全技術開発を急ぐべきでしょう。

NHKの調べでは、平成17年から25年の8年間に認知症の人の鉄道事故は76件におよび、そのうち64人の死亡が確認されています。そこで私の考えは、喧嘩両成敗ではありませんが、以前から指摘されていたJR側の高齢者踏切事故の防止対策の遅れと、杜撰さも責められるべきで、むしろ認知症の人は物質文明の被害者とも言えます。それぞれの責任の度合いで賠償額を決めるべきではないでしょうか。皆様はどう思いますか?

平成26年6月の朝日新聞Digitalによりますと、平成25年度に家族などの介護者から捜索願が警察に出された認知症高齢者は10,332人で、そのうち151人の所在が本年の4月の時点でもわかっていません。さらに警察に保護されたものの一3人が住所、氏名が不明ということです。

平成26年5月に江東区に住む認知症の女性が行方不明となり、群馬県館林警察で保護されました。その時、本人が名乗った名前と下着に書かれた本名が異なっており、警察は本人が名乗った名前を公表しました。そのために家族が見つからず、7年間群馬県内の施設で身元不明者とてして保護されていました。この女性をNHKが番組で紹介したところ、その夫が名乗り出て再会したのです。この事件は、警察が誤って本人の名前を公表した単純なミスがもたらした悲劇でした。

この2つの事件は、日本社会に新たな衝撃を与えたのです。さらに、平成25年6月の新聞紙上において、65歳以上の認知症人口が約460万人、全高齢者の15%が認知症という衝撃的な調査結果を報じました。そして85歳を超えると約半数が認知症になり、また認知症の前段階の軽度認知障害(MCI)は約400万人と言われています。今や認知症の人は、その予備軍を含めると900万人から1000万人の時代となったのです。このニュースからも認知症はごく身近な疾患として関心が高まり、将来に向けた認知症政策の重要性が強調されていました。その矢先に2つの事件が報じられ、改めて認知症の徘徊問題を考えさせられたのでした。

徘徊に纏わる悲惨な事故は、踏切事故のみならず交通事故や寒冷地での凍死など後を絶ちません。在宅で認知症の人が徘徊することへの対応には、限界があります。家族はいろいろ工夫しながら徘徊による行方不明を回避しようとするのですが、多くの場合それが家族の方に大きな負担となってのしかかってくるのです。そんな時には一人で悩まずに、いろいろな機関に相談してみてください。

【ユッキー先生のアドバイス】

徘徊の効果的な防止方法はなかなか見つかりません。誰かが常に見守っていることで防げるのかもしれませんが、それこそ現実的ではありません。しかし、徘徊が出現したら、それに伴う行方不明の時間をできるだけ短くする手段を講じる必要があります。徘徊が始まったら、以下の対応を行ってみてください。

(1) 近所の人やお店の人に本人の顔を覚えていただいて、一人で歩いている姿をみたら家族に連絡をお願いする。
(2) 最寄りの警察署にあらかじめ本人を連れ、写真をもって事情を説明しておく。
(3) 徘徊が頻回になったら、ケアマネージャーに相談して、短期入所(シート・スティ)の実施を考える。
(4) 地域の行政に「徘徊高齢者SOSネットワーク」のような制度があれば、登録しておく。
(5) 本人の名前や住所、連絡先がわかるものを必ず持たす。例えばバックの中や財布の中、洋服のポケットなどにそれを入れておく。
(6) GPS端末機を利用する。



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