第9回 主人のことが心配なの
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認知症の話題で多いのが介護の大変さについてのテーマです。そこには介護をする人とされる人との関係があり、どうも、認知症の人が悪役のように扱われていることが多いようです。確かに、認知症の人は、自分の意見や要求などを相手にうまく伝えることができません。また相手の言いたいことや望んでいることを会話の中からとらえることが難しいので、いらいらした感情だけが表面に現れ、介護する者にとってはその対応が厄介なこともしばしばあります。
認知症の人とその介護者に纏わるエピソードについて、もの忘れ外来の診療では、毎日のように家族からの相談を受けます。先日、認知症の人とその配偶者に纏わる出来事があったので、その話をしましょう。
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いつも頼りにしていたご主人が入院することに…
中谷圭子さん(仮名)は、アルツハイマー型認知症と診断されて4年目を迎えました。これまでご主人の登さん(仮名)と二人暮らしで、この4年間ご主人が圭子さんのお世話をしてきました。圭子さんは、買い物や遠くへの外出、あるいは決められた時間に薬を呑むなどの複雑な行為はできませんが、ご主人と一緒であれば、家の中の掃除、調理、洗濯などの家事は何とかできていました。もの忘れ外来にはいつもご主人と2人で来院しますが、圭子さんはご主人を頼りにし、とても仲むつまじい関係でした。
先日、予約外で、長女の綾子さん(仮名)が相談したいとのことで、1人で来院されました。綾子さんによると、登さんが高血圧で倒れ、精密検査のために入院したとのことです。無論、圭子さんを1人にはしておけないので、綾子さんが、自分の家に一時引き取ったのですが、当然のことながら、圭子さんには、夫の登さんに何が起こったのか知る余地がありませんし、まして、突然長女の家に連れてこられたわけですから、当初から「お父さんのところへ帰る」と訴えていました。そして、2、3日後には、それが昼夜を問わず続いたので、綾子さんはその対応に苦慮している、との相談でした。登さんの主治医に相談したら、鎮静剤と睡眠導入剤を精神科でもらうように言われたので、来院した、とのことでした。
介護に直面した娘さんの戸惑い
綾子さんは、お母さんのこの状態を認知症が進んでしまったと思っています。そして「これから先、面倒をみられるのか」、「この状態が続いたら、自分達の生活がだめになってしまう」と訴えていました。また綾子さんの夫は、「夜間、圭子さんのために眠れないので仕事に差し障りがある、何とかして欲しい」と綾子さんを攻めるようになり、夫婦関係もぎくしゃくしてしまいました。このように、これまでの綾子さんの生活が一変してしまったそうです。
主治医の私は、「お母さんとお父さんはとても仲が良かったのですね。だから、お父さんのことがとっても心配なのですね。」と話しかけると、綾子さんは、「お父さんが入院したことを何度伝えても、お母さんは『家に帰る』と言うのです。お父さんの様子など一度も聞きませんが・・」とのことでした。綾子さんにとって、お母さんのこの行動は、予測していたことかもしれませんが、実際にその状況に直面すると、受け入れることができず、何とか落ちつかせたい、と思うのでした。綾子さんにしてもお母さんの気持ちが分からない訳ではないのですが、家での混乱にどう対応してよいのか、戸惑ってしまっているのです。だからお母さんをどうにか落ちつかせたい、薬で何とかしたい、と思ったのでしょうね。
綾子さんのこのような気持ちも分かります。今回のケースでも、どうしても圭子さんの気持ちよりも綾子さんの言い分が優先されてしまいます。なぜならば、圭子さんの行動は、理解できない行動であり、周囲の人間にとっては異常な行動ですから、一番手っ取り早い解決方法として、薬で治そうと、まるで頭痛でも治すようにお薬を使おうとします。でも、このようなケースは薬が最善の解決方法でない場合が多いようです。
介護を通して母と向き合い、娘さんが気付いたこと…
ともかく、綾子さんとお母様の気持ちについて話し合いました。私の「お母様は、お父様と仲が良かった」という指摘に綾子さんはふと思いにふける顔をしました。普段の登さんと圭子さんの生活、登さんのお世話の方法、二人でいるときの圭子さんの落ちついた状況など話して行くうちに、綾子さんは「母は、お父さんのことが心配なんですよね。どうしたら良いのでしょうか」と、藥より良い方法があることに気づいた様です。でも、私には、良いアイデアはありませんでした。ただ、「お母さんの心配な気持ちが少しでも和らぐと良いですね」と申し上げると「お父さんのお見舞いに連れて行って良いでしょうか?」と尋ねてきました。「無論、大賛成です」と申し上げたのですが「それによって益々家で不安が強くなりませんか」と綾子さんは心配していました。
綾子さんは、お母さんが真実を知ることでかえって不安が強くなることを心配していました。確かにそのような事例も経験しています。私の経験では、認知症の人に真実を伝えることは一般の人と同様に、動揺もあり、それが原因で益々混乱する人も見かけます。しかし、それでもお父さんの病院に行ってお父さんと面会を重ねる事で、だんだん「お父さんは何処」から「お父さんに会いに行く」に変わります。そして家でも落ちついてくるようです。
この事例では、綾子さんがお母さんの思いを理解し、お母さんの気持ちを叶えるためにどうしたらよいか、話し合いました。そこで、お母さんをお見舞いに連れていく。そして、毎日のように「お父さんは病院でどうしているかな」「あしたまた検査があるみたいよ」「先生が心配しないで良いです、とおっしゃっていたわよ」など、お父さんの話題をあえて持ち出す、夜の混乱には「明日になったら、お父さんのお見舞いに行きましょうね」と対応する、このようなことを綾子さんと考えました。
1週間後、綾子さんと圭子さんがもの忘れ外来を受診したときに綾子さんは、「最初、ちょっと大変でしたが,何とか落ちつきました」と、とても満足げな顔で報告していました。
「何とかしなければ」から「してあげよう」の介護
この度のケースは、よくあるケースで、その対応も教科書どおりの対応方法かもしれません。しかし、重要なことは綾子さんが「お母さんはお父さんのことが心配なんだ」と気づいたことです。そして「お母さんを何とかしなければ」ではなく「お母さんを何とかしてあげよう」に変化したのでした。この「しなければ」と「してあげよう」とでは、大きなちがいがあります。自分たちのためにしなければならない、と考えるか、母親のために手を貸そう、と思うかではおのずとお母さんへの対応が違うはずです。
ユッキー先生のアドバイス
介護者にとって認知症者の異常な行動は、薬でなければ治まらない、と考える人が多いようです。しかし、多くの場合は薬の副作用や選択ミスのため、一日中ボーっとしていたり、手が震えたり、また時にはふらつきのために骨折する人もいます。このような理由から落ちつく藥(向精神薬)を認知症に使うことは慎重にしなければなりません。
しかし、向精神薬は危険な藥、呑ませてはいけない薬ではありません。認知症の人に適した薬の選択と適量の服用で良い効果が得られれば、本人にとっても苦しみが軽減されますし、生活の質も高まります。そこで主治医の先生から睡眠導入剤や落ちつく藥が処方されたら以下の点に注意し、そのような症状が一つでもみられた時は担当の先生に連絡してその対処を早急にお願いしてください。
1) 日中うとうとと居眠りするようになった
2) 朝、なかなか目が覚めない
3) 日中でも元気がなく,ボーとした感じが目立つようになった。
4) 日中、すぐに横になろうとするようになった。
5) 周囲への感心を示さなくなった。
6) 呂律が何となく回らない感じになった。
7) 立ったときに、ふらつくことが何度かあった。
8) 歩いているときに、よたよたした感じになった。
9) 転びやすくなった。
10) 手が震えや涎を垂らすようになった。
向精神薬の効果を適切に評価して、早期に副作用に気づき対応できたとすれば,これらの薬は介護の大きな手助けとなります。そこで重要なことは家族や介護専門家の役割です。医師は、薬を処方できますが、特に在宅の場合に,その効果を直接確認することはできません。それゆえ、副作用のチェックや効果の判定は、いつも側にいる家族や介護職の人に委ねるしかありません。
このことから医師は、ご家族に薬の効果や副作用のことを詳しく説明し、その結果を報告してもらうことをお願いします。上記のような副作用については、お薬を投与する前に、医師や薬剤師から詳しく説明があると思いますが、その説明を頭に入れて、日頃の認知症の人を観察していただきたいと思います。
もし、仮に主治医から藥の副作用等についての説明がなかったら、確認することを忘れないでください。医師は、治療に対して患者さんやその家族に説明し同意を得る義務がありますので、薬の説明をお願いする事に躊躇せずに遠慮なくお尋ねください。
このように医療と介護者が連携する事で、認知症の人に適切な薬物療法が可能になりますし、それが介護の負担を軽減することに役立ちます。しかし、すでに述べましたが、認知症の人の困った行動に対する対応の第一選択が薬物療法ではありません。まずは、認知症の人が何を訴えたいのか十分に話しを聞くことが始めの一歩です。困った行動を「何とかしなければ」とその行動を抑え込むことを考えるのでなく、何に困って、何に不安を感じているのか、どのようなことが思うように行かずイライラしているのか、など認知症の人の気持ちになりその解決策を見つけ出すことです。そこで「何とか手助けしてあげよう」と、認知症の人の抱えている問題を解決する方法を考え、施すことが最優先されることを忘れないでください。
(2013年4月2日)
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