第53回 認知症の人の対応 ~入浴嫌い~

6月に入り、汗ばむ季節になりました。この時期に、世話する家族を悩ますのがお風呂に入らない認知症の人の対応です。「この間、入ったばかりだから」「今日は風邪気味だから」等、いろいろな理由をつけて、入浴を勧めても入ってくれません。家族は、不潔でないか、体が臭いのではないか、周囲の人が嫌がるのではないか、と心配します。そこで今回のコラムでは、入浴を嫌がる人の対応を考えてみましょう。
この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 入浴嫌いの理由(わけ)
  2. 生活習慣と入浴
  3. 入浴嫌いの対応
  4. ユッキー先生のアドバイス

入浴嫌いの理由(わけ)

私は毎日入浴しますが、時に朝と寝る前の2回入浴します。朝は、シャワーだけのことが多いのですが、寝る前の入浴では、ゆっくり湯船につかるとほっとした気分になり、一日の疲れがとれていく気持ちよさを味わえます。このように入浴は、一日の日課に欠かせない営みで、日本人の多くは、お風呂が大好きです。

この日本人が好きな入浴を拒むことは、家族にとって理解できない出来事です。はじめは、体調が悪いのではないか、と考えますが、2~3日入浴しないと強い口調で入浴をすすめ、1週間が経つと、不潔、臭いと言いながら無理矢理お風呂に入れようとします。そうなると、本人は益々拒否し、大騒動になり、中には数か月も入浴しない人もいます。しかし、不思議と汚れた下着の交換は素直に行ってくれるようです。

認知症の人の入浴嫌いの理由を考えてみましょう。 私の臨床経験で、お風呂に入らない理由がわかった例がありました。それは、自宅のお風呂が嫌いな男性です。彼は、家族が入浴を勧めても頑なに拒み、訪問入浴サービスを利用しようとした時などは、大騒ぎで抵抗したので止む無く中止しました。また、デイサービスに参加して、そこで入浴させることを考えましたが、そもそもデイサービスに行くことすら強く抵抗し、入浴させる企みは失敗でした。

そんなある日、同居している中学1年生の孫が洗面器、手拭、石鹸をもって「じいちゃん、風呂」と銭湯に誘ったのです。その子は、自分の母親たちがおじいちゃんのお風呂のことで困っているのを知り、以前一緒に銭湯に行ったとき、おじいちゃんがとっても楽しそうだったことを思い出し、誘ったのでした。その老人は孫と一緒に銭湯へ行き、自分で頭を洗い、孫の背中を洗ってあげ、2人で牛乳を飲んで帰ってきました。その様子に家族は皆びっくりでした。その後は、週に1~2回、孫と銭湯に行くそうです。

現在は、ほとんどの家にお風呂がありますが、昔はない家の方が多かったのです。私も幼い時、家に風呂はなく銭湯に通っていました。銭湯の中で手拭隠しをしたり、湯船で泳いだり、潜ったりして、周囲の大人たちに叱られたことを思い出します。しかし、毎日銭湯に行くことはありませんでしたし、むしろ親と一緒に行くときなどは逃げ回っていました。銭湯にはいろいろな思い出がありますが、もし私が認知症になったら家風呂よりを銭湯の方を好むのか、というとそれは疑問です。しかし、もうすぐ95歳になる父は、未だ銭湯に行きたいと言っていますが、恐らくその違いは大人になってからも銭湯に通っていたからでしょう。

入浴嫌いの理由に、家風呂が嫌だ、という認知症の人が多いようです。家族は、今まで何十年も家風呂を利用していたのに、今更「家風呂は嫌い」と言われても困ると言いますが、もっともな話です。しかし、認知症の人は、見当識の障害のために、今と昔とを混同してしまい、「お風呂にはいりなさい」と家族に言われると、先の例のように、思い浮かべるのは、あの銭湯の独特なエコーのきいた響き、大きなゆったりとした湯船と洗い場の雰囲気なのでしょう。そのイメージは、家風呂とはまるで異なりますので、風呂嫌いにさせてしまうのかもしれません。

年寄りの家風呂のイメージは、狭い、薄暗い、寒い、閉じ込められた感があり、恐怖を感じる人もいるようです。また、お湯が流れこぼれるのが勿体ないからと家風呂に入らない人もいます。老夫婦の2人暮らしや、一人暮らしの高齢者の中には、入浴の準備や後片付けが大変、ましてや「風呂の掃除までできない」と入浴を嫌う人が多いようです。

では、銭湯なら入浴するのか、またデイサービスの入浴は良いのか、というと必ずしもそうではないようです。銭湯に行くのが面倒、他人と一緒に入るのが嫌、などの理由で銭湯にいきたがらない人もいます。またデイサービスの入浴で最も拒む理由は、服を着た職員が浴室にいること、若い異性の介護職員が介助をしていること、などの話も聞きます。

身体にかかわる入浴拒否の理由として、「汗をかいていないから」が多いようです。冬場では、風邪気味が最も多く、それから「風邪をひくから」、「寒いから」、「湯冷めするから」などの理由が目立ちます。高齢者の入浴を嫌う理由として、入浴することは身体によくないと思っている人が多いようです。恐らく、昔体調が悪い時、かかりつけの医師に「お風呂に入らないように」と言われた記憶があるのでしょう。

生活習慣と入浴

日本人のように、毎日湯船に浸かって入浴する習慣がある国民は少ないようです。外国に旅行すると、ホテルの浴室は、トイレと兼用で、浴槽がないシャワーだけの所もあり、また浴槽の中でシャワーを使って身体を洗い流すのが一般的です。世界には、身体を洗うこともしない民族もいますし、どこの地域でも水が豊富に使えるわけではありませんので、入浴にあまり執着しない国も多いようです。

入浴は、毎日の生活で不可欠なものと思いがちですが、生きていくのに必ずしも必要な行為ではありません。恐らく、今の高齢者の若いころの生活で、毎日入浴する習慣はほとんどなかったのではないでしょうか。まして、戦前、戦後の日本は、今のように物資的に豊かであったわけでなく、水道設備も都市部だけで、地方の住民の多くは井戸水を使っていました。ましてシャンプーやリンス、その他の入浴用品などはありませんでしたので、入浴は日常最低限の営みであったと思います。むしろ贅沢な営みと考えていた人が多かったように思います。私の子供のころ、親戚の家に泊まると「お風呂でも入ってゆっくりしてください」と、おもてなしの行為の一つとして、お風呂が用意されたことを覚えています。このように特別な営みと考えていた人も多かったようです。

お孫さんに連れられて銭湯に行った老人は、おそらく孫の誘いに「そろそろ風呂にでも行くか」と咄嗟に思ったのでしょう。それまでは、周囲から風呂に入ることを強要されても自らは入浴の必要性を感じず、また人前で裸にさせられる恐怖さえ覚えていたのかもしれません。そんな時に、昔の銭湯を思い出し、銭湯に行き、お孫さんとその雰囲気を満喫したのでしょう。

入浴は、生活上の営みです。そこには、その人なりの入浴への思いや仕方があります。認知症の人の入浴の考えや仕方を無視して、今の若い介護者の生活習慣に押し込めようとしても、認知法の人は納得しません。何か嫌なことをさせられる、企んでいる、いじめられる、と思うのでしょう。

入浴嫌いの対応

入浴を嫌う認知症の人にも、その理由(わけ)はありますが、家族にとってはなかなか理解し難いものです。衛生上の問題から「入浴は必要」、「しなければならない」と思うのであれば、入浴しなくても清潔が保たれる方法を考えてみたらいかがでしょうか。

お風呂の用意ができたら、まずは入浴を勧めてみてください。最初、認知症の人は、比較的穏やかな口調で入浴を断りますが、もう一度勧めてみてください。しかし、それ以上勧めますと表情が険しくなり、収拾がつかなくなることになりますので、無理強いせずに、諦めましょう。そして、お湯に浸した暖かいタオルを用意し、「これで顔と手を拭くと気持ちいいですよ」と両手にそのタオルを乗せてあげてください。暖かいタオルを拒否する人はあまりいないようです。そこでタイミングを図って、「身体を拭きましょうか」「足も汚れているといけないから拭きましょうか」と優しく誘い、その誘いに乗れば用意した新しい下着に替えることを試みてください。

ここでのコツは、暖かいタオルと、入浴を強要しないこと、入浴とは全く関係ない世間話をしながら、身体拭きや着替えを手伝うことです。自身で顔や手を拭くことができるならば、無理に手伝おうとせず、本人のやりたいようにさせてください。私たちの病院でも暖かいタオルを出しますと、皆さん気持ちよさそうに顔を拭きます。

また、顔拭きが成功したら、次には入浴の誘いを試みてください。気持ちよさそうな表情をした瞬間を狙って「お風呂に入ってみましょうか」と、声かけをすると、スムーズに入浴することがあります。その時には、折角入浴するのだからと家族が躍起になって洗身や洗髪を介助するのでなく、ゆったりとした気分で介助をおこなってください。場合によっては、身体を洗わなくても、湯船につかるだけで、またシャワーを浴びるだけでも汚れはある程度落ちます。

特別な出来事を引き合いに出し、入浴を勧めることも効果的です。外来診療でよく聞く話は「明日は病院ですからお風呂に入ってください」と誘うと、比較的スムーズに入浴するようです。また「明日は○○に出かけるから」「孫が来るから」なども良いきっかけになるかもしれません。ある男性は、3か月以上も入浴を拒否していたのに、孫の結婚式の前日には入浴した、と家族が話していました。

夏の時期に入浴に誘う方法として「お風呂から出たら冷たいビールでも吞みませんか」はいかがでしょうか。ビールが好きな人にとっては、たまらない殺し文句かもしれません。あるいは、アイスクリーム、冷えたスイカなども良いかもしれませんね。このように、お風呂の後の楽しみを持ち出して誘ってみるのもグッドアイデアです。

このような状況から察すると、高齢者にとって「お風呂に入る」ことは、私たちのように毎日の習慣的な営みでなく、特別な日を迎えるための身だしなみの一つかもしれません。逆に特別なことがない日は、お風呂に入り身体を綺麗にしておく必要がない、と思っているのでしょうか?

入浴を嫌う認知症の人の対応として最も重要なことは、若い介護者が考える入浴の意味や必要性を認知症の人に押し付けないことです。若い人の考えや生活習慣は、認知症の人に理解できません。裏を返せば、若い人が認知症の人の考えていることや生活習慣を理解できないのと同じです。それゆえ、入浴を拒否する認知症の人の対応として最も行っていけないことは、「身体が臭い」、「不潔」等の言葉を吐き捨てるように言いながら、無理やり入浴させようとすることです。

また、入浴を嫌う理由に、浴室は滑りやすい、湯船に入るのが怖い、お湯の温度が上手く調節できない、等の風呂場の環境に問題があることも多いようです。本人の入浴している状況をよく観察し、風呂場が滑り、怖くないのか、手すりの位置はよいのか等を聞いてみてください。最近は、比較的浅めの細長い浴槽が若い人に好まれているようですが、そのような浴槽は高齢者にとって大変危険で怖いようです。浴槽で足を延ばそうとすると、そのまま後ろに滑り、溺水することがあり、大きな事故につながります。それゆえ、浴室の環境についても配慮してください。しかし、高齢者に適した浴室に改築するにも限界がありますので、デイサービスなどで入浴サービスを利用することも一つの手段かもしれません。

ユッキー先生のアドバイス

入浴を嫌う認知症の人の対応は大変ですが、一日に何度も入浴する、浴槽の中で失禁してしまう、滑って転んで怪我する、浴槽で溺れそうになる、など入浴に纏わる種々の対応にも介護者は悩まされます。認知症の人が安全に、心地良く入浴できる環境を介護者は考えますが、なかなか思うように行きませんね。

恐らく、入浴する最大の目的は、清潔を保つことです。しかし、「何も無理して入浴させなくとも本人の衛生面が確保できれば良い」、と考えを変えてみてはいかがでしょうか。身体を拭いたり、下着を替えたりするだけでもある程度の清潔は保たれます。
家族が「まぁ、いいか」と少しだけ心に余裕を持つことで、認知症の人も「まぁ、いいか、風呂にでも入るか」の気分になるかもしれませんね。また、あの入浴した後の心地よさを思い出させるちょっとした工夫も、効果的ですよ。

(2017年6月19日)



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