第51回 認知症の人の対応~もの忘れの対処方法~

第51回から、具体的な対処の方法を考えてみましょう。今回は、まず認知症の代表的な症状のもの忘れの対応について考えてみます。ここでの対応方法は、私の臨床経験から述べることで、効果が科学的に証明されたものではありません。また全ての人に当てはまるとも限りません。しかし、少しでも日常の介護に役立つことができれば幸いです。
この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 放って置いてよいもの忘れ
  2. 同じことを何度も尋ねる
  3. 頼んだことを忘れる
  4. 大切な物のしまい忘れ、置忘れ
  5. ユッキー先生のアドバイス

放って置いてよいもの忘れ

最近の認知症への関心は、非常に高く、日常の会話でもよく話題になるのが「もの忘れ」です。「高齢者のもの忘れ」イコール「認知症」と考える人も多いようですが、その多くが加齢に伴う記憶力の衰えで、認知症とは異なります。主な訴えは、人や物の名前が出てこない、よく使っていた言葉が思い出せない、などが多いようです。この種の名前等が思い出せないもの忘れは、歳を重ねるごとに多くなりますが、しかし数分前の自分の行動を全く忘れることはめったにありませんし、日常の生活に支障をきたすことはありません。第2回コラムでは、正常のもの忘れ、認知症のもの忘れそして軽度認知障害のことを詳しく解説していますのでご参考にしてください。

周囲の人や自身で「もの忘れがひどい」と感じたならば、稀にごく初期の認知症のこともありますので「もの忘れ外来」を受診し、認知症でないことを確認することが重要です。認知症が否定されたならば、あまり心配いりませんが、診断として軽度認知障害MCIを疑った場合には、将来的に認知症になるリスクが高いので、その予防策を講じる必要があります。特に重要なのは、食べもの、運動、会話など日常生活の改善ですが、詳しくは第3回第4回のコラムをお読みください。

同じことを何度も尋ねる

認知症のもの忘れで多いのが「同じことを何度も尋ねる」、「同じ話を何度もする」ですが、これらは会話で気づくもの忘れです。この状態が度重なりますと、周囲の人は専門医の受診を勧めますが、実際に初期の認知症と診断されることが多いようです。それゆえに、この症状は認知症を疑う重要なサインと言えます。

認知症の人に何度も同じ内容を聞かされると、それをやめさせようと努めますが、無駄なことが多いようです。認知症の人は、自分が体験した「行い」を忘れてしまうので、つい先ほど言ったことも、全て初めてのことと思っています。

例えば誰かがあなたに「大金を貸した」と、身に覚えがないお金の返済を求めてきたとします。実際に借りていないとすると、それを強く否定するのは当然です。その状況を認知症の人のもの忘れに置き換えると、認知症の人に「今同じことを言ったでしょう」と説いても、本人は言ったことを忘れていますので、それを否定するしかありません。つまり、その行為を覚えていないという事は、なかったことと同じなのです。

この行為の対応として、同じ質問に対しては、同じように答えることが良いと思います。介護者も、それを初めて聞いた話として聞けばよいのでしょう。しかし、忙しい時などは、つい「さっき言ったでしょう」と言いたくなります。そこで、以下のように対応することを提案します。

1.3回までは、初めて聞いた話として同じように返答する
2.4回目からは、可能であれば何らかの理由を付けて(例えばトイレに行く)、その場を離れる
3.その場を離れられない場合は、違う話題に変える。本人の興味ある話題が良い
4.最終手段は、「何度も同じ話をしていますよ。心配だからお医者さんに診てもらいましょうか」と病気が始まったことを話してみる

頼んだことを忘れる

買い物、待ち合わせ、大切な約束ごとなど、他者に頼まれたことを忘れてしまうことがよくあります。頼まれた本人に指摘され思い出した時は、慌てて言い訳を言い、丁寧に謝るしかありません。でも認知症の人は、頼まれたことを全く忘れてしまいますので、「頼んだことをどうして忘れたの」と責めよっても、本人の返す言葉は「そんなこと頼まれていない」と言い、時に逆上されてしまいます。

認知症の初期症状として、記憶力障害に加えて、注意分割機能が障害されます。これは、一度に2つ以上のことができない行為の障害です。たとえば、駅まで歩きながら友達と会話する、食事の支度をしながらTVに注意を向ける、などです。すなわち、認知症の人の行動は、今行っていること以外のことは考えられず、そのことのみに集中して、行動しています。

すなわち、認知症の人に何かをお願いするときは、その行為の直前にお願いしてください。そして、できるだけ一つのことだけをお願いしてください。買い物の場合は、買ってきてもらいたいものを1品から2品を紙に書いてお願いしてください。待ち合わせ場所は、本人がよく知っていて、いつも待ち合わせる場所にして、新しい場所での待ち合わせは極力避けてください。約束事も将来に継続するような約束事は守れませんので、その都度、お願いしてください。例えば「食後にお薬を飲んでください」、「寝る前にお風呂に入ってください」など、毎日の約束事を決めても、それを毎日覚えていることはできません。その都度、声掛けをしてください。また、「明日、留守番をお願いします」等のごく近い将来の約束も守れないとので、その時にお願いしてください。

大切な物のしまい忘れ、置忘れ

私たちも、日常でしまい忘れはよくあることです。「あれ何処だった?」と慌てて探す私のベスト3は、財布、鍵、眼鏡です。特に外出の前の時間がない時や人を待たせている時などは、必死になって探します。時折、家族を捕まえて「私の財布を知らないか?(あなたが)何処にしまったのではないか?」と家族の所為にします。すると「知るわけない。ちゃんとしまっておかないから」などと返事をされると逆切れすることもあります。

この大切な物のしまい忘れ、置忘れは、実に気分の悪いもので、イライラしてしまいます。認知症の人は、「あれ何処だっけ?」を毎日のように繰り返し、いつも探し回っているのです。その姿を見た周りの人は、つい「何処にしまったの?ちゃんとしまっておかないから」と嫌な顔をしますが、時には「いい加減にして」と怒りたくなります。

私たちが経験するしまい忘れや置忘れは、認知症の人の気持ちを経験できる出来事です。もの忘れをした人と、その混乱に巻き添えを食った人、その両者の心の動きを体験できます。毎日のように財布や眼鏡を探し回り、挙句の果てには、傍にいる人間の所為にされると、つい声を荒げてしまいます。認知症の人に「何処にしまったの?」「何度失くせば気が済むの?」と責めたてますが、その問いに答えられる認知症の人はいません。

では、その対応はどのようにすれば良いのでしょうか。重要なことは、探し回っている認知症の人の気持ちを和らげる工夫です。最も良いのは、探しているものを見つけてあげることでしょう。でもそこで、恩着せがましい対応はしない方がよいと思います。そのような対応をすると「やっぱりあいつが隠したんだ」と思わせてしまうことがあります。さりげなく「ハイ」と言って渡すことがカギです。

探しても見つからないことがしばしばあります。その時は「お茶でも飲んで、ちょっと休んで、また探しましょう」と労ってみてください。その声かけに乗ってくれれば良いのですが、そこでも探し続けている場合は、少し遠巻きに様子を見て、しばらくしたら同じ様な声かけや本人の注意を他に向けることを提案してみてください。

普通、探し物をする時は、見つかりそうな場所をいろいろ考えて探すのですが、その際に、自分の行動を思い出しながらその足跡をたどりながら探します。また、他にしなければならないことを気にかけたり、どこか別の場所に忘れてきたのではないかと思ったりしますが、認知症の人は、ある決まった場所しか注意が向きませんし、その探している物しか注意を向けません。

そこで、対応としては、認知症の人が探している場所に注目するのでなく、それ以外の場所を考えて、探してみてください。本人の普段の生活行動から、しまい忘れ、置忘れの場所を見つけるのも一つの方法だと思います。

ユッキー先生のアドバイス

認知症の人は、もの忘れの自覚がありません。なぜならば、エピソード記憶の障害が認知症の中核症状ですので、自身が行った行動の多くは忘れてしまいます。いろいろヒントを与えても、思い出すことができませんし、もの忘れを責めても、思い出すことを急かせても、無駄です。ただ、私たちの身に返って考えてみると、大切な人や物の名前などが思い出せないときに、大変焦りますし、いらいらします。恐らく、認知症の人も同じような思いを持ち、また自身を責め、失望し、時には居直ったりするようです(コラム第36回37回をご参考ください)。

そんな時に、どのように対応したらよいか。私がいつも思うことは、自分がされて嫌なこと、怒り心頭の思いになることは、認知症の人にもしない。自分に安心を齎してくれる言葉かけや態度で接することを心掛けています。あの、思い出せないときの嫌な思いや探し物をしている時の焦りが消えるのは、周囲のこのような思いやりではないでしょうか。

(2017年5月8日)



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