第86回 家族の疑問2:このもの忘れは、認知症ですよね?
- 認知症カフェで、夫(78歳)のもの忘れを心配するその妻(75歳)からの質問です。
「最近、夫のもの忘れが激しいので、心配して近くの病院で検査を受けました。医師から、長谷川式が26点で頭部CT検査でも異常はないので恐らく老化によるもの忘れ、と言われました。老化によるもの忘れと認知症のもの忘れの違いは、認知症カフェでも学びましたが、確かに夫の場合、日常生活上は何も問題ありません。でも、もの忘れが激しく、私は認知症だと思うのですが、いかがでしょうか」
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夫にもの忘れ
日常生活でもの忘れが目立つと、同居しているご家族の多くは、認知症を疑います。確かに認知症と診断されたほとんどの方にもの忘れはみられますが、この特徴は、エピソード記憶の障害です。
エピソード記憶とは、体験したことの記憶です。すなわち人や物の名前、地名といった固有名詞の記憶でなく、ご飯を食べたこと、出かけた場所、大切な人と会ったことなど、自身が行動したことの記憶です。この記憶障害が認知症の特徴です。
例えば、昨日家族で食事に行ったことは覚えているが、食べた料理のすべてを思い出せない、旅行に行ったが泊まったホテルの名前が思い出せない、など自身の行動の記憶でなく、その中の一部のことが思い出せないのは、正常の人にも良く見られるもの忘れです。
事例のご主人のもの忘れは、奥さんの説明によると、具体的な名前が思い出せず「あれ」「それ」といった代名詞が会話に多くなった、いつも眼鏡と財布を探している、との内容でした。通院している病院の予約の日時を忘れ、検査がキャンセルになった事は、奥さまがご主人を認知症と確信させた出来事でした。ご主人は、とても几帳面で、今まで受診日を忘れるようなことはなかったそうです。
医師の診断
長谷川式とは、改訂長谷川式簡易知能評価スケールHRS-Rの略称で、わが国で開発された認知症のスクリーニング検査です。この検査は、認知症を診断する検査でなく、認知症を「疑うか」、「疑わないか」を評価する検査です。20点以上で「疑わない」と評価することが多いので、26点では認知症を疑いにくい点数です。
実際の臨床では、26点以上でも軽度認知症と診断される例もあります。すなわち、認知症の診断は、HDS-Rの得点で決まるのではなく、認知機能を構成する様々な能力が以前よりも低下していることを確認することで認知症と診断します。なかでも、理解力、判断力、適応力といった認知機能を構成する能力は、HDS-Rで評価することができない能力です。
そこで臨床では、認知機能検査や頭部の画像診断に加えて、日常生活能力を評価します。日常生活で失敗が多くなった、などの生活状況の変化から、認知機能の低下を推測します。そして、臨床検査の結果を参考に、認知症と診断します。
紹介した事例の妻によると、夫には生活上の問題がなく、もの忘れがひどいことで認知症を疑っているようです。しかし、HDS-R得点や頭部CTの結果から認知症に特有の所見はなく、また日常生活上も問題なく暮らしていることから、認知症と診断することはできなかったようです。このようにもの忘れが多くても日常生活に支障が生じていない場合は、認知症と診断しません。
ご本人へのアドバイス
ここに挙げた例のように、もの忘れがひどいことから認知症を疑い、医療機関を受診しても、それを否定された経験を持つ人は多いと思います。大方の人は、そこで安心するのですが、今後の生活上の注意は必要です。
もの忘れがひどいと感じるのは、その頻度が多くなった事で、やはり認知機能の衰えを考えるべきでしょう。この原因の多くは、加齢に伴う変化ですが、中には認知症に発展するケースやごく初期の認知症のこともあります。このような状態を「軽度認知障害(MCI)」と言い、将来明らかな認知症になる確率が高いことを意味します。
そこでご本人は、認知症予防を心掛けた生活を営む必要があります。もっとも意識しなければならないことは、家に閉じこもる生活を極力避け、他者との会話や散歩などの軽い運動を毎日心掛けることです。また糖尿病、高血圧や高脂血症どの生活習慣病は、認知機能低下に関与しますので、それらの予防や悪化を防ぐ食生活にも心掛けて下さい(第4回認知症コラムを参照下さい)。特に、現在生活習慣病の治療をうけている方は、それを怠ることなく続けて下さい。
ご家族へのアドバイス
MCIの方の認知症への進行を最初に気づくのは家族です。先に述べましたように、日常生活で失敗が多く見られることは、認知症の重要なサインで、これらの確認には家族の観察が必要です。この様な事が頻回みられたら、認知症を疑い、専門医を受診し、その際、医師に生活上の様々な変化を詳細に説明してください。
実際には、日常の混乱以前から、認知症の人の日常に変化がみられます。例えば、家に閉じこもる、他者との交流を避ける、会話が少なくなる、怒りっぽくなる、身の回りのことを気にしなくなる、好な趣味に興味をしめさない、などその人らしくない行動が見られます。それに気づいたら認知症を疑い、受診してみてください。
認知症の兆しをいち早く察知して受診を促すことは大切な支援です。その他、認知症予防のために、食生活や普段の運動はもとより、社会活動の参加を促す支援も必要です。その際に、ご本人に適切な支援方法を選択し、それを促すことが出来るのも身近な家族です。そこで心にとめておいてほしいことは、ご家族もMCIの人と一緒に楽しむ時間を作ることです。
私の事例です。もともと音楽が好きなMCIの人が、ラクビーのワールドカップで日本選手が歌った「Take me home, Country roads」を英語で口ずさんでいました。その様子をピアノ教師の娘さんがみていて、「ギターを習おう」と誘ったのでした。それがきっかけで、その人はギターを習い、時に娘のピアノに合わせて一生懸命にギターを練習するようになりました。また、英語の歌詞で妻や娘と一緒に歌い、家族で音楽を楽しむ時間を持つようになりました。今では、他のカントリーソングも練習しているようです。娘さんは、家庭の雰囲気がとても明るくなったと、喜んでいました。
このように本人の楽しみを見つけ、家族も一緒に楽しむ時間が持てたら、毎日の生活がとても楽しくなります。認知症予防に最も効果的なのは、楽しい時間を持つことです。一緒に旅行の計画を立てるのも、デパートに買い物に行くのも、またカラオケを楽しむのも大変効果的です。
ユッキー先生のアドバイス
高齢者にもの忘れが多くなると、認知症のことが頭に浮かび、悲壮感に満ち、これからの人生に絶望感が生じてしまいます。しかし、もの忘れは決して悲しいことばかりではありません。それをきっかけに、認知症予防の為に残された人生を楽しむことを探し、これからの生活を前向きに送る出発点にして下さい。
いくら歳をとっても、認知症になったとしても、毎日が楽しめる生活の在り方を今から考えてみてください。
(2020年9月7日)
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