第26回 前頭側頭型認知症とは?

18歳から64歳までに発症した認知症の人を若年性認知症と言われていますが、その数は約4万人(H21年3月厚生労働省発表)と報告されています。ここで取り上げた前頭側頭型認知症Frontotemporal lobe dementia(以下FTDとします)は、若年性認知症の約4%に見られ、若年性ではアルツハイマー型認知症の次に多い疾患です。 私の勤務する病院でも、最近若年性認知症の患者さんの受診が多く、中でもFTDは様々な行動異常を呈しますので、そのケアが大変難しいとも言われています。これから何回かに渡ってこのFTDについてわかりやすく解説しましょう。

この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 後藤勝行さんの事例
  2. FTD、どんな認知症
  3. 特徴的な臨床症状
  4. 精神症状と行動の異常
  5. 1.発症してから徐々に進行
  6. 2.社会的対人行動の障害
  7. 3.自己の行動を調整することの障害
  8. 4.感情や意欲の障害
  9. 5.病識の欠如
  10. ユッキー先生のアドバイス

後藤勝行さんの事例

後藤勝行さん(仮名)現在55歳は、小学校の教員でした。53歳の時の春、小学校の新学期が始まり忙しい時期を迎えたのですが、入学式のころから活気がなくなり、5月の連休前ごろから学校を休むようになりました。妻の里美さん(現在53歳)が心配して、近くのかかりつけ医を受診したのですが、検査結果に異常はなく、内科医からうつ病の疑いがある、と言われました。早速、精神科の専門医を受診したのですが、そこでもうつ病と診断され、抗うつ薬の投与を受け、医師の勧めでしばらく休職することにしました。

休職して数日たった日に、本人が突然「散歩に行く」と外出したのでしたが、朝出かけ、昼になりようやく戻ってきました。妻がどこへいったのか尋ねても何も答えず、部屋に引きこもってしまいました。それから約1ヵ月の間は毎日同じ時間に外出し、昼前の同じ時間に帰宅する日々が続きました。そんなある日、家の外で何やら大きな声で騒いでいるので様子を見に行くと、鍵をかけたままで自転車に乗り、動かない自転車に立腹し、大声で自転車に何やら怒鳴っていたのでした。その時妻は、本人のその異常な行動から、脳に何か異変が起きていることを確信したのでした。

勝行さんが休職したことで、妻は勝行さんの様子を否応なしに伺うことができたのでした。その間の勝行さんの行動で目立った変化は、同じ話しを何度も繰り返し、妻がそれを指摘しても一向に聞こうとせず、妻への暴言・暴力に発展していったのでした。また、本箱の整理や部屋の中の整理に夢中で何時間もそれにかかることがありました。本人との会話はほとんどなくなり、いつも厳しい表情で何やら考えていて、以前の勝行さんとは別人のように感じたのでした。そんなある日、お酒を1升瓶で買ってきて、今まであまり酒を飲まなかったはずの勝行さんが、短時間に大量に飲んで寝てしまったのです。この行為から、妻は勝行さんの人格が変わっていくことに危機感を覚えたのでした。

うつ病で受診していた精神科医に相談したところ、若年性認知症の疑いがあると診断され、認知症疾患医療センターに紹介されました。妻は、夫が認知症であるとの指摘にむしろ半信半疑でした。早速、センター受診を試みようとしたのですが、勝行さんは受診を強く拒否し、仕方なくかかりつけ医からドネペジル塩酸塩を処方してもらうことにしました。

しばらくして、警察から電話があり、夫がスーパーで万引きしために身柄を拘束された事を伝えられました。妻は慌てて警察に行ったのですが、勝行さんは特に反省をしているような態度もなく、テーブルの前で座っていました。警察官の説明では、勝行さんがスーパーの酒売り場から1升瓶を持ち出し、レジを通らずに外に出たのでガードマンが呼び止めたところ走り去ったので、身柄を確保したとのことでした。妻が事情を話し、支払いを行ったために、スーパーからの被害届は撤回され、家に戻ることができました。

翌日、かかりつけ医に相談したところ、認知症専門診療が行われている入院可能な医療施設を紹介され、入院加療を依頼することになりました。そして数日後の予約日に精神科を受診したところ、前頭側頭型認知症(FTD)の疑いありと診断され、検査を受けるために入院となりました。

FTD、どんな認知症

前頭側頭型認知症FTDは、すべての認知症の中でアルツハイマー型認知症(AD)、レビー小体型認知症の次に多い疾患で、決して稀な病気ではありません。特に以前は、ピック病ともいわれ、アルツハイマー病と二大初老期痴呆症とも言われていました。その後、ピック病患者の脳内に見られる変性した神経細胞であるピック小体の存在を巡ってさまざまな議論が交わされてきました。現在では、ピック小体の有無にかかわらず、前頭葉や側頭葉の局所的な脳の変化(萎縮)が見られ、特徴的な臨床症状をきたす疾患を1998年にNearyという研究者たちの提案で、前頭側頭葉変性症と呼ぶようになりました。そして、この変性症の一つの疾患として前頭側頭型認知症FTDが位置づけられたのです。また、同じように前頭葉と側頭葉が変性をきたす病気として進行性非流暢性失語と意味性認知症があり、この3つの病気を称して前頭側頭葉変性症(FTLD)と言うようになりました。

専門的でちょっと難しい話ですね。ようするにFTDは、アルツハイマー型認知症で海馬の委縮が特徴的のように、前頭葉と側頭葉の委縮が特徴的な病気です。ですから、FTDの臨床症状は、前頭葉と側頭葉に関連する症状が見られますが、研究者の中にはFTDを前頭側頭葉変性症と呼ぶ人もいますので、少し混乱されられることもあります。

特徴的な臨床症状

FTDの初期の症状は、自ら発展的なことをしようとする意欲がなくなり、多くは勝行さんのように仕事を無断で休むことがしばしばみられ、職場でも仕事に熱中できずにうろうろ動き回るなどの奇行が見られます。また、喜怒哀楽の感情の表現が乏しくなりますので、周囲の人にはいつも厳しい表情を浮かべているように見えます。また田邉敬貴先生の論文では「周囲の気遣いや他者への共感がなくなる」「わが道を行く行動や社会ルールを守らない」「多幸的(軽薄)、心的葛藤や病識を欠く」「うつ状態ととらえがちな自発性の低下」をFTDの特徴的な初期症状と紹介しています。

この病気は、性格変化と社会的接触性の障害が初期から病気の全過程において見られることが特徴といわれています。すなわち、その人の人となりが失われ、家庭や社会において他の人間との接触を嫌い、周囲にお構いなしの勝手な行動をとるようになるのです。しかし、アルツハイマー型認知症とは異なり、初期には物忘れはほとんど見られず、また比較的症状が進んでも日常の身の周りのことなどの失敗は目立ちません。

このようにFTDは、勝行さんの奥さんのように、家族が初期から認知症を疑うことはなく、うつ病や統合失調症などの他の精神の病気を疑ってしまいます。

精神症状と行動の異常

では、具体的にどのような症状がFTDに見られるのでしょうか。Nearyらが提唱したFTDの診断基準から具体的意に説明しましょう。まず、必須の症状を挙げてみます。

1.発症してから徐々に進行

FTDが発症して専門機関で診断されるまでは少なくとも6ケ月以上、平均で2年かかるといわれています。このようにFTDはその特徴的な所見が認められても診断が難しいことが伺われます。

2.社会的対人行動の障害

初期から、行儀や社会的マナー、礼儀正しさが失われます。このような社会的対人行動が障害されると、周囲からは奇怪な目でみられ、時に愚別的な態度を受けたりしますが、本人はそのような周囲の態度にも無関心です。また万引きや性的ハラスメントや他人の迷惑を顧みずにわが道を行く行動もFTDの特徴です。このような大人としての自分を律する行動の欠如は、「欲動性脱抑制」と専門的には言われ、FTDの特徴的な行動異常です。

3.自己の行動を調整することの障害

本人の行動は、自分から積極的な行動をとるのでなく、受身の態度で、動作は活発であったり、無気力な態度であったり一貫しません。同じ場所を行ったり来たりする徘徊も見られます。話すこと、笑うこと、唄うこと、性的な行動、他者への攻撃等の増加がみられます。

4.感情や意欲の障害

他者に感情的に豊かで、思いやりある態度での接触ことが失われ、共感したり同情したりすることもなくなります。すなわち、他者への無関心さらには不適切な態度が見られます。

5.病識の欠如

病気の初期から病識はありません。アルツハイマー型認知症の人は、自分の物忘れがひどいことに脅威を感じたり、自信をなくし、憂鬱な気分に陥ることがあります。それは、本人が認知症と明確な自覚がなくとも、崩れて行く記憶を感じています。このような「おかしい」と感じることを病感と言いますが、FTDではその病感もありません。

ユッキー先生のアドバイス

次回は、FTDの臨床症状をもう少し具体的に説明し、その対処方法を考えましょう。このFTDの最も厄介なことは、若年者に多く、その性格の変わりようから、家族の誰もが戸惑います。しかし比較的エピソード記憶の障害が目立たないためになかなか認知症と判断できず、受診させることに戸惑いもあります。たとえ、家族がFTDを疑ったとしても、本人を病院に連れて行くことに苦労します。まずは以下の変化が見られたら、精神科の専門医に相談してみてください

(1)これまでの本人からは考えられない反社会的な行動をするようになる。
(2)会社のこと、家族のこと、周囲のことに関心を向けなくなる。
(3)とても些細なことに執着して、それを思い続け、同じことをやり続ける。
(4)時間に執着する、決められた時間での食事、入浴、その他の行儀に固守する。
(5)会話での表現力がなくなり、一本調子、同じ言葉の繰り返しが多くなる。
(6)喜怒哀楽を表わさなくなる。


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