第66回 こんな介護したくない
- 認知症の人を世話している家族が、一度は必ず思うことが「こんな介護したくない!」です。その時の家族の心境はどのようなものなのでしょうか。例えば、便失禁や徘徊、あるいはドロボー扱いされた時などは、「もう、いや」と思うのでしょう。毎日の日課に追われ、自分の時間が持てないとき、体調が悪い時など、いろいろなきっかけで「介護、したくない」と思うのです。そんな心境になった時の対処方法はあるのでしょうか。一緒に考えてみましょう。
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介護が嫌いな理由
「介護が嫌い」と訴える介護者には、元々嫌いな人と、嫌いになった人がいます。前者は、物事への好き嫌いと同じ感情で、介護が必要な身内が誰であろうと、介護という行為が嫌いな人です。後者は、当初介護することに抵抗はなかったのですが、時が経つにつれて介護が嫌になった人です。
人が好きか、嫌いか、といった愛情の問題と、介護をする行為が好き、嫌いとは別ものです。「その人が嫌いだから介護をしたくない」の感情は、介護そのものが嫌いな訳でなく、その人が嫌いなのです。家族にそのような感情が存在すると、お互いに気が合わないので、初めから介護を放棄するでしょう。しかし、他の身内に介護が必要になった時は、前向きに考えられるのです。
身内の誰であろうと、初めから介護をすることが苦手、嫌いと思っている人の中にも、介護しなければならない状況に遭遇すれば、何とか続けている人もいます。このように、介護という行為に対して、先入観から「嫌い」と思っている人も意外と多いようです。その反対に、介護に対して前向きに取り込もうと思っていても、いざその状況になった時に「自分にはできない」と逃げだす人もいます。そういう人は、元々介護が嫌いな人かもしれません。
認知症の人の毎日の介護は、期間が長くなればなるほど、特別な理由がなくても「いや」になってしまいます。本人の状況はともかく、介護者に疲れが溜まってくると、介護を続ける気力がなくなり、まして介護者の健康が害されると「介護したくない」と思うのも当然です。また、介護者自身の周辺で予期せぬ事態が起こり、その対応に追われても「介護が大変」と思うのでしょう。
「こんな介護はしたくない」と思うきっかけの多くは、介護者自身が「自分の介護は報われない」と感じた時ではないでしょうか。排泄や入浴などの大変な介護を一生懸命行っても、また徘徊やもの盗られ妄想などの対応に四苦八苦しても、認知症の人から感謝や労いの言葉は聞かれません。ましてや介護に抵抗され、時には暴力で対抗されたりすると、心から「介護はしたくない」と思うでしょう。
介護を辞める正当な理由
ここで、確認しておきたいことは、「介護をやめる」ことと「世話をやめる」ことでは、多少ニュアンスが異なります。第62回のコラムで申し上げましたが、「介護」と「世話」を分けて考えると、気持ちの上での整理がつくのではないでしょうか。配偶者として、子供として、その関係性をいつまでも保持することに務めるのが家族の「世話」であり、認知症で生活能力を失い、一人で生活することが不可能な人に、日常の様々な生活援助するのが「介護」です。
「こんな介護、したくない」と心の中で思い続けていたとすると、それが介護を辞める理由なのかもしれません。「介護をやめたい」と思っても、日々の介護を続けている人も多いと思いますが、介護を放棄する感情を打ち消す何らかの状況があるとしたら、介護は続けられるのでしょう。しかし、「もう介護はしたくない」と思い込み、やめることを決意したとき、介護者自身は正当な理由を掲げ、他者に委ねるか、施設にお願いし、介護から手を引くのです。
実際のところ、介護をやめる正しい理由などありません。その理由は、介護者側の都合や感情に左右されるものですが、最も多い理由が介護者の体調不良です。もともと体調が悪かったのか、あるいは介護で精神的負担が重なり、体調を悪くしたのか、両側面が考えられますが、いずれにしても介護者の体調が介護の継続を大きく左右することに違いありません。
その他、介護者の周囲の事情で介護をやめざるを得ないこともあります。例えば、転勤や転職、転居や自宅の新築、子供の教育上のことなどです。これらは、健康以外の他の理由で介護を他者に委ねることになりますが、その様な事態に、介護者自身が自責的になり、抵抗を感じることも多いようです。
子が介護者の場合には、兄弟姉妹間の意見の食い違いや相続等の問題などが理由で、介護を中断してしまう事があります。この問題は、認知症の人の介護上のトラブルが引き金になっていることが多いようですが、印象では、根底に以前からの兄弟姉妹間のいざこざが存在しているようです。ある意味では、認知症の人が犠牲になっている、と思うことがあります。
介護の正しい辞めかた
認知症の人の介護をやめる前に、やらなければならないことがあります。その後の認知症の人の生活を考えないで、介護を突然放棄したとしたら、この行為は虐待に相当します。なぜならば、認知症は生活能力を失いますので、介護者が存在しないと、その人は一人で生活できないからです。
いかなる理由であろうと認知症の人の介護をやめる時には、その後、誰に、何処で、どのような介護を引き続き提供してもらうか、決めておかなければなりません。最も多いケースは、高齢者介護施設への入居の手配です。入居は、施設のタイプや経済的負担、そして立地条件など、様々な条件から決定します。種々あるほとんどの高齢者介護施設は、認知症の人の介護サービスも付帯していますが、施設のタイプにより機能が異なります。ケアマネジャーと相談の上、その人に適した施設を選択することが求められます。
入居の決定に際しては、必ず見学して、施設のサービス内容を確認してください。そこで必要なのは、ハード面での環境チェックですが、介護の質のチェックも重要です。介護の質は、見学しただけでは分かりませんが、それを評価するヒントとして、施設内の臭い、スタッフの動き、入所者の表情に注目してください。施設の居住空間を見学した時に、不快な臭いがないか、スタッフのきびきびとした動きが心地よい光景として目に映るか、多くの入所者が穏やかな表情をしているか、チェックしてください。
都合により、他の家族に介護を交代しなければならないこともあります。私の知る家族は、3人姉妹が期間を決めて交代で介護をしています。認知症の人が独居を強いられる場合は、地域の介護保険サービスを有効利用しながら生活を営める算段が必須です。いずれの場合も、これまで中心的に行っていた介護者は、介護を完全に辞めるのでなく、新たな介護者のわき役として、今後も協力していく必要があります。そして、引き継ぐ介護者には、協力できる介護内容を明確に示しておくことが重要です。
辞めることで良い関係づくり
介護を「辞めたい」と思っていても、なかなか辞めることはできず、ズルズルと続けてしまう介護者も多いようです。臨床でよく経験することは、介護者の介護への思いが、徐々に変化していくことです。介護を始めた頃は「世話したい」、時間が経つにつれて「世話をしなければならない」、そしてやがては「したくなく」、最後には「顔も見たくない」と悪い方向に進んでしまうことです。
悪い感情の背景に、介護者の日々の介護に強い失望感を感じている状況があります。この感情は、ネグレクト、虐待といった最悪の事態を招きかねません。それが日常化すると、介護殺人という最も悲惨な終末を迎えることになります。そのような事態なる前に、介護の第一戦から手を引く決断も必要です。
介護を辞めることは、家族としての世話をやめる事ではありません。世話は、認知症の人との家族という関係性をいつまでも保つ為の日々のおこないを意味します。「辛い介護も我慢すべき」と追い詰める感情を和らげることは、良い関係づくりに必要です。その対策は、第10回コラムで述べました「介護をシェアする」の考え方です。それを実践することで、家族の気持ちが楽になります。
ここで述べたいことは、認知症の人の介護を辞めても、その人とのこれまでの家族関係を辞める訳ではない、ということです。多くの家族は、自身が直接の介護から離れることで、後ろ髪を引かれる思いに駆られます。その思いが認知症の人に対して、やさしく接する気持ちに切り替えるきっかけになるのかもしれません。日々の介護負担がなくなれば、穏やかな気持ちで昔話ができ、一緒に食事ができ、温泉旅行に行くこともできます。そして、介護者としてではなく、家族として接する機会が多くなるはずです。
そんな家族の余裕が、認知症の人と今までになかった良い関係を形成するのです。自分の配偶者あるいは親が認知症になったからと言って、何もかもやらなければならないと躍起になっている時は、余裕が持てず、やさしい気持ちになれません。認知症の人が求めているのは、良い介護ではなく、良い家族関係だと、信じます。
ユッキー先生のアドバイス
「こんな介護したくない」と思う家族の心境は、当然のことで、それは罪の感情ではありません。愛情がないから介護を辞めるのでなく、愛情が強すぎて、介護が続けられなくなったのかもしれません。
これまでの生活で、どうしても認知症の人に良い感情を持てない家族もいます。私が思うに、そのような人が日々の生活上の介護を始めることは、とても難しいことです。その人が世話をしなければならない立場なら、自身で介護することを考えず、プロに任す手段を模索してください。それが上手く世話するコツで、心のわだかまりも払拭できるはずです。
(2018年9月5日)
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