第62回 お世話のコツ~家族ができること~
- 認知症の人の世話は、多かれ少なかれ負担を伴います。それは、日々の身の回りの世話や家族を困らせる言動や行動、あるいは生活上の混乱などが原因といえます。それに加えて、先が見えない介護への不安や心配、さらには「介護しなければならない」と思う義務感や責任感などが家族の精神的負担を増強させるようです。これまでのコラムでは、認知症への誤った知識や先入観を払拭し、困った行動の訳やその対応方法を工夫することで、家族の負担が軽減することを述べてきました。
以前にも、介護する家族の健康状態や生活環境、あるいは認知症の人との関係によって介護の考え方や負担感が異なることを話しました。しかし、これまでと違う角度から認知症の人の介護を考えると、意外なことに気づき、それが介護負担の軽減につながることもあります。このコラムでは、「お世話のコツ」と題して、日々の介護が少しでも楽になるような考え方を提案したいと思います。
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介護と世話
最近、「介護」という言葉が世の中に氾濫していますが、私自身は「家族が介護する」という表現よりも、「家族が世話する」とした方が何となくしっくりします。これまでのコラムでも、主体が家族の場合は「世話」、専門職や公の立場の場合は「介護」と使い分けることが多かったように思いますが、同意語的にも使っておりました。
「介護」の語源は諸説あります。今のように障害を持つ人の生活支援の意味で使われるようになったのは、1970年代後半ごろのようですが、その起源は明らかではありません。しかし、1983年にある介護用品メーカが、「介助」と「看護」を併せて「介護」という俗語を作り、商標登録も行った、との記載もあります。
「介護」は、食事、入浴、排泄の介護のように、何らかの障害で、日々の生活を一人で営むことが困難になった人を支える行為、と言えます。また「看護」は、病気にかかっている人や病弱の人が、その人の持っている力で病気を克服するように支援する行為、と解釈できると思います。「介護」と「看護」の定義については、様々な団体や個人が提唱していますので、それらを参考にしてください。定義に関しては専門家ではありませんので、議論の深入りはやめておきます。
一方「世話」は、「介護」や「看護」と違うニュアンスがあります。「世話」の語源を調べますと、一言でいうと「面倒をみること」です。日常では、「世話になった」「大きなお世話」などの会話をよく聞きますが、このように、日常に見られる「人の他人への営み」と解釈できます。また「下世話」という言葉がありますが、これは「世間でよく使う言葉や話」であって、「俗なこと」と説明している辞書もあります。すなわち「下品なこと」や「下ネタ」の意味はなく、「一般庶民」の意味の様です。この言葉からも「世話」とは、「介護」や「看護」のように、障害や病気を持つ人に施す特別な行為を意味するよりも、むしろ普段の「人の営み」と解釈します。
両親の世話
第48回のコラムで、私の母の話をしました。会話を失い、グループホームのベッドで目を閉じて、横になっていた母の顔をただ見ていた時、私がこれまで彼女に行ってきたことを振り返ってみました。
母は、平成24年秋に伊豆高原の自宅で転倒して、大腿骨を骨折。手術のために入院したのですが、89歳になる父は、その後、母を自宅で介護することはできませんでした。私も母を引き取ることはできませんでしたので、近くのグループホームにお願いしました。月に2~3回、父と母の様子を見に行くのですが、正直なところ休日に伊豆まで面会に行くのは一苦労でした。その後、父も入院騒動が2度あり、自宅での一人暮らしが困難となり、小田原のサービス付き高齢者住宅(サ高住)に引っ越しました。母も同じ法人が経営するグループホームに入居しましたので、父を連れて母のグループホームに面会に行っておりました。父は、母との面会の帰りに、私と一緒に寿司や鰻を食べに行くことを楽しみにしていましたので、時間があるかぎり週末は小田原に行っていました。
要するに、私がしてきたことは、父や母の生活環境を整えることで、排泄や食事介助などの直接の介護ではありませんでした。私の行為は、できる範囲で両親の老後を世話してきた、と言えても、「介護をした」とは言えません。それは、母が認知症でなくとも、父が95歳の高齢でなくとも、同じように「世話はした」と思いますが、両親もまた「私が特別なことをしている」とは、決して思っていなかったようです。
家族のできること、できないこと
認知症の人を介護(世話)しているご家族の中には、排泄、入浴、食事、着替えなどの介護を上手に行っている方も多く見かけます。しかし、私の世話の体験には、それらが含まれていませんでした。一度、母の好きなプリンを買ってグループホームに行った時、そのプリンを母に食べさせたのですが、母は知らん顔して、それを拒否しました。そこにグループホームの職員が来て、笑顔を浮かべながら「私がやりましょう」とプリンを母の口に持っていったのです。母は口を開け、美味しそうに食べていました。私も同じことをしたのですが、母は介護士さんのプリンの方が美味しかったようです。
正直なところ、私は、母や父に、食事や入浴、排泄の介護をしてあげたいと思ったことがありませんし、それができると思ったこともありません。私にできたことは、介護をプロにお任せする算段と時間を作って彼らの様子を伺いに行った事でした。それでも周りの知人は、「大変ですね」と労うのですが、「大変だ」と嘆くこともありませんでした。確かに、休日や仕事が終わった後に、伊豆高原や小田原まで行かなければならない時に、何度か「行きたくない」とは思いました。
今考えて、私が両親の様子を見に行くことや、介護保険の諸事、医療関係者との話し合い、等々は、「しなければならなない」と強迫的に思ってしたことではありません。また無理なこと、大変なこととでもありませんでした。
今年の1月に父が他界し、後を追うようにこの4月末に母が他界しました。あれこれ考えますと思い残すことが沢山ありますが、でも「まぁ、いいか」と思え両親の「世話」が終わったことは、私自身が幸いのように思います。
世話が終わって思うこと
両親が他界して、すべが終わって時に「ほっとした」と思ったのが正直な気持ちです。そして、次の瞬間「今度は俺の番か」と、自身の死の順番が頭に過りました。
それぞれの家族に、それぞれの介護や世話があり、そして、いずれそれらは終わります。介護の最中は、その終わりが見えないもので、今やるべきことを一つ一つやりのけることで精一杯です。そんなドタバタの毎日が終わった時、肩の荷が下りて「ほっと」するのも当然のことです。
家族の中には、「あれも、これもしてあげれば良かった」と後悔する人も多いと思います。むしろ、後悔する人の方が多いのかもしれません。私の父への心残りは、父が自身の最期を察した時、施設の皆さんに囲まれて死にたいと希望し、施設も受け入れる準備をしていただいたのですが、なかなか退院させる決断ができず、病院で亡くなったことです。母への心残りは、「今日は会いにいかなくても大丈夫かなぁ・・」と、勝手に決めたその日の夜に逝ってしまったことです。どちらも後悔というよりも心残りです。
亡くなった方への思いは、その人との関係性によって異なるのでしょう。ある患者さんの介護者は、亡くなれたお母様への思いが強く、思い出すたびに眠れず、食欲も落ちて、「自身も死にたい」と思うようになってしまいました。このように介護が終わった後の家族の感情はさまざまですが、その時「介護の役割が終わった」と、ご自身に言い聞かせることも必要ではないでしょうか。
無念残念、後悔などの感情は付きまといますが、その瞬間に介護は終わります。終わったことの安堵と、愛する人を亡くした悲しみとは、全く違う感情であることも理解してください。
ユッキー先生のアドバイス
このコラムでは、私なりに「介護」と「世話」の違いを定義して、その言葉を使い分けて執筆してきましたが、実際は「介護」も「世話」も同じ意味を持つ言葉です。しかし、自身の体験を踏まえながら認知症の介護を考えると、確かに家族の介護とプロの介護とは異なることがわかります。家族はプロの介護者にはなれません。むしろ「家族」という関係をいつまでも大切にしてください。
お世話のコツは、自分がプロの介護者と同じ介護をしなければならない、と思わないことです。再三申し上げますが、私は認知症の母の介護はできませんでしたが、最後まで子として世話はしたつもりです。「家族介護者」とは言いますが、「家族世話者」とは言いません。しかし家族にできることは、「お世話」することです。
これからのコラムでも「介護」と「世話」を同意語として、ゴチャゴチャに使うことがあると思いますがご了承ください。
(2018年5月11日)
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