第6回 抗てんかん剤はもの忘れに効くのか

「まさか!!もの忘れに効く薬があったなんて」、これは今年の1月18日にNHKの人気番組「ためしてガッテン」で放送された時のタイトルです。実は、このタイトルにちょっと違和感を持ちましたのでこのコラムの場を借りて、抗てんかん剤と認知症治療との関係についての正しい情報を提供したいと思います。

この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 「てんかん」とは
  2. 認知症と「てんかん」の関係
  3. ユッキー先生のアドバイス

「てんかん」とは

「てんかん」は、脳の中で異常な放電が突然起こり、様々な症状がみられる病気で、この症状をてんかん発作症状と言います。代表的な発作症状には、突然、意識が喪失して痙攣を起こす大発作があります。この痙攣の多くは、10秒から15秒ぐらいで消失し、その後深い眠りにつき、目を覚ました時にはいつもの生活ができる状態に戻っています。

てんかんの治療の難しい点は、いろいろなタイプの発作症状があり、中には専門家でも「てんかん」と診断することが難しい例もあります。例えば、意識が一瞬だけ消失してしまう発作は、周囲の人が発作に気づくことはほとんどありません。本人も自分で何が起こったのか分からず、また「いつの間にか寝てしまった」と思い込み、病気に気づかないことが多いようです。

このような発作は、時として先日の通学途中の児童を巻き込んだ重大な交通事故のように大きな社会問題を引き起こすことがあります。しかし、てんかん発作の多くの場合は、きちんと診断し、治療を受ければ、発作を起こさず、何ら生活に問題なく毎日を送ることができます。

認知症と「てんかん」の関係

認知症とてんかんの関係について述べましょう。一つは、てんかん発作の中に認知症と思わせる発作症状があること、そしてもう一つは認知症の人の中に、合併症としててんかん発作を起こすことがあります。

前者の場合は、認知症とは言いません。それは「てんかん」という病気がもたらす発作で、症状として、自分が何処にいるのか分からない、今の季節や時間が分からない、この人が自分とどのような関係にある人か分からない、と言った場所、時間、人の見当識が突然分からなくなり、また集中力も冒されますので、当然記憶力も障害されます。このようなことが突然起こると、高齢者の場合には、周囲の人は認知症と間違えることがあります。しかし、このもの忘れは、発作症状ですので認知症の人のもの忘れとは質が異なりますし、専門医がこれを認知症と診断することはまずありません。また、見当識の障害も発作症状として起こりますので、突発的で、その症状が長く続くこともありません。

NHKの「ためしてガッテン」のタイトルをみると「もの忘れに効く」とあり、「認知症に効く」とは言っていません。また、インターネットのサイトを読むと、てんかん症状の一つに記憶障害をきたすものがあり、この治療に抗てんかん剤を使うことで、もの忘れが治ると説明しています。

確かにてんかん発作による記憶障害であれば薬で治りますが、認知症の人を介護する人やもの忘れが気になっている人にとっては、大変紛らわしい表現で、誤解を生むことは否めません。メディアの力は大きいので、NHKは情報の伝え方に十分注意すべきですね。このタイトルでは、視聴率確保のためのタイトルとしか思えません。

後者の場合は、アルツハイマー型認知症の進行した例に間代強直発作(筋肉の異常な興奮と痙攣発作)が見られることがあります。アルツハイマー型認知症による脳神経細胞の変性が異常な放電をもたらし、けいれん発作が生じるのです。この症状は、認知症の人の20%前後に見られますので、比較的頻度が高い合併症といえます。しかし、多くのケースですぐに痙攣発作は消失してしまいますので、発作が起きてもあまり慌てる必要はありません。発作が止まり、意識が戻ってしばらく落ちついたらかかりつけ医に相談してみてください。

この場合は、ほとんどが抗てんかん剤の使用で発作の再発が防げます。しかし、中には、発作を何度も繰り返したり、また長時間発作が続いたりする場合があります。この場合を重積発作と言いますが、早急に発作をとめる医療処置が必要です。

ついでに認知症の治療薬として抗てんかん剤を用いられている例をご説明しましょう。実は、この抗てんかん剤は、認知症の人の激しい興奮やイライラ、異常な行動、喜怒哀楽といった気分の不安定な状況など、介護者が困るような気分の変調に有効な場合があります。抗てんかん剤のなかで、バルプロン酸やカルバマゼピンというお薬は、てんかん発作を抑える働きと同時に、気分を調節する作用もありますので、臨床では躁うつ病の患者さんにも使います。ただ、これらの薬は、高齢者の場合にふらつき、眠気、活動の低下、などの副作用が多く出現するので慎重な投与が望まれます。しかし、精神科の薬としてよく使われている抗精神病薬よりも副作用出現が少ないので、認知症の人の行動異常の治療によくつかわれます。特にバルプロン酸はカルバマゼピンよりも副作用が少なく、また56歳の子どもに用いる量で十分に効果が得られます。ただ、全ての認知症の人の行動障害に効果的ではありませんし、この薬は即効性がありませんので、薬を呑んで血中濃度が安定するまでに34日の時間がかかることが欠点といえます。

ユッキー先生のアドバイス

認知症の人の中で、以前に脳梗塞や脳出血の既往がある人はてんかん発作の出現頻度が高いと言えます。間代強直型の発作であれば誰しもが異常に気づきますが、一見発作とは思えない発作症状もありますのでその見分け方が重要です。

1) これまでのその人と全く違う状況が突然出現し、そしてすぐに元に戻るような状況であれば発作を疑ってください。たとえば、突然焦点が定まらないような目つき、口元をぴくぴくさせる奇妙な動き、無目的に歩き回る、奇声を発す、何か意味不明な手の動きや行動をする、独り言を言い出す、など今までに見られなかった奇妙な行動がみられたらかかりつけ医に相談してください。

2) 同じような奇妙な行動が繰り返され、比較的短時間で元に戻ることがあれば、てんかん発作を疑ってください。

3) てんかん発作か否かの診断は、脳波検査で行います。ただ、脳波で異常な波形が出現しないこともありますので、その場合は何度か検査を試みる必要があります。

アルツハイマー型認知症などの認知症が進行した状態で痙攣発作が起きたときには、以下の対応を心がけてください。

1) 痙攣発作の継続時間を観察してください。発作を観察しながら、ゆっくり1,2,3と数を数えてください。そしてその数が30以上数えても痙攣発作が続いている場合は、救急車を呼んでください。多くは15ぐらい数えると発作は治まります。

2) 痙攣発作の最中は決して身体を押さえつけて発作を止めようとしないでください。理由は、その刺激で発作を長引かせ、重積発作に移行してしまう危険があります。

3) 食事をした後など、嘔吐することもあり、その際には嘔吐物が気管支に入ると誤嚥性肺炎を起こしてしまいますので、倒れた状態で、頭だけを横に向けて嘔吐物が気管支に入らないようにしてください。

4) 痙攣発作は繰り返し起こると思ってください。特に発作を起こしたその日は、注意が必要です。外出を控え、倒れたときに後頭部などを打撲しないように気を付けましょう。再び発作が起こる前には、前兆として奇妙な行動がみられることがあります。そのような異常がみられたらすぐにソファーに座らせるか、寝かすかさせて、転倒を防いでください。

5) けいれん発作がみられたら、できるだけ早い時期にかかりつけ医に相談して、抗てんかん剤を服用してください。多くの場合は、お薬で再発作が防げます。

今日の説明でご理解いただけたと思いますが、高齢者のてんかん発作はほとんどが治療可能で、発作を抑制できます。てんかんの中には、抗てんかん剤でなかなか発作が止められない難治性のてんかんもありますが、その多くは乳幼児のてんかんで、その頻度も普通のてんかんに比較して少ないのです。

認知症の人に発作症状が疑われたら、できるだけ早く医療機関に相談してください。お薬で再発作を防ぐことができます。

(2013年1月2日)

【この記事を読んだ方へのおすすめ記事】

このページの
上へ戻る