第71回 認知症と診断されたら~最初にすべきこと~

認知症と診断された時、「狼狽えるばかりで、どうしたら良いかわからない」と思う家族が多いようです。最近は、アルツハイマー型認知症(AD)をはじめ、認知症をきたす疾患や介護に関する情報が氾濫し、これが家族の迷いと混乱を招く要因になっているかもしれません。

そこで、今回のコラムでは、初期の認知症と診断された時、家族の本人への接し方や心構えについて、わたしの考えを述べてみましょう。
この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 診断の当日
  2. 認知症の進行を抑えるもの
  3. 医療とのかかわり
  4. 介護保険サービスとのかかわり
  5. 家族が描く認知症ケアとは
  6. ユッキー先生のアドバイス

診断の当日

初期の認知症の人は、物忘れがあっても日常生活での混乱は少なく、身の回りのことは大方できます。家族は、認知症の診断が下されると、伝えられているような困った症状や世話する大変さが頭に浮かび、今すぐにでもそのような介護が始まるかのように思い、不安になります。そこで、家庭で世話を始めるにあたり、家族は以下の2つのことを頭の中で整理してみてください。

第1に、進行を遅らせる手段を生活の中に取り入れていくことです。それには、食事、運動、趣味や社会活動など、本人の生活形態を変えることも必要になりますが、同時に、家族の生活にも何らかの変化が伴います。まずは、できることから始め、徐々に本人の生活環境を整えていきましょう。

第2に、これから長い間、本人の世話が続きます。そこで家族は、自身の生活のことや介護能力を見極め、無理のない介護と介護の限界を考えてください。何もかも自分がしなければいけないのではなく、介護をシェアすること、また、自分の介護の限界とはどのような状況になった時かも考え、整理しておきましょう。

認知症の進行を抑えるもの

現在認可されている4種の抗認知症薬は、アルツハイマー型認知症の進行抑制に効果的であることが臨床試験で確かめられています。また、行動・心理症状(BPSD)の発症を抑制し、日常生活動作ADLも多少改善する効果があります(第70回コラムを参照)。それゆえ、この薬の服用は欠かせません。

認知症予防に関連するサプリメントが数多く発売されています。これらのサプリメントに関する問い合わせがありますが、多くの人はこれを薬と思い、その効果について知りたいようです。サプリメントとは、栄養補助食品あるいは健康補助食品と呼ばれるもので、薬ではありません。

各種のサプリメントの宣伝文句をよむと、「認知症サプリメント」と唱っていますが、「効く」「効果がある」まして「治す」といった表現は、決して使われていません。しかし、認知症に効果的な薬と思わせるような言い回しが多く、消費者は、惑わされてしまうのも現実です。全てのサプリメントには、認知症の発症予防、進行抑制効果に関する科学的根拠がありません。

近年、認知症予防に効果的なものとして食品、運動、趣味、他者との会話など様々なものが挙げられています。これらに視点を当てた日常生活の改善は、手軽にできる認知症予防と言えますが、その化学的根拠に乏しいのも事実です。しかし、最近、これらの中には、認知症の発症を抑え、進行を遅らせる科学的根拠が徐々に見出されてきました。

糖尿病(2型)、高血圧、脂質異常、肥満といった生活習慣病は、認知症の発症に関連することが証明されています。それぞれの病気が脳神経細胞にダメージを与えるメカニズムも解明されつつあります。それゆえ、認知症の進行を抑えるためには、生活習慣病の予防に配慮し、食事や運動などの習慣を改善することが重要です。

運動や外的刺激が、学習や記憶に係わる海馬の古い神経細胞に新たな活性化をもたらすことが解明されました。これは、細胞の新生に係わる海馬内の幹細胞という細胞がその役割を果たしていることが分かり、アルツハイマー病の新たな治療法の開発にも結び付くともいわれています。人とのコミュニケーションはアルツハイマー病の発症を8倍抑制することが疫学調査で示されましたが、この刺激が海馬の神経細胞の新生に役立っている、という仮説もあります。

認知症の介護で家族を悩ませるのがBPSDと言われる異常な行動です。私の研究調査では、徘徊や暴言、暴力などの困った行動や、もの盗られ妄想や幻視などの精神症状の発症の源は、認知症の人の不安や恐怖の感情であることを突き止めました。すなわち、家庭での世話で念頭におかなければならないことは、認知症の人が日々不安なく、安心して生活できる環境を提供することです。

医療とのかかわり

認知症は、長期にわたり進行する病気ですので、進行の状態を常にチェックし、場合によっては抗認知症薬の増量や変更を考慮する必要があります。認知症と診断されたら、まずは地域のかかりつけの医師に相談して、認知症の経過観察と抗認知症薬の処方をお願いしてください。認知症を専門としない医師だと恐らく地域の認知症サポート医を紹介してくれるでしょう。

認知症の進行状態を確認するためには、少なくとも1年に1回から2回の検査が必要です。頭部CTあるいはMRIなどの画像診断と認知機能を測定する心理テストが有効で、脳の形状の変化(脳委縮の状況)や認知機能の変化を確認することができます。それらの検査は、かかりつけの医療機関で出来ないこともありますが、その際には、過去の結果と比較するためにも、最初に診断を受けた病院で検査を受けることを勧めます。

認知症に随伴するBPSDは、家族の世話に大きな負担を課してしまいます。この原因は、多くの場合、世話する環境によるといわれますが、家族にとってはその原因を見つけ出すことは難しいようです。BPSDの中には、向精神薬が有効なことがありますので、その出現時には主治医に相談してみてください。

介護保険サービスは、家族の介護負担軽減に大変有用なサービスです。そのサービスを利用するためには、主治医の介護保険要介護申請のための主治医医意見書が必要です。さらに。6カ月から24カ月の間に要介護度の更新を申請しなければなりませんが、その際も主治医意見書が必要です。介護保険を利用するためには、主治医の存在が欠かせません。

介護保険サービスとのかかわり

認知症と診断されたら、まずは地域包括支援センターを訪ねてください。そこには、専門の主任ケアマネージャー、保健師、社会福祉士が地域住民の健康の保持や生活の安定に必要な支援を行っています。介護保険制度の仕組みや介護サービスの種類と内容については、直接主任ケアマネージャーから説明を聞くと良いでしょう。

認知症の介護を始めるに当たっては、まずは介護保険サービスの有効利用を考えてください。そのためには、要介護認定の申請をしてください。要介護度が決まりますと、どのようなサービスが利用できるか明らかになります。その際に担当のケアマネージャーも決まりますが、そのケアマネージャーと相談しながら、利用したいサービスを決めていきます。

介護保険サービスの内容や上手な使い方に関しては、いずれコラムで解説しましょう。ここで重要なことは、自分たちだけで介護を行おうとせず、できるだけ公的なサービスを利用し、介護のシェアを積極的行い、介護負担の軽減を図ることです。

家族が描く認知症ケアとは

最初に描く「認知症の介護は大変」というイメージは、恐らく今まで聞いた話から、形成されたのでしょう。確かに介護は大変ですが、その感情の中には、将来の介護不安からくるもので、この予期不安が今後の介護を消極的にさせてしまいます。そこで、予め不安を解消させる算段が講じられたとすれば、認知症介護の悪いイメージは払拭できるかもしれません。

第64回のコラムでは、認知症介護のコツについて述べましたので参考にしてください。ここでは、家族が描く認知症ケアのマイナスイメージを変える方法を考えてみました。

まずは、認知症の本人に、正直に認知症であること告げ、その進行を抑える方法や、将来安心して安全に暮らせる環境について、一緒に考えてみてください。認知症の人は、何もできないし、しようとしない、認知症であることを本人に伝えるのは可哀そう、怒りだすのではないか、と家族は考えます。しかし、本当のことを知ることで、今の自分自身の状態を納得し、時に安心した表情を見せることもあります。その様子をみた家族は、介護に前向きになり、介護負担の軽減にも繋がります。特に初期の段階でのこの試みは効果的です。

認知症の介護で最も大切なことは、本人が安心して生活できる環境を提供することです。逆に本人が最も懸念するのが、家族に見捨てられることです。家族からもの忘れを指摘され、できない事、失敗したことを叱られると、家族への不信感と不安が生じます。その結果、自身を守るため、介護者への攻撃や介護拒否の手段にでるのです。実は、本人も、もの忘れや日々の混乱を自覚していますので、その原因がわからないことに不安を感じ、混乱しているのです。本人に、それは病気からくるものとわかりやすく説明し、また家族がその病気と一緒になって戦うと宣言することで本人は安心します。

いずれ、家族に在宅介護の限界が訪れます。その時に本人がどのような処遇を望むのか、初期の間に話し合うことも必要です。多くの場合、施設入所の話になり、家族にとっても心苦しい話しですが、施設に入所することは、家族にできないことをプロの介護士にお願いすることで、決して本人を見捨てることでない、と丁寧に説明してください。

施設の生活は、本人にとって見知の世界であり、住み慣れた家での生活を変えることに不安と強い抵抗を感じます。そこで、まずは本人と家族で、将来安心して住まう場所はどこか、誰が世話するのが良いのか、家族の絆の大切さ、などについて幾度か話会い、本人の希望も聞いてください。そして、時間をかけて、家族ができること、できないことを説明しながら、入所のことも考えるような雰囲気を作っていくことが良いのでしょう。その際に、家族は決して説得を焦らない事です。

ユッキー先生のアドバイス

「認知症なったら大変だ」という認知症への悪いイメージをまず取り除くことです。今や、人生90年の時代です。それゆえ、私たちの多くも認知症に罹患することが考えられ、認知症は他人ごとではありません。

自分が認知症になったら、家族にどのような世話をしてもらいたいかを考えてみてください。今のうちに家族同士で話し合うことも良いでしょう。そうした試みで、認知症の人の世話のあり方が見えてくるかもしれません。

(2019年5月13日)


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