第58回 認知症の人の対応~家に帰りたい~
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認知症の人が「家に帰りたい」と訴えることがよくあります。それは、自宅にいても「家に帰りたい」と訴え、またデイサービスや外出している時も「家に帰りたい」とせがみ、家族を困らせることがあります。そして、実際に一人で外に出て行って、行方不明になるケースも多く、家族はその対応に追われることがあります。
そこで、第58回認知症コラムでは、「家に帰りたい」と訴える背景やその対応について考えてみましょう。
- この記事の執筆
ここは家でない、帰る
酒田虎夫さん(仮名)74歳は、2年前にアルツハイマー型認知症と診断され、要介護2で、妻の由美さん(仮名)が在宅で介護しています。週3回、デイサービスを利用し、その間由美さんは、趣味の陶芸教室に通い、普段さほど負担も感じず世話をしてきました。2週間前、虎夫さんは初めてデイサービスの施設にあるショートステイを利用し、由美さんは陶芸教室の仲間と1泊2日の温泉旅行に参加しました。ショートステイの間、虎夫さんから帰宅要求はなく、由美さんは久しぶりに友人と旅行を楽しみました。
2~3日後の夜、虎夫さんが寝室から居間に来て、由美さんの顔を見るなり「家に帰る」と険しい表情で訴えました。由美さんは「ここはあなたの家ですよ」と対応すると、その日は何も言わず寝室に戻って休みました。翌日も同じ時間帯に虎夫さんは「家に帰る」と玄関の方に向かったので、由美さんは慌てて引き留めると「ここは家でない、帰る」とパジャマのまま、外に出て行ったのでした。由美さんはすぐに追いかけ、家から50m位のところで追いつき、「さぁ、家に帰りましょう」と対応すると、意外とすんなり、由美さんの言葉に従い、家に戻りました。しばらくは寝る気配はありませんでしたが、やがてベッドに入り休みました。
家に帰りたい理由
由美さんは、ショートステイで施設に一泊したことで虎夫さんが家を忘れたのではないか、と心配しましたが、必ずしもそのような理由とは限りません。「家に帰りたい」と訴える認知症の人は比較的多いのですが、そのほとんどが理由不明のようです。特に夜間、眠りから覚めた時など、自宅の寝室にいても、そこがどこなのか突然わからなくなり混乱することがあります。
この症状は、見当識障害の一つで、場所の見当が障害されて起こり、記憶障害に伴います。また、視空間失認の中の地誌的障害とも言われ、方向性が分からなくなり、スーパーから自宅までの道順が分からなくなる症状とも考えられています。いずれにしても認知症の中核症状として、慣れ親しんだ自宅が認知できなくなった結果「家に帰る」と訴えます。時には、今の居場所が分からなくなることで、不安や緊張が生じ、落ち着かなくなり、不穏になることもあります。
場所の見当識障害は、中等度の認知症の人に多く確認されますが、軽度の人でも、精神的にパニックになった時などに出現します。例えば、部屋のリホームや家具の毛様替えの後、今までと雰囲気が違う部屋を見て、自分の家でない、と思い込むことがあります。また、亡くなった両親や兄弟のことを突然思い出し、その安否を心配して、住んでいる自分の家と実家が混同して、「家に帰る」と訴える例もあります。
また、虎夫さんのように、一度入眠した後に覚醒して「家に帰る」と大声で叫び、実際に外へ飛び出していく例の中には、レム睡眠行動障害と言われる睡眠の異常に伴い起こる症状もあります。この異常な行動は、レビー小体型認知症の症状(第20回コラム参照)として有名ですが、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病でも見られます。この睡眠障害の場合は、クロナゼパムというてんかんの薬で効果が得られることがありますので、神経内科か精神科に相談してみてください。
「家に帰りたい」の対応
虎夫さんの妻は、家を飛び出した虎夫さんを追いかけ、「家に帰りましょう」と話しかけると、虎夫さんは抵抗なく帰宅しました。私の臨床経験から「家に帰る」と言って出ていった本人を連れ戻すことは、家族にとって比較的容易なように思います。その際に、本人を見かけたら「さぁ、帰りましょう」と穏やかに声をかけてください。「なぜ家を出ていったの」などと詰め寄ることや叱りつけることは逆効果ですので、そのような言葉かけや態度はしないでください。
「家に帰る」と外に出て、毎回徘徊に繋がり、家族を困らせる例がありますが、この場合の対応は第25回コラムの「徘徊」をご参考ください。しかし、このようなことが日常茶飯事になりますと家族の心労が計り知れません。そこで最近成功した例を紹介しますと、介護者が「家に帰る」の対応で疲労困憊し、ショートステイを約1週間利用しました。帰宅後は、虎夫さんとは異なり、「家に帰る」の訴えはなくなりました。しばらくして徘徊が始まった時もショートステイを利用することで解決したそうです。
徘徊には至らないけれど、「ここは自分の家でない」「家に帰る」と訴える人がいます。多くの家族は、自分の家に居ながらなぜそのような訴えをするのか理解に苦しみます。虎夫さんのように、一度眠入って覚醒した時のケースやレミ睡眠行動障害などの場合は、俗にいう「寝ぼけ」と考えて、本人を覚醒させる試みをしてみてください。「起きて、起きて」の声かけや冷水を飲ませるのも良いかもしれません。
睡眠とは関係しなに、住み慣れた自宅に居ながら「家に帰る」の訴えがみられた時は、認知症の進行を考えなければなりません。また、場所の見当識障害で自身の家がわからなくなることは、本人にとっても大変不安で恐怖です。その思いを察し、本人の不安を解消する声掛けも必要です。例えば「ここに居ればみんないるから安心ですよ」と家族の名前を挙げ、本人が自宅と認識することに努めます。また「ちょっとお茶でも入れましょうか」と和んだ雰囲気をつくり気分を変える試みや、何か違う関心ごとに注意を逸らすのも良いかもしれません。
「介護施設で「帰りたい」
ショートステイ利用時や介護施設に入所した時に、家族に「帰りたい」と訴え、大騒ぎになることがありますが、そんな時家族は、大変困ります。慣れないところで、見知らぬ人ばかりの施設は、当然本人にとって不安ですし、恐怖です。また、大方の認知症の人は、なぜ自分がここにいるのか理解できず、パニックに陥ります。
このような時の家族の対応を考えてみましょう。まずは、今施設に入所している理由をできるだけ簡潔に説明してください。例えば、歳を取って日々の世話が大変になった、あるいは、仕事が忙しく世話ができなくなった等、家で世話できなくなり、施設にお願いしなければならない理由を説明してください。そして、頻回に面会に来ること、必要であればいつでも会いに来ることを約束してください。本人にとって一番辛いのは、家族に「見捨てられた」と感じることです。家族は、見捨てたのでなく、自分たちが世話できないことを施設にお願いしたことを丁寧に、何度も説明してください。多くのケースで一時的に納得しますが、また「帰りたい」が繰り返されます。しかし、入所の理由の説明は、いつも同じように話してください。そして、入所当初の見捨てられ不安を解消するためには、できるだけ面会の回数を増やし、あまり間を開けずに会うように心掛けてください。
本人に絶対していけないことは、嘘をつくこと、曖昧な返事をすること、無視すること、です。入所を決めた家族にとっては、本人が「帰りたい」と訴える姿は耐えられなく辛いものです。しかし、本人はそれ以上に辛く、不安と恐怖でいっぱいです。その気持ちを察し、入所の継続を何度も本人にお願いしてください。家族の真摯な態度は、本人に伝わり、いずれ入所を受け入れてくれると確信します。嘘や曖昧な返事はかえって本人の不安を煽りますので、真摯な態度で接してください。
ショートステイを利用するときも、同じです。本人には理由と利用期間をきちんと伝えてください。家族の中には、認知症の人はすぐに忘れてしまうので、そのような説明は無駄、またかえって不安を煽ることになる、と何も言わずに施設を去る家族がいます。本人の気持ちを自身に置き変えてみた時に、そのような態度は、到底納得いくものでありませんし、それが本人の不安や怒りに繋がります。
ユッキー先生のアドバイス
家は、誰にとっても安らぎの場であることに変わりありません。認知症の人が「帰りたい」と訴えるのは、恐らく安住の場を探し求めて、訴えているのでしょう。しかし、認知症の人は、それがどこにあって、どうしたら辿りつけるのか、場所の見当識障害のために答えが見つかりません。そのような時に、焦燥感や恐怖感が襲い掛かり、その場から逃げようと必死になるのです。まさしく「家に帰りたい」は、認知症の人の今の状況からの逃避であり、不安な感情表現の一つです。
そこで大切なことは、「家に帰りたい」の解決方法を考えるのでなく、その言葉に秘められている不安な思いに寄り添い、対応することです。すなわち「ここがあなたの家です」と言い聞かせるのでなく、「私がいるから大丈夫」と寄り添ってあげてください。
(2017年12月7日)
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