生活支援につながる栄養ケアで負担を軽くしたい ~【第2回】認知症に寄り添う人々~

2017年7月7日

認知症ケアの最前線にスポットをあて、患者さんたちに寄り添ったケアに取り組まれている方々のお話しを伺う連載「認知症に寄り添う人々」。

第2回は、横浜市保土ヶ谷区「介護老人保健施設スカイ」の管理栄養士・阿部咲子さんです。栄養指導の枠を超え、生活支援や身体機能改善を目指したトータル的な栄養ケアサポートをおこなっている阿部さんの取り組みをくわしく聞いてきました。

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認知症ねっと
認知症ねっと編集部
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シリーズ【認知症に寄り添う人々】

超高齢化社会をむかえた現代日本において、認知症患者の増加は大きな社会問題となっています。実際にはどんな病気なのか、予防できるのか、治るのか治らないのか。また、家族や周囲の対応は?どう接したらよいか…など、それら一連をしっかりと理解している人は多くないことでしょう。

近年、その高い関心から認知症への対策や取組み、研究発表なども多数行われています。しかし、認知症の疾患特性からみると、数字に現れるものばかりがすべてではありません。

今回「認知症に寄り添う人々」というテーマで、現場の最前線にスポットを当て、患者さんたちに寄り添ったケアに取り組まれている方々のお話しを全6回のシリーズでうかがいます。数字や研究では見えてこない真のケアやサポート方法などを深くさぐっていきたいと思います。

▼前回までの認知症に寄り添う人々
シリーズ「認知症に寄り添う人々」ダイジェスト

第2回「生活支援につながる栄養ケアで負担を軽くしたい」

第2回は、横浜市保土ヶ谷区「介護老人保健施設スカイ」の管理栄養士・阿部咲子さんです。栄養指導の枠を超え、生活支援や身体機能改善を目指したトータル的な栄養ケアサポートをおこなっている阿部さんの取り組みをくわしく聞いてきました。

個別対応のトータル的な栄養マネジメント

——まず「介護老人保健施設スカイ」についてお聞かせください。

横浜市にある介護老人保健施設の中でも比較的に入所人数が多い施設になります。1階が主に通所リハビリテーション、2階3階が入所施設、入所定員142床、通所リハビリテーションの定員37名。入所利用者の紹介先は、急性期病院約8割以上、その他は回復期のリハビリテーション病床や在宅などからとなります。在宅復帰率は約30~50以上という施設です。(2017年7月時点)

施設内は広々していて、吹き抜けの中庭のおかげもあり、昼間はとても明るいですし気持ちいいですよ。今日もご利用者様が、プログラムの一環として中庭でナス栽培のレクチャーを受けたり、室内では書道教室に参加されたりと賑やかです。1階のフロアは多くの人が行き来するということもあり、いつもワイワイと活気あふれている感じですね。

介護老人保健施設スカイ
医療法人社団伊純会グループ 介護老人保健施設スカイの外観。周辺には緑も多い

——管理栄養士としてどんな役割をされていますか?

スカイでは、食事の献立を考えたりする厨房担当の栄養士と、入所フロアで直接ご利用者様の栄養管理をする栄養士と役割が分かれていて、それぞれ分担して取り組んでいます。

私は後者のフロア担当の管理栄養士として、ご利用者様それぞれの状態を見ながら、どういった食事が適切なのかを考え、個別対応で栄養管理や食事相談などのケアを行っています。

——具体的にはどのようなケアになるのでしょう?

入所フロアのベッドサイドで、常にご利用者様と向き合っているという感じです。主な役割としては、食事介助を行いながらご利用者様たちの様子を把握し、摂食・嚥下調整や食事時の状態など、栄養管理だけでなくトータル的な栄養ケアのサポートになります。

高齢の方や重度認知症の方は、日常生活において誤嚥が最も怖いことのひとつです。食事の際にも常に聴診器を持ち、食べ物を飲み込むご利用者様の喉に聴診器を当て、誤嚥していないかチェックするようにしています。また、認知症の方の場合は症状が進んでしまうと集中力が低下したり、食事と認識できなくなっていくため、そうなる前にどのように対策するかなども考えています。

可能なかぎり経口摂取をあきらめない

——ご利用者様と直接ふれあうことが多いのですね。

そうですね。介護保険制度がかわって急性期病院での入院・在院日数が短縮されたことにより、入院時に適切な栄養管理や指導を行われずにスカイへ入所されてくる方がとても多くいらっしゃいます。

在宅復帰を見据えた支援の場合、しっかり食べて筋力も上げてもらわなければいけません。そのための適切な指導や管理が必要となり、私たち栄養士が直接関わらせてもらうことが増えています。

例えば、病院入院時に治療のため絶食管理となり、その後も経口摂取不可となって入所された方がいらっしゃいました。ですがその方は、口から食べたいという意思を持っておられたので、何とか経口摂取が実現できないだろうかと、その方の残存能力を確認し、看護師や介護スタッフなどに協力を求めたりしました。時間はかかるけれど支援方法を配慮することにより、嚥下可能と判断して訓練をスタートさせたということもありました。

——それぞれ症状が違うのでケアも難しそうです。

ご利用者様の病状は全く異なりますし、摂食・嚥下機能や認知機能の高低によっても違ってきます。管理栄養士としてご利用者様のことを第一に考えたメニューやプログラムを組んだとしても、「そんな食事は食べたくない」とか「嚥下食ばかりでは嫌だ」など、受け入れてもらえるまで時間がかかることがしばしばです。そのような時、今の状態や嚥下食を提供している理由、その方の目的をお伝えするようにしています。「今は嚥下食ですが、栄養状態が整い、体力がついたら普通食を提供します」などと、約束することも。そこから、ご利用者様やご家族様の考えも含め、目標を立てることもあります。ご利用者様の頑張りやご家族様の理解が必要な部分も多いため、実は「改善を目指したケア」はとても大変なことなのです。

認知症を抱えるご利用者様の場合、心身ともに食事を受け付けない方もいらっしゃるため、より一層難しいことが多いのです。認知症を発症することにより体重が減少、その逆に体重が減少することにより認知症が発症することが多くあります。認知症と身体機能とは深い関連性が伺えます。心身ともに低下していく、徐々に物事が分からなくなっていく不安を常に感じ、葛藤しています。

そういった気持ちの問題や辛さを乗り越えるメンタル面にも配慮しながら、栄養ケアをすることが、真の身体機能改善につながっていくのではと思っています。ご利用者様の思いや着地点を汲み取りながら、最善のケアプランを立てていくことが、私の使命だと考えています。

その方に一番必要なケアを見極める

——栄養士の枠を超えた幅広い役割を担っていますね。

ケアを必要とする方にとって、生活の多くを占めるのは、やはり3食の食事時間だと思います。それを整えてあげることが大切だと思いますし、その方の身体機能や生活全般を見極めなければ、食生活を整えていくことはできないと思います。

ここに勤務するようになり摂食・嚥下障害で苦しむ方、誤嚥性肺炎でお亡くなりになる方を多くみてきました。この様な方々にはどのような対策をしたらいいか、一助になるためには何かいい方法はないかと考えていました。口から食べられる機能が残っている方には可能な限り、食べられるように支援できる方法、見分けられる知識や技術が必要だと感じました。そこで、管理栄養士の私がその役割を担おうと思いました。

——資格以外の知識はどのように学ばれたのですか?

入社当初から誤嚥性肺炎について深く知るため、研修会などに参加し、食事介助を中心に学んでいたのですが、同時に摂食・嚥下機能評価のことも学び、現在の実践に活かしています。

私が担当している方々は、終末期から在宅復帰を目指す方まで本当に様々です。多くの知識が必要なため、今も日々勉強が欠かせません。認知機能を把握したり血液・生化学検査を調べたりすることはもちろん大切ですが、そのご利用者様は一番何が必要なのか、何を求めているのかを見極めながら、栄養的な部分と生活支援につながるケアの部分を総合的に判断しています。

——在宅復帰のために何か取り組みをされていますか?

在宅復帰を希望される方には、だいたい3ヵ月から半年を目安に復帰を目指しています。ですが栄養ケアや食事相談をすすめて経口摂取ができるようになった方でも、その摂取量はけっして多くないため、エネルギーとしてうまく活かせないことが多いです。

認知症の方にいたっては、今以上の認知機能低下も防ぎたいですし、病院から入所の方は重度の低栄養状態や廃用症候群の場合が多く、こちらもどうしたらリハビリに耐えられる体力状態に高められるかが大きな課題です。
※廃用症候群…過度の安静や活動量の低下に伴い生じる様々な障害

どうすればご利用者様の状態を向上することができるのかと悩みながら調べていくうち、中鎖脂肪酸の効果に注目しました。中鎖脂肪酸を摂取すると脳のエネルギー源となり、脳の活動を助けてくれる。しかも認知機能や周辺症状にも効果があるということ知り、深く調べはじめました。少しでも認知機能や栄養状態を高めていきたいと考え、中鎖脂肪酸摂取の取り組みをスタートさせました。

——中鎖脂肪酸の取り組みをくわしく教えてください。

自分が担当しているご入所者様から1型糖尿病や重篤な疾患がある方、摂食・嚥下機能が著しく低下した方などを除き、比較的、状態の安定している方を対象に36名に参加いただきました。参加者の中から、中鎖脂肪酸とロイシン・ビタミンDを強化した栄養素を組み合わせ、毎日摂取するグループと摂取しないグループに分け、3ヵ月の期間をもうけて検証しました。この取り組みを検証するため、大学院に通って指導を得ながら研究もはじめました。

具体的には、MCT中鎖脂肪酸100%のオイル)を1日小さじ1 1/3杯分6g、ロイシン・ビタミンD含有食品を1日1パック、夕飯に食べてもらいました。オイルは味もにおいも無いので、おかずやご飯にかけたり、汁ものに入れたり、とても手軽に摂取してもらうことができましたね。また、摂食・嚥下障害を有する方にもご飯や副食に混ぜ、対応可能でした。

予想をこえた認知・身体機能の改善

介護老人保健施設スカイの管理栄養士阿部咲子さんインタビューの様子

——取り組みの結果はいかがでした?

MCTオイルとロイシン・ビタミンD含有食品を3ヵ月摂取したグループでは、体重・筋力ともにアップし、握力や下肢持久力、呼吸器の筋機能などの身体機能に大きな改善が見られました。また、表情の乏しかった方に笑顔がみられたり、名前を呼んでも返事がなかった方から「はい」などと声が聞かれたり、反応が伺えたりなど、認知機能においても明らかな改善が見られた方もいらっしゃいました。

食べ始めて2〜3週間でその変化があらわれたので、私たちも本当に驚きました。ただ、認知症は遺伝子などの関係もあり症状に個人差があるものかと思います。その結果をお伝えするのに数字では表しにくいということがあります。ですが、総合的な見解として、この研究の場合は重度の方のほうがより変化があらわれやすかったように思います。

—−認知機能・身体機能ともに向上は嬉しいですね。

その他にも、集中力が向上するため、計算を諦めていた方ができるようになったり、意識の変化もあって前向きになったり、様々な良い変化がありました。中鎖脂肪酸は摂取して肝臓に吸収されるとケトン体を生成します。アルツハイマー型認知症の方は脳のエネルギーであるブドウ糖をうまく取り込めなくなるのですが、ケトン体がエネルギー源となります。脳の機能を活性化させているのではという研究報告もあり、中鎖脂肪酸は今後の認知症対策への光明だと思っています。

——その他にも力を入れていることはありますか?

身体機能の向上にリハビリテーションなどは欠かせません。訓練を遂行していくためにも、適切な食事提供は必要です。摂取量や栄養価の把握だけでなく、その方にあった食事中の姿勢にも配慮が必要です。特に車椅子を使用している方などは、筋肉量や筋力が低下している方が多いので姿勢が崩れやすく注意が必要です。食事の時間はもちろん、普段から日常生活動作や障害となっている要因をこまめにチェックして体調管理や指標の参考にしています。

例えば、人によっては食事に伴う身体の負担が大きく、食事量を減らしてあげるほうが適切な場合もあります。ご家族様からみれば、いつまでも親には元気でいて欲しいとの思いがあると思います。しかし、状態によってはその思いが叶わなくなってしまうことも・・。加齢とともに食事が受けつけにくくなってしまいますが、ご家族様はもっとしっかり食べて元気でいて欲しいなどの思いから必要以上に食事を提供したり、状態に応じた対応を受け入れられないこともあります。

栄養士としての栄養学的な役割だけでなく、生活の中での困りごとを見据えた生活支援としてのトータルな栄養ケア・マネジメントこそ、ご利用者様たちが求めていることだと思います。今一番必要なことは何か、どうすれば良い方向へ導いてあげられるか、そのことを心に置いて取り組んでいきたいです。

——最後に、今後への思いなどお聞かせください。

一度低下した機能を回復させることは、やはり時間もかかりますし難しいことだと思います。その前に、ご家族様や私たちが気づいてあげて、早めのケアや呼びかけを行えば、いろいろな道がみえてくるはずです。

これまでの施設での取り組みや研究結果をもっと多くの方々に共有してもらえるよう、情報発信をしていきたいと考えていますし、私たちも新しいことを常に吸収していきたいと思います。

認知症をはじめ介護を要する方は、高齢化がすすむにつれてこれから増加し、多様化・複雑化が予想されます。管理栄養士として栄養や食事を通して、ご利用者様の負担をすこしでも軽減していきたいのはもちろんですが、栄養相談だけでなく生活支援までの幅広いケアをもっと確立していきたいです。専門職間の連携をより密にし、包括的なケアで負担や苦悩を軽減できる社会になればと思っています。

取材・文 たなべりえ

今回お話をうかがったのは

管理栄養士 阿部咲子さん
医療法人社団伊純会グループ 介護老人保健施設スカイ/管理栄養士 阿部咲子さん

医療法人社団伊純会グループ 介護老人保健施設スカイ
1999年10月設立の横浜市保土ヶ谷区にある施設。
設立当初からチームケアを目指した介護体制を実施しており、SKY(Slow=S、Kind=K、Yourself=Y)を基本理念としている。
また、入所者本人・家族・施設スタッフの三者面談を行い、きめ細かいケア活動を大切にしている。

▼関連リンク
脳のエネルギー不足を助ける「中鎖脂肪酸」の働き

▼シリーズ「認知症に寄り添う人々」記事
第1回「若年性認知症の方の居場所をつくりたい」
シリーズ「認知症に寄り添う人々」ダイジェスト

▼外部リンク
医療法人社団伊純会グループ 介護老人保健施設スカイ公式サイト


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