第7回 認知症検査と治療薬開発の現状

2016年1月1日

今回は東京大学医学部附属病院 神経内科 特別外来 メモリークリニックでアルツハイマー病(AD)やレビー小体病、前頭側頭葉型萎縮症等の疾患の診断、治療に当たっていらっしゃる岩田淳先生にインタビューさせていただきました。

岩田先生は認知症の診断・治療だけではなく、臨床研究も行っておりますので、認知症の研究も含めた幅広い内容をお伺いさせていただきました。全9回でお送りいたします。

岩田先生のインタビューを第1回から読む
話し手
岩田淳先生
東京大学大学院医学系研究科神経内科学 講師
岩田淳先生

第7回 認知症検査と治療薬開発の現状

認知症は、一部を除いては未だ根本的な治療法がなく、これで治る、という薬も開発されていないのが現状です。

そんな中でも研究開発は日々進められていますが、認知症の根本治療に効果的な薬が開発されるまでにはどれくらいの期間が見られているのでしょうか。治療薬開発における今後の見通しや問題点についてお聞きしました。

認知症治療薬開発の見通しとは

―― 認知症の方を早くキャッチアップして、正しい症状対応につなげていった方がいいとのことですが、どういう段階で何をしたらよいのでしょうか?

最近ではアミロイドPETなどの方法で発症前のアルツハイマー病を捉えることができる様になっています。しかし、その様な段階で発見したとしても現状では介入する薬剤がありません。ですから、とにかく新しい薬ができることがまずは大事です。

アミロイドβが脳内に蓄積しているのだけれども、この薬を使えば、少なくとも何年間は認知症にならずに済む可能性が何%ですという薬があれば、どんどん検査をして、陽性の場合はその新しい薬を使った治療につなげていくというやり方がベストですね。

しかし、そういった薬は残念ながらまだ存在しないのです。アミロイドPETという検査は医療の側としては撮像して、研究につなげていくといった使い方があるけれども、一般の人にとってみたら、治療方法がないのにも関わらず超早期診断をされたら普通は困るでしょう。

何の気なしに受けた健康診断で末期癌が見つかって対処法がないと言われたという状況を考えてみてください。アルツハイマー病ではそこまで差し迫ったものではありませんが、精神的に不安をかきたてるだけになりかねませんから、発症前の診断にはよほど慎重にならなくてはならないという点では同じくらいの重要性があります。

―― 認知症の根本治療薬が出るまでには、どれくらいかかりそうなのですか?

様々な薬剤が開発されていることは事実ですが、現時点ではわからないとしか、答えようがありませんね。根本治療薬の実際の運用では、アミロイドが溜まり始めたぐらいの健常な人、MCIぐらいの人、認知症の人といった段階によって、使える薬剤、対象の方が変わってくる可能性が濃厚です。

―― それは、症状が軽く、段階が早いほうが、治せる可能性のある薬が出てくるのが早いということですか?

簡単に言えばそうです。今、主に開発のターゲットになっているのは、アミロイドβとタウの蓄積阻害薬だと思いますが、アミロイドβに対する薬では、残念ながら少なくとも今まで試された薬で認知機能に対して効果のあったものは一つもありません。

アミロイドβの量は減っていたのに、です。投与の対象となったのは、認知症の段階の人たちでした。このために、効果がみられなかったのは、認知症の段階ではアミロイドβが十分に沈着した状態で、神経細胞の障害が既に強い段階だったからであり、MCIもしくはもっと前の段階だったら、効くかもしれないという論理になってきています。その仮説を元に今、様々な場所で治験がなされていますが、まだ結果は出ていません。

米国ではそれこそアミロイドPET陽性で認知機能の全く正常な人に対して、アミロイドβに対する薬を投与して、認知症もしくは認知機能障害が出てこないかという事を検証する治験すらあります。「A4(Anti-amyloid treatment in Asymptomatic AD) Trial」といいますが、その治験の結果次第では、もしかしたら「抗アミロイドβ薬というのは早く投与すれば認知症はもとより軽度認知障害にもならずに済むのですね」という話になってくるかもしれません。

例えば、悪玉コレステロールが高いと脳血管障害や心筋梗塞になり、死亡率も高いというデータがありますが、血液中のコレステロール値を低下させるスタチンというお薬を「予防的投与」することによって、あらかじめ血液中のコレステロール値を下げておいたらどうかというと、脳卒中や心筋梗塞になりにくくなるし死亡率も下がるというデータがありますね。

しかし、残念ながら、脳梗塞が起こった後に脳をよくしようと思っても、一旦起きてしまったものはよくなりませんね。それと同じ話で、アミロイドβが脳に溜まっているという異常があるけれども認知機能が正常な人がいて、その人たちがアミロイドβの蓄積を阻害するような薬を服用することによって、アミロイドβが溜まりにくくなって、認知症の発症が10年遅れました、あるいは10年とはいわないまでも、5年遅れましたということであれば、ある意味、健康に寿命を全うできる可能性があるわけです。認知症になった後ではそのお薬は効果がないわけですから。

抗アミロイドβの働きをもった薬が、そういう、スタチンみたいなお薬として使われ始めるという時代がくることは有り得るわけです。ただ、それは比較的若い世代に限定して投与することを考えなければならないかもかもしれません。なぜかというと、今まで何度も繰り返されてきた治験では進行した認知症の症状が出てしまってからでは効果がない、もしくはあったとしてもとても効果が薄いことを考えなければいけないからです。

―― 先生の研究で、根本治療薬の新規開発に携わることはありますか?

常に携わっていますが、私は中心にいるわけではなく企業に協力する立場です。医師は治療の手がかりを見つけるのがその主な役割であり、開発そのものは製薬会社が行ないます。

日本の製薬会社では独自に取り組んでいる熱心な会社もありますし、海外の会社と組んでいるケースも多いですね。開発の主体になっているのは、抗アミロイドβの抗体薬とアミロイドβの産生阻害剤の二つですが、大体、一社が一つ以上候補物質有しておられますね。

―― どういった年代層をターゲットにするかということが、キーになりますね。

20代の人にBACE阻害剤を投与して、30年40年間追跡調査をするようなことは現実にはできませんから、どのくらいの年齢でやるのかというのは、悩んでいるのではないでしょうか。理想的には認知症になりかけのほとんど認知機能の正常に近い方々を対象にする事になりますから50-60歳台がターゲットではないでしょうか。

認知症検査におけるさまざまな問題点

―― アミロイドβが沈着して、それから症状が出るまで10年くらいかかるといいますが、アミロイドPETを、どの年齢の方々に対して調べれば、後のリスクがわかるとお考えですか。

それは難しいですね。まず、根本治療薬が出なければ、早期にアミロイドPETをやっても個人個人にはメリットはないと思います。ただし、根本治療薬が出たと想定すると、その根本治療薬が例えば50代から投与すると、70歳くらいまでのところでの認知機能の低下が予防できますという話だとしたら、50歳くらいでアミロイドPETを撮ればいい訳ですよね。

一般的には、認知症の平均発症年齢というのが65歳以上だと思われますから、アミロイドPET を撮るのは50歳代ということではないでしょうか。

―― 理想としては、健康診断の項目に入れるとか、あるいは自発的に受けるような形が望ましいのでしょうか。

現状の値段でアミロイドPETを一般の健康診断に取り入れたら、国が破産します。一検査あたり数十万円しますから。自費でと言うことであれば別でしょうが。

また、血液などの体液を利用したバイオマーカーというのもとても大事な指標ですが、現時点で最も信頼できるバイオマーカーは脳脊髄液ですが、これは健康診断で採取するにはかなり厳しいものがありますね。

―― 脳脊髄液でしたら、保険適用はされているのでしょうか。

タウの測定は保険適用されていますがアミロイドβはまだです。また、脳脊髄液の採取というのは、少なくとも今は医師しかできません。医師が一人か二人、場合によっては30分から1時間くらい、時間を使って行います。したがって検診のような大規模なスクリーニングには全く向きません。

一方で、採血は医師でなくてもできなすし、同時に沢山の方を対象にできますが、脳と血液の間にはとても大きなバリアがあるので、脳で起こっていることはそう簡単には血液には出てこないという問題点があります。

―― そうしますと、一番いい形としては、スクリーニングでリスクの高い方々をピックアップして、それからアミロイドPETにつなげていくといったやり方が一番いいのでしょうか。

アミロイドPETも一回30万円くらいかかったりしますから、どこまでできるかというのは、かなりお金がかかるのを覚悟してやることになります。認知症のリスクがある方ということを考えると、一つは認知機能の低下があるかどうかということをみていくことです。

50歳から60歳の間の人に何らかの認知機能テストを毎年受けてもらうと、徐々に少しずつ悪くなっていくようなパターンが出てくるかもしれませんから、そういう人たちに対しては声をかけていくということはありますね。

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