【AMEDシンポジウム】睡眠負債はなぜ脳に悪い?~林 悠先生講演

2018年4月13日

2018年3月、AMEDの主催で開催された「脳とこころの研究第三回公開シンポジウム『認知症と生きる、認知症に挑む』」。その中で、話題の睡眠負債についての講演が行われました。人が生きていくためになくてはならない睡眠は、どのように認知症と関連しているのでしょうか。国際統合睡眠医科学研究機構の林 悠先生の発表を紹介します。

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この記事の目次
  1. 林先生の睡眠研究
  2. 睡眠負債とは
  3. 病気のリスク要因に
  4. 自分の睡眠負債を知るには?
  5. 認知症における睡眠負債の影響は?
  6. 認知症と大きな関わりがあるのはレム睡眠?
  7. レム睡眠障害の鍵は「橋」
  8. 今後の課題は?

林先生の睡眠研究

国際統合睡眠医科学研究機構は、世界トップレベルの研究者が集まる睡眠に関する国際研究拠点です。今回のシンポジウムでは、2017年に科学技術分野の文部科学大臣表彰において若手科学者賞を受賞したほか、睡眠研究で大きな成果を挙げている林 悠先生が、睡眠と認知症に関わるご自身の研究について講演を行いました。

先生は、認知症のBPSD(行動・心理症状)で多く現れる症状として睡眠障害が半数を占めている上、介護生活の破綻原因の一位が睡眠障害という事実に着目。このことから、睡眠障害の理解・克服は社会の喫緊の課題であると考え、研究にあたっています。具体的な内容を紹介しましょう。

睡眠負債とは

病気のリスク要因に

メディアでも大きく話題となった睡眠負債は、最適な睡眠時間と実際の睡眠時間の差を表現した言葉です。睡眠負債の大きい人は認知症や糖尿病、ガンなどのリスクが高まると言われています。

ラットの睡眠を故意に妨げ、極端に睡眠負債が溜まった状態にした実験では、「毛が抜ける」「手足や尻尾の皮がボロボロになる」「摂食量の増加にも関わらず体重が激減」などの症状が出た結果、2~3週間で死に至っています。

自分の睡眠負債を知るには?

最適な睡眠時間には個人差があります。従って、何時間寝れば十分、ということを断定することはできません。大まかには、「邪魔されずに寝続けられた時間」と 「普段の睡眠時間」の差が 2時間を大きく上回るようでしたら、普段の睡眠時間が十分ではなく、睡眠負債が日々たまっている可能性を疑う必要があります。

認知症における睡眠負債の影響は?

健康を害する可能性の高い睡眠負債は、認知症リスクにも関連することがわかりました。マウスを使った実験の結果、睡眠負債が大量のアミロイドβ蓄積に関与している可能性が見えてきたのです。

マウスの平均睡眠時間は、だいたい1日12時間ほど。そのマウスに毎日6.5時間の睡眠負債を与えたところ、たった3週間で脳にアルツハイマー型認知症の原因物質であるアミロイドβが大量に蓄積しました。

アミロイドβは寝ている間に老廃物として排出されると言われています。睡眠中は脳が収縮して細胞間に隙間ができ、老廃物が流れやすくなるためです。つまり、睡眠が足りないと、不要な老廃物が排出されずに、蓄積していくと考えられています。

認知症と大きな関わりがあるのはレム睡眠?

人の眠りには、一晩のうちにレム睡眠とノンレム睡眠が交互に訪れます。レム睡眠は身体を休めるための浅い眠りのことで、脳は半ば覚醒状態で記憶の整理などを行っており、この間にはっきりとした夢を見ます。一方、ノンレム睡眠は脳を休めるための深い眠りのことです。レム睡眠に関しては、未だ解明されていないことが多く、研究が進んでいます。

人のレム睡眠の割合は、加齢とともに大幅に減少しています。(図1)認知症の有病率が年齢と共に上がっていくこと(図2)と合わせて考えると、レム睡眠は認知症を考える上で、重要な役割を担っている可能性があると言えるでしょう。

図1:睡眠時間の年齢による変化

※出典:Roffwarg, HP., Muzio, JN., Dement, WC. 1966 Ontogenic development of the human sleep-dream cycle. Science 152: 604-19. を一部改変し認知症ねっと編集部作成

図2:各年齢層における認知症患者の割合

※出典:「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」(平成23年度~平成24年度)総合研究報告書より認知症ねっと編集部作成

レム睡眠障害の鍵は「橋」

認知症の中でもレビー小体型認知症の特徴的な症状に「レム睡眠障害」があります。これは脳にαシヌクレインというたんぱく質が異常に蓄積し、細胞を障害することが原因と言われています。

林先生は、脳の「橋」の部分に注目して研究を行い、レム睡眠制御に重要な細胞があることを発見しました。橋にダメージを与えたマウスは、レム睡眠が大幅に減少し、さらには、レム睡眠行動障害と似た症状を示しました。レム睡眠に入ると、走り回ったり飛び跳ねるなど、暴れ出すのです。寝ている間にこのような状態が続くと、覚醒時には相当な疲労が溜まっているでしょう。

こうした睡眠障害のほか、橋へのダメージは記憶力も低下させることがわかってきています。

今後の課題は?

現在の睡眠導入剤は、転倒、健忘などの副作用があるため認知症の方には推奨されていません。また、今使われている薬はレム睡眠を減らす作用があり、眠りがノンレム睡眠に偏ります。

先生はマウスの実験結果などを踏まえ、レム睡眠を促進する治療薬が出れば、認知症に伴う睡眠障害に役立つのではないかと考えています。

会場に訪れた多くの人にとって、睡眠研究が認知症の新たな予防や治療に大切な要素であることを実感した講演は、以下の決意とともに締めくくられました。

「レム睡眠との関連が示唆される現象や疾患について役割を解明し、新たな治療法開発に貢献していきます」。

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