チーズやビールで認知症予防に有効な可能性のある成分を発見?~キリンの挑戦

2017年4月12日

良薬は口に苦し!?―。キリン株式会社の健康技術研究所(近藤恵二所長)は東京大学などと共同で、2016年12月の第35回日本認知症学会学術集会で、ビールの苦み成分であるイソα酸にアルツハイマー病の進行を抑制する可能性があると発表しました。

多くの人がたしなむビールやノンアルコールビールテイスト飲料に含まれる成分の認知症予防に関するメカニズムを解明した、という報告は世界で初めてのもので、大きな注目が集まっています。そこで今回は同研究所の阿野泰久研究員に、ホップに先がけて行われたカマンベールの研究も併せて、詳しくお話をお聞きしました。(聞き手:吉岡名保恵)

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認知症ねっと編集部
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カマンベールチーズの白カビに注目

キリングループ内の健康領域で、革新的な価値を創出する機能性商品開発を進めている健康技術研究所。さまざまな食を通じた健康増進に取り組む中で、近年、大きく解明が進んでいる脳科学領域の研究にも力を入れています。中でも急速な高齢化に伴い、世界中で重大な社会課題になっている認知症を食生活で予防できないか、研究が進められてきました。

認知症は、発症する約15年前から脳内に老廃物が蓄積し始めることが要因だと言われています。そのため同研究所では何らかの飲食品の摂取を通じて、毎日の食生活から無理なく脳機能低下を予防することに、大きな社会的意義を感じたそうです。

「認知症は一度発症すると十分な治療法がありません。そのため日々の生活の中で予防する方法はないか、人々の関心が集まっています」。

阿野研究員の説明によると、脳内では日々、加齢によってアミロイドβ(ベータ)などの老廃物が蓄積されていますが、通常はミクログリアと呼ばれる脳内唯一の免疫細胞が“お掃除”してくれています。しかし老廃物の量が増えると、除去しきれなくなって脳に沈着し、神経細胞の情報伝達を阻害。またミクログリアも老廃物を食べ過ぎると暴走し、炎症を引き起こすと言います。

正常時と認知機能低下時のミクログリア

そこで同研究所ではミクログリアの老廃物除去を活性化しつつも、炎症状態を抑制する有効成分を見つけようと焦点を定めました。まず着目したのが発酵乳製品。これは「発酵乳製品を摂取する習慣のある人は老後の認知機能が高い」という疫学調査があるものの、認知症予防につながるメカニズムや有効成分が何かについては解明されていなかったためです。

ミクログリアの働き


発酵乳製品は色々ありますが、阿野研究員らは嗜好品の趣が強く、これまで健康に良いとされる研究報告があまりなかったチーズに注目。フレッシュや白カビ、青カビ、ハードなどチーズの種類ごとに、ミクログリアの過剰な反応を抑制する作用があるかどうか調べたところ、特にカビで発酵させたカマンベールやブルーチーズで良い結果が得られた、と言います。

これはカビによる発酵過程で、何らかの有効成分が生じている可能性を示していました。そこでブルーチーズより、日本人にとっては親しみのあるカマンベールチーズを使い、グループ会社の小岩井乳業社や、東京大学大学院農学生命科学研究科との共同研究がスタートしたのです。

その結果、カマンベールチーズの摂取がアルツハイマー病予防に効果がある可能性を、東京大学にてモデルマウスを使った実験で確認。「ヒトに換算すると、一日20 g程度のカマンベールチーズの摂取で脳内の老廃物の沈着、また炎症状態が抑制されることが分かりました」。

さらに白カビの発酵で生じるオレイン酸アミドと、デヒドロエルゴステロールがミクログリアを活性化し、炎症を抑制する有効成分であることを突き止めたのです。

阿野研究員は「これらの有効成分が発酵製品の中に含まれているというのはあまり知られていませんでした」と話し、さらに評価を進めながら、発酵食品に含まれるさらなる有効成分の探索や、より効果が期待できる製品の研究開発に取り組んでいます。

ノンアルコールビールでも効果が期待できる

カマンベールチーズに続いて同研究所が着目したのは、適量の酒類を摂取している人は老後の認知機能が高い、という報告でした。「酒類の中でも赤ワインについてはさまざまな研究報告が出ていますが、ビールが健康に良いというイメージは一般的にあまりなく、研究開発も進んでいませんでした。そのためビールに含まれる成分からから何か有効成分を見つけ出せないかと考え、原料のホップに着目しました」

華やかな香りやさわやかな苦みを付与する目的でビールの原料に使われ、古くから薬用植物としても知られているホップ。同研究所は2016年、東京大学と学習院大学との共同研究によって、ビールの醸造工程で生じるホップ由来の「イソα酸」に、免疫細胞ミクログリアの活性化や脳内の炎症抑制効果があることを発見しました。

これは前述のカマンベールの研究により、東京大学にてモデル動物を使った実験技術が確立できたため、早期に評価が進められたと言います。

さらに2016年3月には内閣府の革新的研究開発推進プログラムImPACTに採択され、イソα酸の摂取によるヒトの脳活動への作用を検証しました。具体的には50代から70代の男女25人にグラス1杯分程度のイソα酸を含むノンアルコール飲料を1日1回、4週間にわたって摂取してもらい、脳活動の変化をfMRIで測定したそうです。

阿野研究員は「今回の検証は予備的なものでありますが、無理のないイソα酸の摂取で脳活動改善の可能性が示唆されました」と話し、今後はより長期的な摂取で効果が見られるか、確認していきたい、とのこと。

イソα酸摂取によるヒトの脳活動への作用

日本認知症学会での発表後、マスコミで取り上げられることも増えましたが、やはり気になるのは、イソα酸を効果的に取るにはどうすれば良いか、というところです。

阿野研究員に聞くと「イソα酸の量は商品によって違いますが、350 mLのビールやノンアルコールビールテイスト飲料1缶あたり10 ㎎程度が含まれています。たくさんホップを利用しているクラフトビールは総じて含有量が高くなっていますし、特にインディアンペールエース(IPA)には多く含まれます」と教えてくれました。

一方でやはり飲みすぎには注意が必要で「ノンアルコールビールでも同様の効果は期待できます。アルコールを控えた方が良い高齢者などは、ノンアルコールビールで摂取することも良いと思います」とのことでした。

ビールとカマンベールチーズなど食品の食べ合わせなどで、認知症予防をより効果的に取り組めないか、という点にも期待が高まります。「認知症の予防はダイエットのように効果が短期間で分かるものではなく、10年、20年と長いスパンでの取り組みが必要になってきます。そのため何かを無理に我慢するのではなく、無理なく続けられることが大切。身近な飲食品で予防に取り組む意義は大きいと考えています」。

今後の課題は、ヒトへの効果をしっかり確認し、結果を公表できるようにすることだという阿野研究員。サプリメントを出してほしいという要望もあるそうですが、同研究所ではしっかりと科学的なエビデンス(根拠)をそろえ、価値のあるものだと判断できれば検討したい、という話でした。


▼外部リンク
研究・技術開発レポート「カマンベールチーズから、アルツハイマー病予防に有効な成分を発見」
報道発表「ホップ由来のビール苦味成分であるイソα酸のアルツハイマー病予防に関する作用機序を解明~世界で初めてビール苦味成分の予防効果を確認~」


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