山口先生コラム「やさしい家族信託」第1回:大変、お母さんが認知症?! 自分のお金がおろせない! うちは大丈夫?認知症による資産凍結のリスク
司法書士事務所ともえみ 代表司法書士 山口先生コラム「やさしい家族信託」
厚生労働省によれば、2025年には認知症患者が700万⼈になると⾔われています。認知症になると資産は凍結され、⾃分や家族のために財産を動かすことができなくなります。
本コラムでは、「職業後見人」として高齢者の方の財産を管理し、また、自身の両親の「家族信託受託者」としても活動する高齢者支援専門の司法書士である山口良里子先生が、認知症から⼤切な資産を守るために注⽬される「家族信託」についてわかりやすく解説します。
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2018年8月「認知症患者の凍結資産200兆円」ショッキングな見出しが新聞を賑わせ驚かれた方も多いかもしれません。認知症発症により「塩漬け」とされる高齢者の金融資産額は年々上昇しており、2030年時点で215兆円に達するとの試算が発表されたのです。
弊所でも「親がハンコや通帳をなくしてしまいお金をおろせなくなった。」や「親のお金をおろしにいったところ、本人でないとおろせないと言われた。」など、親のお金がおろせなくなり困っているという相談が増えています。
認知症になると資産が凍結するってホント?
認知症になったからといって、直ちに「資産が凍結される」ということはありません。「認知症」とは、「脳の病気などによって認知機能が低下してさまざまな症状が表れ、生活に支障が出ている状態」のこと。その症状はひとつではなく、「もの忘れがひどい(記憶障害)」「今日が何日かわからない(見当識障害)」などがあり、その程度も、症状の出方も様々です。認知症と診断されたとしても、周りの方のサポートによって、今まで通りの生活をされている方もたくさんいらっしゃるのです。
お金の管理についても、例えば、お母様を銀行まで連れて行ってあげたり、キャッシュカードを預かってお金をおろしてきてあげたり、ご家族や信頼できるサポーターの方の支援を受けながら、今まで通りの暮らしをされている場合も多いです。
財産には「名義」があり、本人名義の財産は本人しか使えない
しかし、財産には「名義」があり、本人名義の財産は本人しか使えないのが原則です。日常のお買い物程度であれば、前述のようなサポート体制でなんとかなるかもしれませんが、大口の取引の場合そうはいきません。定期預金を解約したり、株や投資信託を売却したりする場合、銀行や証券会社の担当者は、「本人の意思を確認したい」と言ってきます。この時、本人の判断能力が低下しており、「意思確認」ができないとなると、たとえご家族がいても、前々から財産の管理や処分について頼まれていたとしても、お金が出せなくなってしまうのです。
これは、高齢者を狙った様々な詐欺が横行する現代において、金融機関が水際で被害を防いでくれるというプラスの側面もあります。他方、本人の本人らしい生活をサポートしていた家族からすると「本人のお金が、本人のために使えない!」という大事件になってしまうのです。
【判断能力の低下によってできなくなるお金の管理に関すること】
・銀行でのお金の引き出し、支払いや振込、定期預金の解約
・株や投資信託、外貨預金の売却や換金
・不動産の売却、修繕、リフォーム、賃貸、管理
・介護や医療、施設の費用などの支払い
認知症による資産凍結を予防する「家族信託」
そこで、近年注目されているのが「家族信託」という制度です。
「家族信託 」とは、親(委託者という)が、子どもなどの信頼できる家族・親族(受託者という)に、不動産や預貯金などの財産の管理を任せる契約のことで、「民事信託」ともいわれます。親(委託者)が決めた目的に沿って、子ども(受託者)が、信託された財産を管理・処分し、親(受益者という)のために使用します。親が元気なうちから準備しておくことで、認知症で判断能力が低下しても、財産が凍結することなく親のために使うことができると、利用される方が増えています。
「家族信託」の仕組みとメリット
これまで信託は、金融庁の認可を得た信託銀行や信託会社などの法人だけに許されていました。この「商事信託」に対して、2006年に信託法が改正され、「家族信託」が広く一般の方にも利用できるようになりました。 「家族信託」とは、文字通り「家族を信じて財産を託す」ことで、自分らしい高齢期の暮らしを実現する制度です。「家族を信じ、支え合い」介護される人もする人も、みんなが安心して毎日を過ごすことができる、新しい仕組みと言えます。
ここで、代表的な家族信託の事例をみてみましょう。
【家族信託契約の例】
≪信託契約の内容≫
委託者(財産を託する人):お母さん
受託者(財産を託される人):長女 A子さん
受益者(信託の利益を得る人):お母さん
信託財産(預ける財産):①自宅 ②預貯金1000万円
信託の目的:①お母さんの安心な老後の生活を実現すること ②円満な相続
受託者の権限:お母さんの生活費の支払い、不動産の管理・修繕・賃貸・売却
信託終了時:お母さんが他界したら終了する
:残った財産があれば、子どもたちで平等に分ける
≪メリット≫
①お母さんが元気なうちから、誰に何をどう託すのか決めることができる
②お母さんが認知症になった後も、資産は凍結せず、長女が契約内容に従って財産管理をすることができる
③お母さんが施設へ入居して、実家が空き家になった場合、長女が実家を売却して介護費用に充てることができる
④長女はお母さんの資産を預かっているだけなので、贈与税がかかることはない
⑤お母さんから信託された財産と、長女の個人の財産は「分別して」管理ができるため、お母さんや他の兄弟へ管理状況の説明がしやすい
⑧信託財産の信託終了時(お母さんが他界した時)の扱いについてまで、契約で定めておけるため、お母さんが他界した時に資産が凍結して葬儀費用がだせずに困ったということがない
親の認知症が気になり始めたら「家族信託」を検討しよう
以上のとおり、お母さんが認知症になる前に、長女と家族信託契約をしておことで、お母さんが認知症になった後も、財産が凍結することなく、お母さんのために使うことができます。これまで、「万が一、お母さんが認知症になってお金が下ろせなくなったらどうしよう・・・」「私に介護の費用が払えるかしら・・・」「後見人を付けないといけなくなったらどうしよう・・・」など、漠然とした不安を抱えていた方にとっては、朗報といえるでしょう。 「家族信託」は、それぞれの家族の実情に合わせて柔軟に設計ができる「財産管理」の制度です。本コラムでは、今回からシリーズで、「やさしい家族信託」の具体的な使い方から注意点まで、事例を交えて、分かりやすくお伝えします。
親の認知症が気になり始めたら、まずは「家族信託」を検討してみましょう。
1. 出典 第一生命経済研究所「認知症患者の金融資産200兆円の未来~2030年度には個人金融資産の1割に達すると資産~2018年8月28日」
2. 「家族信託」とは、一般社団法人家族信託普及協会の登録商標です。本コラムの著者は、一般社団法人家族信託普及協会の認定家族信託専門士です。
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