映画『話す犬を、放す』公開間近!熊谷まどか監督と樋口直美さん対談
売れない女優・レイコと、レビー小体型認知症を発症した母・ユキエが織りなすハートフルコメディ映画『話す犬を、放す』が、いよいよ3月11日に有楽町スバル座ほか全国で順次、ロードショーされます。
母親がレビー小体型認知症と診断された熊谷まどか監督の体験や想いが込められた作品ですが、映画化にあたって参考にしたのが、レビー小体病の当事者である樋口直美さんの著書『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』だったそうです。
このたび、熊谷監督の強い願いから、樋口さんとの対談が実現。映画の内容やレビー小体型認知症について話が弾んだ対談の様子をご紹介します。
母が映画を撮らせてくれた
熊谷まどか監督(以下「熊谷」) :母の症状が進んできたころ、インターネットで色々と病気のことを調べている中で樋口さんの著書を知って。予約をして買いました。
樋口直美さん(以下「樋口」):ちょうど本が出るタイミングだったんですね。
熊谷:母は高齢なので、幻視の見え方とか、そのときの気持ちを簡単な言葉でしか言い表せないんです。母の話だけを聞いているとよく分からないことが多かったのですが、樋口さんの客観的に書かれている文章を読んで、幻視が見えるときの様子などが想像しやすくなりました。
樋口:ありがとうございます。
熊谷:最初は「認知症」と診断が付いてしまうことに抵抗があったんですが、よくよく母を見ていると、一般的な認知症のイメージと違う感じがしたんです。樋口さんの本でも、母と同じような様子が書かれていて、「そうそう、そうなんだよね」という気持ちが大きくなりました。
樋口:映画の中でも、ユキエさんって認知症に見えないですよね。
熊谷:私は母がレビー小体型認知症になってから、母の中にあった“核”の部分の性格が見えてきた気がして。ああ、こんな人だったんだな、と思うことが増えました。
樋口:介護しているご家族の方から同じような話をよく伺います。そういった部分をこの映画で前面に出されているのは素晴らしいなと思いました。一般的には介護のつらい部分ばかりがクローズアップされるので。
熊谷:介護で実際に大変な思いをしている方からは、映画の内容を「甘い」と言われることもあるでしょう。でも実感として、今までずっと母に素直な感情を出せなかった私が、病気によって母を愛おしく感じられるようになったのは確か。この、今の段階での気持ちを切り取って脚本に書きました。だから母がこの映画を撮らせてくれた、と思っています。
幻視はちょっとした“誤作動”で特別なものではない
樋口:映画では、ユキエさんも割とスッと症状を受け入れているし、レイコさんも、そんなに深刻に捉えていないように見えました。ユキエさんから幻視の話を聞いて、レイコさんが「私も見たい」ってゲラゲラ笑っていたのが素晴らしいなと。 逆にもし家族が「人がいるなんて変なことを言わないでよ」みたいに毎日、怒鳴っていたら、ストレスでどんどん悪化してしまう。周囲の人の接し方でものすごく変わるんですよ。
熊谷:本当にそうですね。でも実際、家族がすべてを受け入れるのって難しい。私はたまたま映画を作る、という、何もないところから物をつくるような仕事をしているから、幻視に対して“変なもの”という意識はなくて、「何が見えるんだろう、私も見てみたいな」ってすごく思いました。私がそう笑うものですから、母も深刻にならずに症状を受け止めてくれたみたいです。
樋口:幻視って本当に誤解されていて、頭がおかしいから、精神状態が異常だから見える、って言われるんです。でも幻視は、正常な精神状態で、本物にしか見えない物が見える、というだけ。虫などは、パッと消えて初めてそれが幻視だった、と分かるんですが、この感覚を理解してもらうのは難しいですね。
熊谷:見間違えをする、って誰でもよくあるじゃないですか。それなのに、錯視や幻視を特異なこととして捉えすぎなのかもしれませんね。
樋口:私は(幻視などの症状を)“脳の誤作動”って呼んでいます。
熊谷:そうそう、そうですよね。
樋口:健康な人でも山で遭難して、飲まず食わずでいると幻視や幻聴があらわれるそうです。だから誰の脳にも幻視を見る仕組みはあって、そんなに特殊ではないはず。この病気は、思考力や記憶力がしっかりしている方が多いのに、幻視のせいで「ああ、また馬鹿なことを言っている」みたいに見下されてしまうのが残念です。
熊谷:逆に大昔なら、特殊な能力として崇められた時代もあったんじゃないでしょうか。
樋口:神様の使い、みたいな。とにかく今、私は幻視が特別なものではない、ということを一生懸命、色々なところで言うようにしています。歩ける人、車いすの人、松葉杖の人、など色々な人がいるように、幻視が見える人、幻聴が聞こえる人もいるんだ、と普通に思ってもらえれば、レビー小体型認知症と診断されても生きやすくなるし、問題も起こりにくくなるはずです。
熊谷:全くそう思います。認知症は先入観が強すぎて、診断されることへの恐怖心もあるから、ほとんどの人はなかなか病院にかからない。その間に病状が進んでしまう、ということも実際にあると思うので、「もしかしたら…」という段階ですぐに病院へ行けば、ひどくならない状態をキープできるかもしれないですよね。
樋口:認知症イコール記憶障害、もしくはアルツハイマー病、みたいな固定観念があります。また、認知症になったらもう手が付けられない!といった誤ったイメージがみなさんの頭にバシッと入っちゃっているんですよね。その認識を崩していくのはとても大変です。
熊谷:大変ですけれど、そこが一番肝心ですよね。認知症だからって、あまり怖がり過ぎない。むしろ「ちゃんと知る」ということがすごく必要なんだろうな、と思いますね。
樋口:レビー小体型認知症の場合は症状が多彩なので、家族でも分かりにくいんです。人によって違うんですが、「えっ、そんな症状があるの?」みたいなことも多くて。一通りの症状を頭に入れておかないと、何か気になる症状が出るたびに別の診療科にかかったりします。医者でも、家族でも、レビー小体型認知症が薬の副作用が出やすくなる、ということを知らないことも多いので、どんどん薬を飲ませて症状を悪くさせてしまう。薬については、映画の中でユキエさんが風邪薬の副作用でせん妄を起こすシーンがちゃんと描かれていましたね。
熊谷:私の母も、家族旅行に行く前、眠れないからと飲んだ睡眠導入剤の影響で、旅先でずっともうろうとしていたそうです。旅行中、私のことも分からなくなっていたみたいで、「“偽物のまどかちゃん”と旅行していた」と言うんですね。母が喜ぶだろうと思って連れて行った場所のことも全く覚えていませんでした。後から、旅行の前に薬を飲んだと聞いて、その影響だったんだなと思いました。
樋口:やっぱり監督ご自身が実際に体験されているので、見ていてすべてのエピソード、セリフがすごくリアルだなと思いました。。最初、ユキエさんが何度もレイコさんに電話してくるシーンとか、一つ一つがすべて「ある、ある」ということばかりです。
熊谷:そう言っていただけると安心しました。
母と娘の関係に共感
樋口:映画に出てくる登場人物では、レイコさん、ユキエさん親子のほか、映画監督の女性、それぞれに共感しました。子育て中の映画監督さんは、まるでかつての自分を見ているようです。映画監督さんが、ベビーカーから子供を下ろすと後ろにぶら下げた荷物の重みでベビーカーがひっくり返ってしまうシーン。私も同じでした。常にバタバタでしたね。3人ともひたむきで、一生懸命なのにどこかうまくいかなくて、格好良くはいかない。でも映画は、そういう人たちに対するエールになっているし、「それでいいんだよ」と温かく包み込むまなざしがありました。
熊谷:母は私が映画を撮っていることを、無邪気に応援するんですよね。それがうっとうしかったり、プレッシャーだったりするんですけれど、そんな複雑な気持ちをそのままユキエさんとレイコさんの関係で表現しました。
樋口:ユキエさんが娘のレイコさんに「あなたの生き方を見ていて楽しかった、ワクワクした」みたいに言うセリフがあるじゃないですか。あれ、私、同じことを母から言われたことがあって。私はお金になる・ならない、じゃなくて、好きなことだけに突き進んできたんですけど、うまくいかなくて迷っているようなときに母から「あなたの生き方を見ていると楽しい」、「これから何やるんだろう、と思うとワクワクする」と言われたことがあって。それを思い出したら泣けてきました。
熊谷:うわ、なんか涙が出てきました。私は母から直接、言われたことはありませんが、多分、そう思ってくれているんだろうな、って素直に思えるようになりました。それまでは母親って面倒くさい、と思う気持ちが強かったんですが。
樋口:映画で二人が料理をしているシーンで、ユキエさんがレイコさんの手元を見て、しみじみと「上手だな、と思って」と言いますよね。あれも私、同じ経験があります。
熊谷:昔は母の料理を魔法のように見ていたのに、今は逆に、私が何気なくやっていることを、母から「すごいねえ」って言われるんですよね。母と娘にはそういうときがあるのかもしれません。
樋口:若いときは母の嫌だったことばかり思っていたんですけれど、この年になると温かい記憶しか思い出さなくて。母が段々美化されていきます。(笑)
熊谷:映画の中で、レイコさんがユキエさんに「ありがとうね」って言うじゃないですか。あれは、私が母に直接言えないので、代わりに言ってもらおうと思って、自分の理想形を書きました。
樋口:理想形といえば、映画に出てくる病院の先生も素晴らしかったです。大事な情報をちゃんと伝えて、そのうえで「一喜一憂しないで」とか、とても良いアドバイスを伝えていました。
熊谷:今、診ていただいている病院の先生が、ちゃんと母の顔を見て「(幻視も)まあ、悪さしなければいいんじゃないですか」ぐらいに言ってくれるんです。
樋口:実際は本人の顔も見ずに「認知症ですからね、悪くなる一方ですよ」とか「良くなることはありませんよ」とか言う先生もいるんです。レビー小体型認知症って波が大きいので、症状がどっと出る時もあれば、良い状態の時もあります。だから、映画に出てくる先生みたいに、「まあ、色々ありますから一喜一憂しないで」って言われたら、本人も家族もずいぶん気持ちが楽になると思います。
熊谷:インターネットなどで調べて出てくる情報って、ネガティブな話が多いですよね。実際にはそうじゃない、ってことを、もう少し知る機会が増えればいいなって思うんですよね。
樋口:そのためにもこの映画を、ぜひ、みなさんに見て頂きたいと思います。この病気のご本人やご家族にも役立つし、明るく前向きな気持ちになれる映画です。
熊谷:ありがとうございます。母との体験のおかげでこの映画を作れて、その結果として、レビー小体型認知症という名前を一人でも多くの人に知ってもらえるきっかけになればうれしいです。
熊谷まどか(くまがい・まどか)
大阪府出身。同志社大学卒業。CM制作会社に3年間勤務後、様々な職業に就く。2004年 自主映画製作を開始。2006年 『はっこう』 が、ぴあフィルムフェスティバル2006グランプリ/ゆうばり国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞など受賞。2008年 文化庁「若手映画作家育成プロジェクト」に選抜され35㎜作品『嘘つき女の明けない夜明け』を製作。2013年 『世の中はざらざらしている』がSKIPシティDシネマ映画祭/ソウル国際女性映画祭 などに入選。2016年初長編『話す犬を、放す』を製作。2017年劇場公開予定。
樋口直美(ひぐち・なおみ)
1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。2015年『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』(ブックマン社)を出版。日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞受賞。現在も幻視、時間や空間の認知機能障害・嗅覚障害・自律神経障害など様々な症状があるが、レビー小体病当事者として認知症医療とケアへの提言を続けている。『ヨミドクター』(読売新聞サイト)『かんかん!』(医学書院サイト)にコラムを連載中。「VR認知症 レビー小体病幻視版」制作に協力。
樋口直美公式サイト
▼外部リンク
「話す犬を、放す」オフィシャルサイト
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