介護が虐待にならないために
高齢者虐待についての報道を目にしても、介護が現実のものでない限り、自分ごととして捉えるのは難しいかもしれません。しかし、介護は誰にでも訪れる可能性があります。現実として向き合った時に、正しい知識や心の準備がないと、虐待という形でストレスが噴出することもあり得るのです。
このページでは、高齢者虐待についての解説のほか、虐待にならないために気をつけたいことなどについて説明します。
- この記事の目次
高齢者虐待の実態
増える養護者による虐待
厚生労働省の調査によると、家庭内での高齢者虐待は増加傾向にあります。2015年の例を見てみると、全国での相談件数が26,688 件、そのうち虐待と判断された件数は15,976件となっており、過去10年間少しずつ増え続けているのが現状です。
※出典:平成27年度高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果
虐待の内容
大きな割合を占める身体的虐待をはじめとする、5つの虐待について説明します。
身体的虐待
暴力や身体拘束、何かを強制することが身体的虐待です。認知症の症状が悪化するほど増加の傾向にあります。
※出典:平成26年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果
心理的虐待
言葉の暴力や威嚇的な態度、無視、嘲笑など、相手を傷つける態度や言葉が心理的虐待に当たります。身体的虐待に次いで件数が多い虐待です。
介護等放棄
食事や入浴などの世話を怠ったり、必要な支援や用具を使うことを怠り、介護される側の状況を心身ともに悪化させることです。
経済的虐待
通帳や現金を取り上げたり、本人の財産を不正に使うことのほか、必要な金銭を与えないことも経済的虐待です。認知症では本人の記憶力や判断力が低下するため、起こりやすい虐待です。
性的虐待
わいせつ行為のほか、服を着せずに裸にさせておくなども性的虐待に当たります。虐待に発展しやすい要因とは?
在宅介護における虐待の原因として、一番多くの割合を占めるのは、「虐待者の介護疲れ・介護ストレス」という結果になっています。認知症介護におけるその背景を見てみましょう。
家族の思い
落胆から苛立ちに
虐待は突然起こるわけではなく、環境や気持ちの変化を経るものです。
頼りにしていた親や配偶者が認知症を患った時、家族としてその変化を受け入れがたく、「なぜこんなことに」「情けない」といった落胆の気持ちが出る場合も多いでしょう。
本人にできないことが増えていく中で、一生懸命介護をしていても報われない「苛立ち」が生じ、その後介護に対する無力感から暴力に発展する場面も多いようです。
被害妄想的な気持ちに
認知症によってできないことが重なると「なぜこんなこともできないのか」「言うことを聞いてくれない」といった思いが生まれてしまうのは、病気によるものとわかっていても仕方のないことかもしれません。それが続いてしまうと「自分を困らせるためにやっている」と言う気持ちが生まれることがあり、そこから無理強いや暴力へと発展する場合があります。
家族が他人になってしまうやるせなさ
相手を想っており罹患前の関係が良好であっても、認知症によって虐待に発展することもあります。今井先生のコラムでは虐待について実例を挙げて考察しており、ある女性が夫に暴力を振るう背景について以下のように記しています。
房子さんの虐待の要因は、介護疲れ・ストレスといった一言でかたづけられるものではありません。家族の虐待の裏には、虐待者のさまざまな思いが秘められています。「誰も私の思いをわかってくれない。聖人君子のように上から目線で“こんなことしてはいけません。虐待ですよ”と言われても、わかっているし、それを止められない私もいるのです。また、介護ストレスの発散のために虐待をしている、と思っている人もいました。私にとって夫の介護はストレスではありません。私に向いてくれない夫の介護がストレスなのです。」
ここに、家族の虐待の大きな要因が秘められています。家族と専門職とでは、介護の意味が根底から異なります。専門職は、どんな認知症の人でもその人に適した生活支援を提供する必要がありますが、家族には、その人が唯一の人であって、その人のためのお世話なのです。その大切な人が、その人でなくなったとしたら、そこに世話をする意義や目的を失ってしまいます。
しかし、周囲は、その心情を理解してくれません。なんといっても親だから、配偶者だからと言って、介護の継続を強要します。特に、医師や介護職などの専門家の言葉は重く、介護者にとっては大変暴力的な言葉にもなりかねません。その言葉に逃げ場を失った家族は、自制を失い、暴力行為に出る心情は察します。
ユッキー先生の認知症コラム 第32回 尊厳を支えるケア~家族による虐待とは~より
知識・理解の不足
認知症は脳の機能が障害される病気であり、できないことやわからないことが徐々に増えていきます。これは本人にはどうすることもできないことを理解しましょう。
認知症の症状は一進一退を繰り返しながら悪化していくため、ある日はできても翌日はできないと言うパターンもあります。そのような状況のため、頭では理解していても、感情的に受け入れられないケースも多くあります。
虐待を防ぐために
「怒らない」「否定しない」介護でやりやすい環境を
「怒らない」「否定しない」の原則を見たり読んだりする機会は多いかと思いますが、介護の日々にはイライラする場面も多く、実践するのが難しいこともあるでしょう。
認知症の方の場合、怒られたことを忘れてしまったり、理解できないことが多いですが、怒られたことや否定されたこと自体はネガティブな印象として残ります。そうすると介護者との信頼関係が崩れ、介護を嫌がることや、スムーズに世話できない状況が生まれる可能性があります。
スムーズな介護を行うためにも、介護者側はストレス解消の手段を用意し、「怒らない」「否定」しない介護を心がけましょう。
家族で協力する体制を作る
家庭で介護を行う場合、誰か1人に任せきりにせず、家族で協力できる体制を作りましょう。その際、誰でも同じ対応ができるよう、情報を共有することが大切です。対応する人によってケアの方法が違うと、本人も混乱してしまいます。また、家族内だけでなく、訪問看護師やヘルパーも対応の統一を図りましょう。
介護者の負担を減らす
制度を利用する
自宅での介護は休暇がありませんが、デイサービスやショートステイなどを利用して自分の時間を作ることが大切です。ケアマネジャーに相談しながら、上手く制度を利用して、負担を減らしましょう。介護者の身体的・精神的・社会的安定を図ることが介護を続けていくためには重要です。
1人で抱え込まずに相談する
認知症の方の介護は、仕事として割り切ることができるプロでも難しいもの。ましてや家族であれば、様々な思いもあるため、ますます難しいことでしょう。思いつめてうつや虐待に発展する前に、外部に相談するようにしましょう。
周囲が気づいた時には専門機関に相談する
家庭内だけでなく、周囲の人が虐待の兆候を感じた時に、相談できる窓口があります。他の家庭のことであったり、他人であったりする場合、相談をためらうこともあるかと思いますが、早めに相談をすることで虐待を防ぐことにも繋がります。
地域包括支援センターの他、以下のような公的窓口が用意されています。
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