映画「八重子のハミング」スペシャルインタビュー③：高橋洋子さん

4度のがん手術から生還した夫がアルツハイマー病の妻に贈る、31文字のラブレター。

自らがんと闘いアルツハイマーの妻を介護する夫。
迫り来る死の影を見据えつつ、残された日々を共に歩む姿から、闘病、介護、そして夫婦愛を浮き彫りにし、著者である夫が詠んだ短歌とともに綴る。山口県・萩市を舞台に描く、夫婦の純愛と家族の愛情に溢れた物語。

認知症は、人によって症状が異なり、環境によってケアの在り方が変わります。
この映画では、12年という時間軸で認知症と向き合う夫婦を描きます。

認知症ねっとでは「八重子のハミング」公開特別企画として、
制作チームへのインタビューを不定期連載します。
第3回目の今回は、28年ぶりの映画復帰となる女優、高橋洋子さんにお話を伺いました。

印象に残った萩のロケーションシーン

―――撮影における印象深いエピソードを教えて下さい。

誠吾と八重子が、飛行機の見える公園でお昼ご飯を食べるシーンがあるんですが、「ほら母さん、大好きな飛行機じゃよ」と、升毅さん演じる誠吾が八重子に優しく語りかけるところが印象に残っていますね。ちょうど陽も差してきて、いい景色だったんですよ。ただその時は本当に飛行機を見てしまうと、いかにも〝しっかりと見ている〟ように映ってしまうので、実際には飛行機を見ずに顔の前でポンポンと手を叩くようにだけしたんですね。

あと藍場川のほとりを誠吾さんと手を繋いで歩くシーンでは、升さんと「どっちの手がいい？」なんて話しながら、一生懸命に升さんの手をとって、誠吾も八重子のゆっくりとした歩みに合わせてくれたりして…。そんな萩のロケーションのシーンが印象に残っていて好きなところですね。

誰かのために何かをして〝ありがとう〟と言われる喜び

―――八重子のハミングでは「認知症」が重要なテーマのうちの一つですが、高橋さんご自身の人生と、映画のストーリーが重なる部分はありましたか？

この作品には〝介護は優しさ〟というテーマ性もありますが、実は私も、少し認知症の進んだ叔母を介護していた事があるんです。

ある時、私の留守中に、執筆していた原稿を叔母が消してしまった事があったんですね。すごくびっくりして、思わず叱ってしまったんですが、その時の叔母の様子が今でも忘れられません。まるで子犬のように怯えていて…。大事な原稿だったので、出かける前に「これは大事なものだから」と伝えたので余計にいじってしまったのかなとも思います。〝叱られる〟という事が、私が考える以上に〝怖い事〟に感じるんだなと、その時思いました。この映画に出演して、そんな叔母とのままならない暮らしを思い出す機会が増えましたね。

介護の実際は、思い通りにならない事だらけで本当に大変でした…。ある時、叔母が、昔、計算が得意だった事を思い出して、小学生用の簡単なドリルを渡した事があったんです。そうしたらスラスラ解けて、なんと１００点だったんですよ！それを褒めたら凄く嬉しそうに笑ったのを覚えています。

それからは、何かできる事を見つけて一緒にやってみるという事をしていましたね。夏目漱石の「草枕」の冒頭部分を一緒に朗読したりして…。根気のいる作業ですが、叔母が笑ってくれる事が自分の喜びになって返ってくるというか〝尽くす喜び〟というものを感じました。

誰かのために何かをして〝ありがとう〟って言われる事が嬉しかったんです。だから映画の中のこの夫婦は幸せだったんじゃないかなと思っています。思い出のある二人が手を取り合って、感謝し合って最期を過ごせるなんて…。八重子さんは〝やわらかい死〟を迎えられたんじゃないかと思えました。

優しい時間を感じてほしい

――――映画の見どころなど、これから「八重子のハミング」を観る方に一言お願いします。

今は〝優しさ〟よりも、人間が喧嘩したり、騙したり、反発し合う方が刺激的で、そういう作品も多いかと思います。ただ、もう一度原点に帰ってみて、この映画の中に出てくる夫婦や家族のように、〝支え合い触れ合う〟っていう事をしてみてもいいんじゃないかなって思います。

中高年になっても手を繋ぐって、とてもいいんですって。優しく手をとって歩いたり、背中をさすってあげるって、何か通じるものがあると思うんですよ。私自身、そういう時間というのは、実はとても貴重なんだなと思いました。この間、旦那さんに「手をつないで」って言ってみたら、すごく照れて笑っていましたが(笑)。

映画を観てくださる皆さんにも、優しい時間を感じて頂ければ嬉しいなと思います。

「八重子のハミング」は山口県で10月29日より先行公開。17年に全国で順次公開予定。

▼外部リンク
・「八重子のハミング」公式サイト
・公開スケジュール