【山村基毅さん連載コラム(第1回)】鉄道事故の判決から考える認知症ケア
先ごろ、ある最高裁判決がテレビや新聞を賑わした。2007年に、認知症の男性が引き起こした事故に対する損害賠償裁判である。
当時91歳の認知症男性が徘徊の末に列車にはねられて死亡。JR東海が「事故により列車が遅れた」と、この男性の妻(93歳)と長男(65歳)に損害賠償として約720万円を求めたのだ。
一審二審とも家族に「監督義務あり」とされたが、今回の判決は「同居者だからといって必ずしも監督義務があるわけではない」と、原告側の請求を棄却。家族側の勝訴となったのである。
この判決が大々的に取り上げられた背景には、認知症に対する、人々の関心があったからだろう。そう、誰もが「私にも起こりうる」と感じているのである。
私が1月に上梓した『認知症とともに生きる』は、奈良県にある精神科病院「ハートランドしぎさん」が20年以上に渡って取り組んできた「認知症医療」を見つめ直し、解き明かしていったものである。
認知症の親を在宅で世話することができなくなった。とはいえ、老人福祉施設にはなかなか入所できない。いったい、自分たちはどうしたらいいのか……そのような叫びが、至るところで聞かれるのは事実である。あたかも、先にインターネット上を賑わした保育園問題と同じだ。
介護に携わる者の多くが中高年の域に達しているため、なかなかネットでの発信には結びついていないが、いずれ声高に語られるはずである。
ハートランドしぎさんは、認知症が「痴呆症」と呼ばれていた時代から、すでに医療としてのアプローチをはじめていた。県指定の老人性痴呆疾患センターを開設し、地域の認知症の人たちへの診療を行なってきたのだ。
その延長線上に、いまの認知症疾患医療センターがあり、そして認知症の人だけでなく家族へのケアも含めて、最善の方法は何かを模索しているのである。
認知症への対応だけでなく、高齢者の多くが抱えるがんや糖尿病など合併症の治療、綿密な食事療法、さらにはリハビリやデイケアにおけるリクリエーションに至るまで、総合的に認知症の人を診ていこうとしているのである。
それは、けっしてたやすいことではない。看護師をはじめとするスタッフの充実、医師との連携、施設の完備や、さらには病院経営まで関わってくるのである。
在宅か施設か、という二者択一ではなく、そこに精神科病院という足場も用意しておく。それも決して固定化したものではなく、症状の変化に合わせて在宅や施設、病院を選び、最適の状態を保つよう努める。
実際に、この病院に親を入院させている家族の方々の話も聞いた。誰もが病院との密接なつながりを感じており、ここに「救われた」と感じていたのである。
冒頭で述べた最高裁判決は、実は手放しで喜べない部分がある。この判決、あくまで今回のケースでは監督義務者に当たらないとしただけで「特段の事情がある場合は賠償責任を問える」としているのだ。
別の事情(たとえば介護する者がもっと若かったり、専従に近かったり)であったなら、賠償責任が生じたかもしれないということだ。
こうした事故はこれからも十分に起こりうるだろう(自動車事故や火災なども考えられる)。だからこそ、同じ悲劇を繰り返さないためにも、私たちは認知症へのケアを考え直し、捉え直していかねばならないのだ。
本書で紹介したハートランドしぎさんの試みが、その試金石になることは確かである。
ハートランドホスピタルグループの竹林和彦会長が話していたように、「介護する家族にとっての幸せ」は、介護される認知症の人にも伝播していく。家族も患者も同じように笑顔になれること、この病院で働く人たちはそのことを目指しているようであった。
【主な著書】
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