認知症予防最前線:予防・進行抑制のために今できること~朝田隆先生インタビュー
メモリークリニックお茶の水 理事長 朝田隆先生インタビュー
認知症専門クリニック「メモリークリニックお茶の水」の理事長を務める朝田隆先生にインタビュー。高齢者の家族としては気になる認知症の早期発見や、認知症の発症・進行予防としてやるべきことなどをお伺いしました。
- 話し手
認知症の早期発見・早期治療のクリニックとして知られるメモリークリニックお茶の水。理事長を務める朝田隆先生は、30年以上も認知症の研究、臨床に携わり、数多くの著書も発表しています。
今回、認知症ねっとでは朝田先生にインタビューを行い、認知症発見の現状や、認知症の発症・進行予防のためにやるべきこと、実際にメモリークリニックお茶の水で行われている認知アップデイケア(認知トレーニング)などについて詳しくお話をお聞きしました。
認知症発見の現状
―― 認知症は早期の発見が重要と言われていますが、生活の中で家族や本人が予兆に気づくにはどうしたらよいのでしょうか。
家族や本人が認知症に早期に気づくのは難しいことです。ご家族は「もの忘れ」や「同じ質問を繰り返す」などでおかしいと感じることがあるようですが、多くの場合、本人は「私はどこも悪くない」「なんでそんなふうに人の粗探しをするんだよ」「なんで私は病院に行かなきゃならないんだ」と抵抗します。そして、病院を受診する際も、あくまでも家族がうるさく言うから、という形で訪れます。
そうなると、もう早期ではないんですよね。中期になってしまいます。患者は、初めのうちは頑なに受診を拒否するので、認知症が認められる頃になって初めて医師が介入できるというのが実際のところです。
―― 本人が認知症と認めない状態で来院しても、いずれ自覚するようになるのでしょうか。
極端に言えば、認知症の患者は最後まで認めません。「どうも愛されていない」「どうも信頼されていない」「どうも必要とされていない」というような猜疑心は生まれますが、自分自身の問題としては考えず、「自分は認知症になった」という自分に対する客観的な評価には結びつかないんです。
医学界で進められる認知症早期発見に向けての取り組み
―― 本人が認知症を認めるのが難しいという現状の中で、早期発見に向けてどのような取り組みが行われているのでしょうか。
今、老年精神医学会というところで、周囲が行動から認知症に気づこう、というアプローチをしています。認知症患者には「小銭を出さない」「趣味をなくした」「いろいろ失念する」といった特徴があります。こういった行動面での特徴の代表的なものをリストにしてまとめているんです。そのまとめたものを老年精神医学会の評議員に渡し、それぞれが実際に数名の患者に試用して信頼性を確認します。
―― 精査が行われたあと、そのリストは相談に来られた方やご家族に渡すのですか?
いいえ、そうではなく、日本全国の医師会の医師に渡すんです。それによって、いつも顔を合わせるクリニックの窓口の方などが、患者の行動・様子を見て「おかしいな」」と気づけるよう促していくのです。そうすれば、いちいち長谷川式テストや算数の問題などで認知機能を確認しなくてもいいということです。
認知症予防として本人や介護者ができることとは
――現在、認知症の発症予防、進行予防としてさまざまな方法が言われていますが、その中で特に本人や介護者がやるべきこと、気をつけることなどありましたら教えてください。
エビデンスがあるのは運動なので、運動の習慣をつけるとよいですね。次に認知トレーニング。逆に、従来よく言われていた食品によって予防する、というのは実際には非常に研究しにくく、科学的に信用できないと思います。365日口にしたものを全てコントロールすることは難しいですからね。結局は食事バランスの問題で、「これを食べていれば認知症にならない」なんていう食品はないんですよね。
――それでは、やはり運動の効果が高いということになりますか。
運動はこれまで有酸素運動がよいと言われていましたが、最近は筋トレ系もよいと言われつつあります。それと、デュアルタスク。要は、頭の中で計算をしながらウォーキングする、といったように運動と何か別の作業を同時に行うのです。
運動は何がよいかと言うと、運動によって「脳由来神経栄養因子」というものが出ます。これは脳の神経を成長させ保護する物質で、血管の新生、神経の新生、神経の可逆性が促進されるということがわかっています。
――認知トレーニングに関しては何かポイントはありますか。
Webを使った脳トレーニングには科学的に効果が立証されているものもあり、クリニックでも利用しています。
認知トレーニングは「予備能」を刺激します。人間の脳細胞は、生涯に使われるのは半分以下で半分は未使用のまま死んでいくということがよく言われていますね。最近では、そういったこれまで使っていなかった予備脳細胞に働きかけることによって、老化によって消えていく細胞を補うと良いという「認知予備能仮説」が唱えられています。つまり、予備能があれば認知機能が保たれるのではないかということです。
予備能に働きかけるには、「囲碁が得意な人は将棋をやりましょう」というように、今までやっていた勉強を繰り返しても駄目なんですね。これまで使ったことのない頭を使うことが良いのです。
運動や認知トレーニング以外のものとしては「瞑想」もブームになっていて、かなり注目されています。
――瞑想というとどのようなものでしょうか。
瞑想はもともとうつなどに対して行うということで注目されていたのですが、自律神経系に働きかけて副交感神経の働きを高め、交感神経を鎮めさせるという作用があるんです。
難しいところは心を無にすること。私たちがやろうとしても雑念が湧いてきてしまいますよね。そこで、「呼吸に注目」だとか「指先の小さな脈を感じるように」といったようなことが言われています。これを1分行うのも相当大変なんですが、正しく行えば すでにうつ病などの精神科疾患では効果が出ていて、認知行動療法よりよいのでは、という話にもなっています。
この自律神経に働きかける「瞑想」と先ほどの”脳由来神経栄養因子”を増やす「運動」、予備能を使う「認知トレーニング」は、それぞれ違った作用、効果があるということですね。
今後のテーマは「薬と非薬物予防法の併用」
―― 先生のクリニックの認知アップデイケアでは、ここまでのお話にあったような運動や認知トレーニングなどを包括的に行うような取り組みをされていらっしゃるんですか?
はい、そうです。具体的には「運動」「美術」「音楽」そして「認知トレーニング」の4つをやりますね。運動には結構種類があって、まず筋トレと有酸素運動、そしてデュアルタスクを行っています。
美術というのはいわゆるアートセラピーで、例えば「夏の夜の空の絵を描いて下さい」というようなお題を出したりして、イメージ画のようなものを描いたり、あと写生もします。「美術は嫌いだ」という人もたくさんいますが、それでも人から「うまい」と言って褒められるとまたやりたくなっちゃうんですね。「面白いからまたやりたい」というものでなければ続かないんです。アミューズメントの喜びというか、面白さのバックグラウンドがないとね。
今後のテーマとしては、こういった非薬物予防法を上手に組み合わせる、あるいは薬と併用していくのが理想的と言えるでしょう。 高齢者を薬物だけで治療しようとしても他の病気が悪くなってしまうこともありますし、難しいんですよ。ですから、やはり予防法の開発や評価が、とても重要になってくると思います。
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