レイコを演じて世界が広がった―映画『話す犬を、放す』主演・つみきみほさんインタビュー
第13回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016のオープニング作品として上映された『話す犬を、放す』(熊谷まどか監督)が、3月11日より全国で公開されます。
この作品は女優として活躍の場を求め奮闘する娘・レイコと、レビー小体型認知症と診断された母・ユキエによるヒューマンドラマで、試写を見た人たちからは共感の声が多く寄せられています。今回は、ユキエ役を演じた女優・つみきみほさんに撮影の裏話や、作品への想いなどについてお話をお伺いしました。(聞き手:吉岡名保恵)
幻視を「見てみたい」は自然なアドリブだった
――――撮影はたった7日間だったそうですね。
つみきみほさん(以下つみき):そうなんです。食べ物に気を付けながら、余計なことを一切しないで、とにかく撮影を無事に乗り切れるよう、集中した7日間でした。
――――作品は母と娘の関係を中心としたヒューマンドラマですが、「レビー小体型認知症」の症状などについてもリアルに描かれています。この病気はご存知でしたか?
つみき:詳しくは知りませんでした。なので、台本を読んで一番気になったのはやはり「幻視」についてです。熊谷監督が幻視をどういうように表現するのか、というのが興味深くて、犬のチロが出てくるシーンの撮影など見に行っていました。試写会で幻視のシーンを見たときは、ああ、こういう感じなんだ、と驚きました。
―――――劇中、幻視について話す母のユキエに「私も見てみたい」というセリフがありましたが、これはつみきさんのアドリブだったそうですね。
つみき:そうなんです。ユキエさんとの心地よい会話に導かれ、レイコになりきった自分が心から思って、自然に出た言葉だったと思います。
監督の言葉を信じて乗り越えた戸惑い
―――――母の幻視に直面したレイコを演じる難しさはありましたか。
つみき:レイコって母の幻視を、「何それ?面白そう」みたいに、一緒に楽しもうとしているんですよね。でも本当にレビー小体型認知症と診断されたら、ご本人も家族も戸惑うと思うんです。現実の日常生活って絶対にもっとハードでしょうから、それを明るい雰囲気で演じることには、最初、戸惑いがありました。
―――――監督から何かアドバイスや指導はありましたか。
つみき:監督からは、「深刻で暗い顔にならないよう気を付けて」と言われたので、とにかく明るく演じるよう心がけました。「え?これでいいの?」みたいな驚きはありましたけれど、監督は笑顔で見てもらえる映画にしたかったんでしょうね。
私がちょっと表現の仕方で迷ったときには、監督がさりげなく話をしにきてくれて。そのあとはスーッと演技に入れたので、監督は私のこと、よく分かっているんだな、と安心しました。
それに監督自身、お母さまが実際にレビー小体型認知症ということで、普段、接していて色々なご苦労もあると思うんです。でも、お母さまの病気を前向きに捉えようとしているのが「すごいな」って。だから監督の言葉を信じて、一生懸命に演じようと心に決めました。
―――――レイコがリハーサルで海から「ざっぱーん」と出てくる演技をするとか、思わず笑ってしまうシーンがたくさんありました。
つみき:あのシーンを撮る前、突然、監督から「今度、泳いでもらうからね」と言われて…。台本にもなかったし、最初は本当に泳ぐと勘違いして、「何かの嫌がらせかな?」って色々考えたんですが、結局、お芝居の練習をしているシーンの話だったのでホッとしました(笑)
監督って大阪出身だからでしょうかね?とにかく「お笑い」に話を持っていこうとする感じがあって。作品全体に笑いが散りばめられているのが本当にすごいですよね。
魅力的な登場人物に心ひかれて
―――――つみきさんご自身が、レイコに共感するようなところはありますか。
つみき:レイコがお芝居に没頭する姿とか、すべて順調にいかないところなども自分のことのように感じました。でも、とにかくレイコって強いですよね。私は若いころ、周囲から「強い」ってよく言われて、自分ではそれが嫌だったんですけれど、レイコのまっすぐな感じっていいなと思いました。
―――――母親役の田島令子さんとの共演はいかがでしたか。
つみき:昔から本当に尊敬する女優さんだったので、「どうやったら、田島さんみたいにお芝居一筋でやれるんですか?」なんて、色々と現場で聞いてしまいましたし、たくさんのことを教えていただきました。
普段の話し方も、立ち居振る舞いも、すべてが本当に素敵で、田島さんが部屋に入ってくるだけで、ふわーっと空気が変わるんです。
田島さんからは場の受け止め方や、心の余裕などを学ばせていただきました。一緒にお仕事をさせていただけて、本当に感謝しています。
―――――木乃江祐希さんの演じる山本監督も印象的でした。
つみき:子育てと仕事を両立させようとバタバタしていて一生懸命で、育児中の人が共感する部分もきっと多いですよね。ユキエさんとレイコ、そして山本監督という、世代の違う3人の女性について色々な視点や要素が盛り込まれているので、人生について考えるきっかけを与えてくれると思います。
そういう意味では母と娘の関係だけではなく、大切な人とのつながりを見直すきっかけになる映画ではないでしょうか。それぞれの視点で登場人物たちのやりとりを楽しんでいただけたら嬉しいです
作品を通して世界が広がり、力が抜けた
―――――映画では、母がレビー小体型認知症になったことをきっかけに、娘と心を通い合わせていく様子が描かれていきますが、つみきさんご自身の体験に重ねるとどうですか。
つみき:私自身は母とぶつかって、苦しいこともありました。でも母と娘にはふっと和解する瞬間ってあるんですよね。そういう感覚がよく分かるので、台本を読んだとき、母と娘の関係に共感を覚えましたし、とても温かく、また濃密に描かれているのが素敵だなと思いました。
認知症の介護は大変だと思いますが、映画の「おかげで、いい母娘になれそうです。」というキャッチコピーのような関係にもなれるんだな、と教えてもらった気がします。ユキエさんとのやりとりでは、バスの中とか、車の中でのシーンが個人的に好きですね。
―――――レイコを演じたことで、つみきさん自身に変化はありましたか。
つみき:明るく楽しい方がいい、とは分かっていても、現実問題、実際の介護はもっと大変だと思います。でも監督の演出方法や完成した作品を見ると、今まで色々と難しく考えていたことに対して世界が広がりましたし、力が抜けました。本当にこの作品と出会えて楽しかったですし、感謝しています。
映画『話す犬を、放す』
第13回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016のオープニング作品として上映され、若手監督に長編映画制作のチャンスを与える同映画祭のプロジェクトによって製作された。
熊谷まどか監督は、『はっこう』(06)で PFFアワード2006グランプリ、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞を受賞。2008年文化庁委託事業ndjcに選出され『嘘つき女の明けない夜明け』を監督した期待の新鋭。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭には、2013年の短編部門に『世の中はざらざらしている』がノミネート、本作で長編映画デビューを飾る。出演は、つみきみほ、田島令子、眞島秀和、木乃江祐希ほか。3月11日より有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー。
つみきみほ
1971年生まれ、千葉県出身。1985年吉川晃司主演映画ヒロイン募集オーディションでグランプリを獲得し、翌86年映画『テイク・イット・イージー』(大森一樹監督)でデビュー。
1990年『桜の園』(中原俊監督)で毎日映画コンクール女優助演賞受賞。他の主な出演作に映画『花のあすか組!』(崔洋一監督)、『蛇イチゴ』(西川美和監督)、テレビ「輝け隣太郎」(TBS)、連続テレビ小説「かりん」(NHK)など。近年は映画『ちはやふる 下の句』(小泉徳宏監督)、テレビ「深夜食堂3~きんぴらごぼう~」(山下敦弘監督)、「おさるのジョージ」(NHKEテレ:声の出演)などに出演。
ヘアメイク:中西瑞美
スタイリスト:岡田紗季
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