第52回 認知症の人の対応 ~怒りっぽい~

認知症の人を世話する家族の訴えで、比較的多いのが「最近、怒りっぽくなった」です。これまで、特に問題にならなかった家族の言動や態度に怒りだすので、その対応に苦慮しているようです。その状況に家族は驚き、慌てふためいてしまいますが、認知症の人の怒っている理由は見つけられません。大概は、家族と顔を合わせた途端、突然怒りだすようです。その怒りの程度に違いがあるにせよ、いずれにしても家族はそれを収める素手はなく、ただ呆然としてしまいます。 そんな時の対応を考えてみましょう
この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 怒りの理由(わけ)
  2. 具体的な怒りの理由(わけ)
  3. 怒りの対応
  4. ユッキー先生のアドバイス

怒りの理由(わけ)

認知症の人の怒りの表現は、不機嫌になり、顔つきが厳しく、言葉が乱暴で、時には大声をあげ威嚇することもあります。それだけに留まらず、殴り掛かろうとします。おそらく、怒っている理由を説明する認知症の人はいませんが、「どうしたの」との問いに答えられる人もいません。本人自身、なぜ怒っているのかわからないことが多いようです。でも、この怒りの感情は、私たちも同じです。

私達自身の生活を振り返って、怒る理由を考えてみます。まずは自尊心が傷つけられた時、すなわち人格を踏みにじる態度、馬鹿にする態度などには、怒りが込みあがってきます。自分の思い通りにしようと思ったことを邪魔された時、約束を破られた時、大切な物を失くされた時など、いろいろな場面が想定できます。しかし、大概の場合、多少表情が変わっても怒りを露わにすることはそう多くありません。

私たちには、自分の感情を露わにすることに抵抗があります。大人としてここで怒りを爆発させてはいけない、多少のことは我慢しよう、円満に解決する方法を考えよう、など、自分の気持ちに抑制がかかるのです。時にはその行為に、なんで自分が我慢しなければならないのかと、自身を腹立たしく思う事すらあります。

認知症の人が怒りっぽいのは、この感情抑制ができなくなるからです。その背景には、将来の予測ができない、適切な判断力に欠ける、状況への適応ができない、などの認知機能障害があります。要するに、その場の雰囲気を無視し、自分の思うままの感情で行動してしまうようです。

抑制の欠如の例として挙げると、幼児が他の子が持っているおもちゃを欲しがって泣き叫んでいる様子、お店のお菓子が食べたくて大きな声でお母さんにおねだりしている様子です。また子供同士の喧嘩も、感情の思うままに相手を罵倒したり、暴力をふるったりしていまが、これも抑制の欠如といってもよいでしょう。

このような感情は、私たちにもあります。よく「(感情が)切れる」と言う言葉を使いますが、その時は、自身でも何を言っているのか、何をやっているのかわからず、後になって、恥ずかしくなることがあります。ようするに、大人でも感情の抑制欠如の状況は体験しますが、認知症の人の場合は、さきほど示した認知機能の障害によって抑制が欠如してしまうのです。特に初期から中期の認知症に多く見られます。

具体的な怒りの理由(わけ)

ごく初期の認知症の人は、家族の指摘から、失敗が多くなったこと、昔なら難なくできた事ができなくなったこと、他者の言っていることが理解できなくなったことを内面で感じています。そんな時、多くの場合は、それを認めるのでなく、自身の失敗を隠そうとし、自分の威厳を守ろうとします。すなわち、老いて能力がなくなっていくことを感じている一方で、それを必死になって隠そうとします。

そこで持ち出す手段は、誰かの所為(せい)にすることです。大切な物を失くした時には、身近の人間が何処かにしまった、あるいは持って行った、究極的には盗んだ、と確信します。食事の支度や家事等が上手くできなくなると、足腰が悪いことや体調が悪い所為にします。あるいは「(自分は)ちゃんとかたづけたのに、誰かが散らかした」、「洗濯機が壊れていた」と本人の非を認めません。相手の言っている内容が理解できない時は、分かった振りをしてごまかしますが、時には「(相手の)説明が悪い」と怒り出す始末です。

人の所為にしたり、言い訳を言ったりしても周囲の人には通用しません。逆に本人の非を周囲から指摘されると、その人に攻撃が向き、怒りを露わにします。このようにすぐばれる言い訳や嘘をつき、その結果、自身の立場が悪くなると怒りだすのです。それは、おそらく本人の威厳を守る最大限の抵抗なのでしょう。

「財布がない、盗まれた」「バカにされた」「何か企んでいる」など他者に対する被害感が頭の中に突然浮かんでくることがあります。無論それには何らかの根拠があるのでしょうが、それを知る余地はありません。その時、本人は自身の身を守るために、先制攻撃を仕掛けるのです。それが突然の怒りです。怒りの相手は、本人の近くにいる家族です。怒られる理由がわからない家族は、当然否定し、反撃します。そのようなムキになって反撃する家族を見て、本人は「やっぱり思った通り、あいつがやった」とますます怒りのテンションを挙げてしまいます。

このように、認知機能の低下による自信喪失、不安、恐怖が他者への被害感に発展し、やがてその感情が「そうかしら?」から「そうであるのに違いない」の確信となり、妄想に発展します。その妄想から自身を守るため、他者への先制攻撃に転じるのです。

怒りの対応

認知症の人の怒りの理由を考えると、その対応が見えてきます。それは真実でない身に降りかかる嫌なことを真実と思い込み、それから身を守るための先制攻撃です。それに対して家族は、本人の思い込みと確信し、否定し、その考えを訂正しようと必死になるのです。

妄想は訂正不可能な誤った考えですので、否定しても、訂正しても、本人の思い込みは変わりません。すなわち、その対応は無駄であり、むしろ家族が躍起になって否定すればするほど、本人は益々興奮し、怒りを露わにします。

家族は、ご本人の怒りの理由を知ろうとせず、まずは本人の言っていることに耳を傾けてください。すなわち「どうしたの」「なぜ怒っているのか」などの質問は禁句です。なぜなら、その質問に答えられない自分に腹立たしく、怒っている理由を相手に上手く説明できないので、それに苛立ち、怒りが助長してしまうからです。

では、どのような対応が良いのでしょうか。まずは本人が何を言おうとしているのか、じっくり聴いてください。でも理解できない時は、以下のような会話を試みてください。

本人「あなたは一体何を考えているの、まったく」
あなた「私が、何を考えているのでしょうか?」
本人「そうよ、その手には乗らないから」
あなた「その手に乗らないって?」
本人「何いっているの。わかっているくせに」
あなた「何がわかっているのでしょうか」
本人「もういい、あなたは調子がいいのだから」
あなた「・・そうね・・、ご免なさいね」

このように、本人の言っている会話をそのまま本人に質問として返してみてください。本人は、その質問に答えることはしませんが、自分が言ったことは、瞬時の記憶として残っています。そこで、本人に自分が怒っている理由を問い返す機会を与えることで、恐らく、自身もでも答えられずに、「もう、いいわ」と怒るのをやめてしまうことがあります。すべてがこのようにうまくいきませんが、いずれにしても、会話の中で、怒っている理由の追及や否定はしない方がよいと思います。

怒っている理由の一つに、自分のもの忘れやできなさにイライラして怒っていることも事もあります。先に述べたように、私たちが怒る理由を考えた時に、多くは自身がうまくいかなかったことの歯がゆさや、他人に意に反することをされたり、馬鹿にされたりするときです。

怒りを露わにしている認知症の人も心の中は、私たちが怒っている時と同じです。むしろ認知症の人は、いつも何かに怯え、何かに落胆し、多くの敵から自身を守らなければならないという強迫的な思いに悩まされているのかもしれません。そう思うと、認知症の人の怒りには、具体的な理由があるのではなく、認知症という病気と自身が闘っている様なのです。

怒りの対応として最も重要なのは、今の本人の不安、恐怖、他者への怒りや失望などの感情に共感することです。そして怒りの対象は、たまたま傍にいたあなたに向けられていますが、実際は他の者や周囲の出来事、空想の世界のものなのです。それゆえに、認知症の人の感情に共感することで、あなたが怒りの対象でなくなります。

ユッキー先生のアドバイス

認知症の人の怒りの対象があなたであっても、それは便宜上の対象です。しかし、実際の対象が誰なのか、何なのかを追求しても無駄であることを理解していただけたと思います。あまりにも本人が言う非難の言葉がリアルなので、つい、自分が疑われている、自分の所為にされていると思い、否定することに躍起になるのかもしれません。しかし、このコラムで何度も申し上げましたが、それは、本人の怒りを助長させてしまうだけで、怒りを収める手段にはなりません。その時、あなたは、自身の腹立たしい感情を本人に向けるのでなく、本人の怒りの感情を受け止め、ご本人の辛さを感じてあげてください。それができた時、本人の怒りが収まり、あなたの怒りも収まるのではないでしょうか。

原因がわからない認知症の人の怒りの対応は、怒らず、余計なことは言わず、怒っている理由を聞かず、この3つが大切です。


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