第5回 家族はプロの介護者になれない・・・

「もの忘れ外来」は、もの忘れを主症状とする患者さんの専門外来で、もの忘れが加齢に伴う正常のもの忘れか、認知症のもの忘れかを診断します。認知症を疑われた患者さんには、薬物による治療や在宅での過ごし方、介護の疑問、悩みについて医療の立場からアドバイスする事を目的にしています。

このコラムでは、「もの忘れ外来」での臨床体験から、認知症の特殊な症状、診断、診療、家族へのアドバイス等々を解説します。このコラムを通して認知症を正しく理解しましょう。
この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. どこまで『優しく』接しなければいけないのか
  2. 「プロの介護」よりも、「よい夫」に
  3. 家族が目指す「認知症介護」とは
  4. ユッキー先生のアドバイス

どこまで『優しく』接しなければいけないのか

75歳の市村良子さん(仮名)を介護しているのは、78歳の夫の一雄さん(仮名)です。仕事もリタイヤし、毎日良子さんを世話しながら二人で生活しています。でも近所に住む長女が、いつも二人の様子を見に来ていますので、心強いと思っていました。

そんなある日、もの忘れ外来に付き添った一雄さんはこんな事を私に語りました。

「先生、私は分からなくなりました。近くに住む娘は、お母さんに優しくしろ、認知症なんだから叱ってはいけない、できることは手を出してはいけない、お母さんが何をしたいのか良く話しを聞かなければいけない、等々、いろいろ私に忠告してくるんです。娘の言うことは正しいと思って、その通りに世話しているつもりなんですが、つい、叱ってしまう、文句を言ってしまうのです。すると娘が私に文句を言う。私も、つい、かーと、なって娘に大声を出す、そうすると娘は私を非難し、怒って、捲し立てるのです。娘にはかないませんから、分かったと謝るのですが、そうすると、ますます娘はお母さんをこうしろ、ああしろ、といろいろ言うのです。わたしも一生懸命やっているのですが、娘の言うとおりにはできません。妻にできる『いい世話』ってどうすることなんでしょうか」

「プロの介護」よりも、「よい夫」に

市村さんの訴えに、胸が詰まる思いでした。市村さんは、何とか「いい介護」をしようと一生懸命なのですが、娘の言うとおりにできなくて、自分を責めていました。そこで、私は市村さん向かって、「市村さん、市村さんが奥さんの夫でなくなったら、一番悲しむのは奥さんではないでしょうか。市村さんはプロの介護士さんではありませんし、プロの介護士さんにはなれませんよ。いつまでも良子さんの良い夫でいくださいね。それが奥さんの最も良い介護だと思いますよ」

この言葉に、市村さんは微笑んだのです。肩の力が抜けたようでした。そして、「分かりました、彼女の良い夫でいます」と言い、退室しました。

家族が目指す「認知症介護」とは

家族は、プロの介護者にはなれません。また、認知症の人にとっても自分の最も身近な家族がプロの介護者になってしまい、その人が変わってしまったとしたならば、とても寂しいのではないでしょうか。

専門家の「介護」は、認知症の人の持つ能力を最大限に引き出し、彼らの日常での自立と生活の質を高めようとする援助行為です。しかし、家族のおこなう「世話」は、毎日の生活の一部として行われています。報酬もなければ、プライベートな時間との区分もなく、時には24時間世話はしなければなりません。

家族の世話は、これまで認知症の人と一緒に生活してきたことの継続であって、決して学校で学んだ専門技術や知識を実行する事ではありません。さらに家族の「世話」は、以前からの人間関係がその対応に大きく左右します。良い関係が築かれていれば家族の「世話」への意欲は高まりますが、良い関係でなかったとしたら、それは望めません。

一雄さんと良子さんの夫婦は、昔から仲が良かったようです。だから、一雄さんは、自分の妻が認知症に冒されことを無念残念に思い、何とか治したい、もとの妻に戻した、という気持ちが、注意、説得、叱責に繋がったのです。しかし、いくら注意しても、怒鳴ってみても、良くなるどころか、どんどん出来ない事が多くなっていく妻に、失望したり、哀れんだり、複雑な感情が交差するのです。

そんな一雄さんの気持ちとは裏腹に、娘は、一雄さんに専門家がするような介護を要求し、一雄さんの世話のしかたを否定するのでした。そして、ペルパーさんやプロの介護者が行うようなやり方が正しいと主張し、それを一雄さんに強要するのでした。娘のこのような対応で一雄さんは、介護に自信をなくし、燃え尽きる寸前だったのかもしれません。

ユッキー先生のアドバイス

主介護者を支えるために、周囲からの暖かい言葉を

認知症の人を介護している家族は、特殊な思いを寄せてその人を世話しています。その心の中は、複雑で、葛藤、後悔、自責と言った辛い感情で一杯です。そのような家族に、専門家がするような介護や冷静な対応を求めることは酷なことです。

このケースで、娘さんが一雄さんに「お父さん大変ね、」「私ができることがあれば何でも手伝うわ」など、一雄さんをサポートするような声かけがあったなら、どんなに一雄さんの励みになったか知れません。

在宅では、主たる介護者が一人いればよいのです。そして、その周囲の家族は、主たる介護者を手伝う、助ける役割に徹すると良いでしょう。主たる介護者は、周りの人たちにお願いできる事はお願いし、日常生活上の介護負担をできるだけ軽減するように努めて欲しいと思います。

夫である一雄さんが側にいることで、良子さんは安心なのです。

2012年2月  今井幸充


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