第11回 『もの忘れ外来』ってどんな専門外来??

ここ数年の間に地域の精神科病院や総合病院あるいは診療所でも、もの忘れ外来を開設している所を多くみかけるようになりました。そして、今では一般にも「もの忘れ外来」が認知症を診る専門の外来と認知され、地域の認知症医療に貢献しています。その他に「メモリークリニック」「認知症外来」などの名称を使っている施設もありますが、診療内容には変わりありません。

前回に引き継き、今回も「もの忘れ外来」についてお話をしましょう。一体「もの忘れ外来」は、一般外来とどう違うのか、その診療内容から説明しますが、ここでは「もの忘れ外来」を最初に受診した時にどのようなことがなされるのか解説しましょう。

この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 一般外来と「もの忘れ外来」、どう違うの
  2. 最初の問診とは
  3. 問診で尋ねる内容
  4. 主訴
  5. 現病歴
  6. 既往歴
  7. 生活歴
  8. 家族歴
  9. 医師の診察
  10. ご家族があらかじめ準備しておくと
  11. ユッキー先生のアドバイス

一般外来と「もの忘れ外来」、どう違うの

多くの高齢者やその家族は、もの忘れがみられたからといって、すぐに病気と思い病院を訪ねることはしません。なぜなら、もの忘れは、誰しもが経験する日常生活の中の当たり前の行為と受け止められているからです。それ故、家族が本人の異常に気づき、「診てもらった方がよい」と思うのは、もの忘れがひどく困ることがあり、またこれまでなかった家族が驚くような行為に出会ってからのことが多いようです。

そこで、どのような診療科を受診したらよいのか迷う訳ですが、もの忘れは脳の病気で、お年寄りの病気ですので、精神科や神経内科、脳外科などの脳の病気に関連した診療科や老年科を標榜する外来を尋ねる家族が多いようです。これらの診療科と「もの忘れ外来」との違いは、診療内容ではなく、恐らく診療医師の専門性の違いだと思います。「もの忘れ外来」を担当する医師の多くは、日本老年精神医学会や日本認知症学会で専門医資格を修得した医師ですので、その診療能力は水準以上と考えてよいと思います。その他に、専門医として神経内科専門医、脳神経外科専門医なども「もの忘れ外来」を開設しており、その診療能力は高いと考えられますが、前回のコラムで説明しましが、診療の視点が多少異なります。

最初の問診とは

どのような病気でも初診時には、主訴(主な訴え)からその原因となる病気を診断します。「もの忘れ外来」での主訴は、無論”もの忘れ”ですが、そのもの忘れの訴えが、認知症に伴う記憶の障害によるものか、軽度認知障害(第2回のコラムを参考にしてください)によるもの忘れか、あるいは全くの正常のもの忘れかを区別(臨床では鑑別という言葉を使います)することが「もの忘れ外来」の大きな役割です。

そこで、最初に「もの忘れ外来」を受診した時は、当然、どのような理由で受診したのか医師に伝えなければなりません。それが問診です。

問診とは、患者さんの訴えについての詳細を尋ねて、それを参考にその訴えの原因を探る方法を見いだす為に行います。最初に医療機関を訪れた時に、まずこの問診が診察の前に医師や看護師などの医療従事者によって行われます。

問診で尋ねる内容

問診では、患者さんの訴えだけを聞くのでなく、その訴えに関連した以下の事を尋ね、診断・治療に役立てます。

主訴

医療機関受診のきっかけとなった症状を尋ねます。もの忘れの他に家庭の内外での混乱、その人らしからぬ行為や言動あるいは周囲が了解できない行為や言動など、最近の状態を具体的に伺います。その際にご本人が説明できれば良いのですが、多くは身近な家族が説明する事になります。

現病歴

現病歴とは、主訴の原因になっている病気がいつ頃から始まり、これまでにどのような変化が見られたか、その経緯を本人や家族から聞き取ります。しかし、ここでも本人自らそれらを語ることは難しいので、ごく身近な家族、すなわち主として本人を世話している家族や身近な人から情報を得る必要があります。それ故、初診時には本人の状況をよく知っている人が同伴することが望まれます。

医師の関心は、病気の始まりの時期とその始まり方、そして現在の状況が病気の経過の中でどの程度の重症度なのか予測することです。無論「もの忘れ外来」では、もの忘れの始まりが重要となりますが、実際には、家族がもの忘れに気づく以前にさまざまな徴候が見られたのです。たとえば、物事への興味がなくなる、人を避けるようになる、話の内容が乏しくなる、「あれ」「それ」が会話に多くなる、失敗が多くなる、言い訳が多くなる、何度も同じことをする、外出を嫌う、だらしなくなる、などその人らしさが失われていく時期があったのです。このように生活上の変化を捉えることで認知症の始まりが予測できる場合があり、また経過などを含めて認知症の診断に役立ちます。

既往歴

既往歴とは、これまでにかかった主な病気のことで、それらの病気とこれから診断しようとする病気との関連を予測するものです。例えば、アルツハイマー型認知症の場合は、糖尿病や高血圧症などが発症に関連がある危険因子に挙げられていますので、これまでにこれらの病気と診断され、治療を受けたか否かは重要な情報となります。あるいは脳卒中をはじめとする脳の病気、甲状腺の病気、その他の生活習慣病、そして手術や入院の有無などは認知症を来す疾患と関連しますので、これも重要な情報です。ただし、風邪や胃炎などの日常よくかかる軽い病気や怪我などは、情報としてあまり重要ではりません。

ここではまた、現在他の医療機関で治療中の病気についても尋ねます。特にどのような薬物をいつ頃から服用しているのか、その効果、副作用の有無などは、今後の治療を開始するに際して重要な情報となります。

生活歴

その人の出生、教育歴、職歴、婚姻歴などの生活歴は、その人の古い記憶の保持を確認する意味で、またこれからの生活上の支援を行っていくに当たっての重要な情報となります。また、その人が若い頃から記憶力や判断力に障害があったか否かを判断するのにもこの情報は役立ちます。さらに、ここでは、現在の生活環境について尋ねます。今誰とどのような所でどうゆう生活を営んでいるか、生活の状態はどうなのか、この情報も医療介護領域では欠かせない情報です。

家族歴

ここでは、血縁関係のある家族の既往歴や現在の治療を受けている病気について聞きます。主に家族内で発症する病気の有無を推測するための情報となりますが、若年型のアルツハイマー病の中には、家族発生性の常染色体優性遺伝の形態とる一群もありますので、特に若年者の場合は詳しく尋ねることがあります。

医師の診察

問診は、医師が行う場合と看護師や臨床心理士などの医療従事者が行う場合があります。大きな病院の場合は、主治医となる医師の診察の前に他の医療従事者が行うことがありますが、診療所などの小規模な施設では担当の医師が行いますので、ここからが医師の診察の始まりです。

身体的な病気と異なり、もの忘れを主訴に受診した患者さんには、まずそのもの忘れが正常のもの忘れか、認知症のもの忘れかを判断します。その違いについては第2回コラムをご参照ください。さらに重要なことは、患者さんのもの忘れの訴えが、身体の他の病気や脳の病気で起こってくるもので早急にその病気の治療を施さなければならない”治るもの忘れ”か、あるいは意識の障害に伴う一時的な認知症様の症状なのかを鑑別する必要があります。それには、ご本人との会話も重要になります。会話のやりとりがスムーズか、集中力は欠けていないか、辻褄が合わないことはないのか、その内容が真実なのか、態度に問題ないか、表情に問題ないか、などをさまざまな角度から観察します。

ご本人の会話の内容が正しいものか否かは、家族に確認する必要があります。本人の生年月日、出生地、兄弟の名前、また卒業した学校、配偶者の名前、子どもの人数などは、生活歴で家族にあらかじめ尋ねておくと、古い記憶の再生は可能かの判断が容易になります。また、診察日の朝食の内容や病院には誰とどのような交通手段を使って来たのか、などからは最近の記憶を確認できます。これらの内容はあらかじめ家族から正しい情報を得ておく必要がありますので、医師からの家族への質問としてお答えください。

ご家族があらかじめ準備しておくと

認知症の診断に必要な情報は、ご本人の生活の状態です。要するに、以前できたことができなくなったとしたら認知症を疑いますが、もともと生活の中で本人が行なっていないことは、認知症におかされていなくとも、できないことがあります。たとえば、料理をしたことのない人に「料理ができるか」と尋ねても「できない」と答えるでしょう。

そこで本人の生活状況を確認する際に、医師は、まず社会活動や社会参加するための複雑な行為はできているか尋ねます。例えば、交通手段を使って遠出ができるか、金銭管理ができるか、病気になったときに自分で薬の管理ができるか、このような行為は、若い頃自立した生活ができていた人であれば誰しも経験したことで、これらの行為ができなくなったことがあれは、軽い認知機能の障害を考えます。さらに、近所への外出や簡単な買い物あるいは整髪、化粧、ひげそり、服装などの身の回りことができるか、尋ねます。これらの行為がうまくできない場合は、食事を摂ること、入浴、着替え、排泄などの基本的な生活動作ができるか否かを尋ねます。このように、本人の日常生活を営む動作(日常生活動作ADLといいます)ができるか否かを尋ねますので、家族はその事をあらかじめ整理しておくと、突然質問されても正確な情報を医師に伝えることができます。

さらに医師が知りたいことは、本人の異常行動と精神症状の有無です。一般にこれらの症状は行動心理症状BPSDと言われています。普段の生活で今までの本人には考えられない行動、あるいは家族が何度も注意してもやめない困った行動などの異常な行動があるかを尋ねます。例えば夜間起きては台所で冷蔵庫の中を物色して食べている、突然怒りだし暴言や暴力を繰り返す、何度注意しても外に出てしまう、などの困った行動が見られるか。あるいはもの盗られ妄想や被害妄想、人物の誤認、見えないものが見える幻視、不眠、いらいら、うつ感などの精神症状の存在の有無を尋ねます。また、これらのBPSDが家族にとってどれだけ負担になっているかも尋ねます。なぜならこれらのBPSDは状況によっては家族にとって大変な思いを強いられることもありますし、またいろいろな症状があっても特に見守る程度でよい場合もあります。それらの捉え方は家族によっても異なりますので、感じたままを医師に伝えることで、そのご本人の生活上の困難さを把握します。

ユッキー先生のアドバイス

どんな病気でも病院に行くことは、大きなストレスです。特に認知症の人の中には、病院に行く事を頑なに拒否する人がいます。この様な人の対応は、第7回コラムを参考にしてください。「もの忘れ外来」受診前には以下のことをチェックしましょう。

○ 多くの「もの忘れ外来」は予約にて受診を受け付けていますので、必ず受診前にその病院に問い合わせてください。また、毎日「もの忘れ外来」を開設している施設は少ないので、何曜日の何時から何時までの受診が可能かも問い合わせる必要があります。

○ 大学病院や大規模な総合病院の様な最新医療を提供する病院では、かかりつけ医の医療機関からの紹介状を必要としますので、そのような病院の受診を希望する場合は、かかりつけ医にお願いして紹介状を頂いてください。

○ 本文にも書きましたが、受診の際には必ずご本人の生活状況をよく知っている人が同伴しましょう。「もの忘れ外来」では、ご本人の生活状況が診断、治療に重要な情報となります。その状況をきちんと説明できる方の同伴を求めます。

【追伸】 認知症のADLならびに行動心理症状を手軽に評価できる評価票を私たちが開発しました。スペースの関係上その評価票を掲載するわけにはいきませんが、興味のある方は以下の書物をご覧ください

今井幸充、長田久雄著:認知症のAFDLとBPSD評価測度。ワールドプランニング、2012年 東京

(2013年6月2日)



このページの
上へ戻る