第30回 尊厳を支える認知症ケア~施設内虐待

今回の「尊厳を支える認知症ケア」の執筆に取り組んでいた矢先、2015年2月18日朝日新聞朝刊38面に衝撃的な記事が掲載されました。その見出しは、「拘束介護 虐待と認定 東京のマンション 北区が改善指導」で、その主旨は、高齢者用マンションの入居者に対して拘束介護していた訪問介護事業者が北区の行政指導を受けた、というニュースでした。

前回のコラム「プロの認知症ケア」の中で、プロの介護者に求められる基本的な実践が「尊厳を支えるケア」であると、述べました。しかし、プロの介護者の中にも、残念ながら人の尊厳を無視したケアを行っている実態が少なからずあることが、このたびのニュースで明らかになりました。
この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 介護施設や居宅サービス事業所での虐待件数
  2. なぜ、介護者の虐待が行われるのでしょうか
  3. 虐待を防ぐにはどうしたらよいのでしょうか
  4. 施設内虐待を防ぐ方略とは
  5. 1) 虐待に関する職員の意識改革
  6. a.支配的意識
  7. b.愚別的意識
  8. c.認知症の人への先入観
  9. 2) 虐待させない環境づくり
  10. 3) 質の高いケアの提供
  11. 4) 密室化の防止
  12. 5) ヒヤリ・ハットの徹底
  13. ユッキー先生のアドバイス

介護施設や居宅サービス事業所での虐待件数

厚生労働省は、2013年度に確認された特別養護老人ホームなどの介護施設や居宅サービス事業所の職員による高齢者虐待の件数が221件で、前年度よりも66件増え、過去最多を更新したと発表しました(『毎日新聞』2015年2月6日)。

おそらく報告されてない虐待を入れると、その数はもっと増えるでしょう。虐待を受けた高齢者の約85%に日常の生活障害や重い認知症を患っていましたので、その多くが認知症高齢者と言えます。

どのような内容の虐待か複数回答で尋ねたところ、最も多いのが拘束を含む身体的虐待で全体の64.2%、屈辱的な発言を浴びさせる心理的虐待32.8%、必要な介護を怠る介護放棄16.7%でした。そして虐待をした職員の51.8%が男性でした。

なぜ、介護者の虐待が行われるのでしょうか

認知症の人は、記憶や見当識、また理解や判断などの能力が低下するために、一人生活ができなくなり、介護を必要とします。特に介護施設に入所している認知症の人は、家庭での介護が困難になった方や一人暮らしができなくなった方で、プロによる介護支援が必要な人たちです。

しかし、認知症の人が介護施設やグループホームなどの新しい環境に移ると、その多くの人がそこでの生活に適応できず、また職員や他の入所者と良好な関係が築けないため、混乱を来すことが多いようです。そのような高齢者を介護する職員には、認知症に関する専門的な知識や介護力を必要としますが、現場での実践は、なかなか理屈通りにいかないのが現実です。

多くの介護職員が体験することは、認知症という病気を理解できても、実際の介護現場では、意のままにならない事への苛立ちや利用者への怒りの感情です。そこには介護をする側とされる側という上と下の関係が形成され「こんなにしてあげているのに、いうことを聞かない」という感情が芽生えるのでしょう。或いは、毎日の忙しい業務の中で、認知症の人の行動を無理矢理抑えつけ、また無視することで介護職員自身が少しでも楽になると考えるのでしょう。これらの認知症の人に対する感情が虐待につながります。

また、介護職員の中には、認知症という病気を理由に「何を言ってもわからない」「何をしてもわからない」「家族には知られない」などの思いが認知症の人への暴言や暴力、愚別的な言葉、無視といった虐待につながるのでしょう。

これらの感情は、プロの介護者のみならず家族介護者にも当然生じ、家庭内の虐待につながります。虐待の種類も介護施設と同様に身体的虐待、心理的虐待、介護放棄そして経済的虐待が見られ、その発生要因は、プロの介護者と大きな違いはありません。すなわち、虐待は、プロの介護者だけの問題ではないようです。

虐待を防ぐにはどうしたらよいのでしょうか

正直なところ、私自身虐待を防ぐ妙案を知っているわけではありません。認知症という病気に冒された人は、弱者であって、その弱者に対して健康な介護者は、立場上、自身の都合で思うままにできると錯覚してしまうのかもしれません。このような感情を生じさせないことができるのでしょうか。

実は私にも苦い経験があります。私が顧問を務めていたある民間会社の施設で、職員3名による虐待が発覚し、逮捕される事件が発生しました。その会社は、当時全国規模で有料老人ホームやグループホームを展開していた中堅の会社で、現在は他の会社に吸収合併されました。

虐待の内容は、一人の高齢者に対する暴力行為が長期間行われていたというものでした。そしてそれは、虐待を受けた入居者の家族が不信に思い、ビデオカメラを室内に設置して発覚したのでした。

何とも衝撃的な事件で、この事件が発覚する前に別の会社に吸収されたので、その真相がどこまで解明できたのか疑問は残ります。

後日、現在の会社は刑事事件とは別に第三者委員会による実態解明と再発予防の取組みに関する報告書を公開しました。そこには、なぜそのような行為に及んだのか、虐待者自身の聞き取り調査結果の詳細は示されず、むしろ以前の会社の管理体制等の問題を中心に指摘した報告書でした。

このような事件の発生のもとには、施設管理体制の不備であることは紛れもない事実ですが、現場で何が起こり、なぜそのような行為が長期間継続され、しかも発覚されなかったのか、疑問は残ります。私は、この報告書が発表された後に顧問を辞任しましたので、その後どのような改善策を会社がとったのか知る術はありません。

施設内虐待を防ぐ方略とは

ここでは、施設内虐待の防止のためのストラテジー(方略)について私自身の考えを述べます。

1) 虐待に関する職員の意識改革

施設内虐待の多くは、その虐待者が施設介護職員ですが、彼らのケア意識が虐待発生に大きな意味を持ちます。それが、a.支配的意識、b.愚別的意識、c.認知症の人への先入観、の3つの負の意識です。

a.支配的意識

「介護してあげている」、「自分の言うことを聞くべき」、「認知症の人は弱者」などです。これらの認識を持つことで、認知症の人の行動や感情を支配する手段に暴言、暴力、制裁といった虐待行為を用いることになります。そして「このくらい強い態度が必要」とそれらの行為を正当化することが、さらなる虐待につながり、大きな事件に発展するのです。

b.愚別的意識

「認知症の人は何を言ってもわからない」、「認知症の人には人格などない」、「自分たちとは違う」など、認知症の人を愚別した感情や態度を持つことで、暴力や心理的虐待を生みます。さらにそれらの行為に自責感を持たないことで虐待が日常茶飯事となるのです。

c.認知症の人への先入観

「認知症の問題行動の扱いは大変」「認知症の人は何もわからない」「すぐに忘れるから何をしても無駄」といった感情を以前から持ってしまい、その先入観が認知症の人への陰性感情に繋がります。

これらの負の意識は、認知症に関する無知や誤解から生じるものです。それ故、これらの意識改革に必要なのは、施設全体で取り組む教育システムです。その方法の一つに、現場での困難な事例に対するカンファレンスを行うことです。処遇に困ったときには、一人の介護者だけにその対応をゆだねるのではなく、複数の関係スタッフが一緒になって問題を解決すべき方法を話合うこと、このカンファレンスの取組みが、意識改革に大変重要な役割を果たすと思います。

2) 虐待させない環境づくり

私が勤務する和光病院では、患者さんへの身体拘束ならびに個室隔離をいかなる介護上あるいは治療上の理由があろうと禁止しています。この方針は、和光病院が開院当時の看護部長の提案で決められた、と聞いております。この方針が長く続けられてきた大きな要因は、身体拘束に使用するベルトやミント手袋等の道具は一切置いてありませんし、隔離室もないからです。たとえスタッフが点滴のために身体拘束が必要と思っても、その道具がないため、できないのです。

それゆえ、拘束しないで介護できる方法について担当スタッフ全員でカンファレンスを開き協議します。先日は、ある重症患者さんの酸素マスクを昼夜を問わず外してしまう別の患者さんの処遇について、スタッフは頭を抱えていました。その時、ある看護師より、重症患者さんの病室を変更してみてはどうかとの提案がありました。実行したところ、部屋に入室しても重症患者さんはいませんので、酸素マスク外しの行為がなくなりました。

このように、その患者さんの行動自体を抑えようとすると身体拘束が必要になるのかもしれませんが、その患者さんの行動をよく観察し、その患者さんに適した環境を提供することで、身体拘束の必要性は無くなるのです。

3) 質の高いケアの提供

「質の高いケア」の提供は最も基本的なサービスです。では「質の高いケア」とはどのようなケアなのでしょうか。それを言葉で説明することは、大変難しいことです。私自身も正直なところ説明できませんが、いつも思うことは、『患者さんやそのご家族が、安心でき、満足できるようなケア』が質の高いケアサービスではないでしょうか。

すなわち、患者さんが介護スタッフに身を委ねられる、これが安心につながるのではないでしょうか。そして、家族はその患者さんの安心した表情に満足することでしょう。このようなごく当然のサービスの提供は、どのようにしたらよいのでしょうか。そこで必要なのは、最新の看護、ケアそして医療や福祉の情報を有効に実践で展開できる能力です。また他の専門職スタッフと共に課題を解決するために、自身の専門外の仕事内容でも十分理解し、様々な困難な課題に一緒に取り組むことができる能力です。このような能力を個々の介護スタッフや職場そして組織が有することで、質の高い介護は供給されるのではないでしょうか。

4) 密室化の防止

環境のみならず心の密室化は、誤った行為を隠し、それがまたさらに誤った行為を生みだします。認知症の人は介護スタッフの一方的な行為を他者に説明することができません。それは、介護スタッフがどのような行為を行おうと、隠したり、正当化したりできる環境です。このような環境は、虐待を容易にさせる場でもあります。

虐待を防止するには、この密室の場を排除することです。介護の実践が、いつも他のスタッフから見える環境づくりが求められます。その最も効率的な環境づくりが介護実践の状況をこまめに記録することです。介護中に起きた良からぬ出来事やちょっとしたミスを周囲のスタッフに報告することで、ミスの再発を防ぎ、他のスタッフと共有することができます。隠すことはさらなるミスを隠し、それが虐待行為につながるのです。

5) ヒヤリ・ハットの徹底

介護サービスで生じた、認知症の人にとって不利益なできごとを報告する習慣は大切です。多くの病院や施設では、ヒヤリ・ハットという名でこの報告を義務づけています。すなわち、介護中のヒヤリとしたこと、ハッとしたこと、どんなん些細なことでも報告し、スタッフ全員でその事実を共有する制度です。

不利益な出来事の発生日時・場所、出来事の内容、どのような状況の時か、その結果認知症の人にどのような不利益が生じたのか、を報告します。そして、その出来事の状況や経過、対応を記載し、最後にその出来事の原因や再発防止策を記載します。

このような報告は、他のスタッフと共有することが重要であって、報告者を非難するものではありません。この報告システムは、介護スタッフに認知症の人の安全管理と正しい処遇の在り方を気付かせる重要な道具になります。

ユッキー先生のアドバイス

虐待の問題は、そのような行為は行けないと思っていても、してしまうケースが多いのです。介護スタッフ自身がそのような葛藤を振り切ることができたなら、おそらく、虐待という行為は無くなるでしょう。

そして、このことは自宅で介護している家族にも言えることです。決して家族は楽しんで虐待を繰り返しているのではありません。家族介護者が負担のない介護ができれば虐待という辛い行為は必要がなくなります。次回は、家族介護者の虐待の問題を取り上げたいと思います。

(2015年3月17日)



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