第22回 成年後見制度とは(2):成年後見の申立

前回のコラムでは、高橋洋平(仮名)さん78歳の事例を紹介しました。長男の正一(仮名)さんは、財産管理ができなくなった洋平さんのことを顧問弁護士に相談したところ、顧問弁護士は正一さんに成年後見申立の手続きをするように助言しました。そこで正一さんは、成年後見開始の審判の申立て手続きを進めることにしました。

この回では、成年後見の申立て手続きについて解説しましょう。

この記事の執筆
今井幸充先生
医療法人社団翠会 和光病院院長 / 日本認知症ケア学会 元理事長
今井幸充先生
この記事の目次
  1. 相談窓口
  2. 成年後見開始審判の申立人
  3. 申立に必要な書類
  4. 医師診断書
  5. 家庭裁判所調査官による実情の調査
  6. 精神鑑定
  7. 後見開始の審判
  8. ユッキー先生のアドバイス

相談窓口

高橋正一(仮名)さんは、父高橋洋平(仮名)さん78歳の成年後見申立てを家庭裁判所に行うことにしました。顧問弁護士から詳しい説明を受けたのですが、具体的な手続き方法を確認するため専門の機関に相談することにしました。

各自治体では、地域包括支援センターや市役所等の所定窓口で申立手続き等の相談を受けております。成年後見制度に関する詳しい情報や後見人とその役割に関すること、その他後見制度にかかわる法律的な相談については、「成年後見推進センター」に電話し、相談の予約を取ってセンターの弁護士や専門官と相談するとよいでしょう。

正一さんは、センターの弁護士さんに後見制度に関する詳しい説明や、申立方法、後見人の役割などについて相談しました。そして、誰が後見人に適しているのか、後見人を申立する際に他の兄弟や親せきに承諾なしに自分が父親の後見人になっていいものか、疑問でした。その点も確認したかったのです。

相談した弁護士は、「後見人になる人は、お父さんの財産を守り、また生活も守らなければなりません。兎角誤解されやすいことは、後見人が財産相続権を独り占めにするのではないか、との疑念ですがそのようなことは決してありません。また多くの場合に親族等が後見人に選定されますが、正一さんが後見人になることが最も適しています」とのアドバイスでした。

弁護士の意見も参考に、長男の正一さんが法定後見人となることを所轄家庭裁判所に申立しました。正一さんは、洋平さんの仕事を引き継ぎ、現在は会社の社長とし手腕を発揮していること、また弟の和也さんや長女の明子さんも了解したことから、後見人の申立も同時にする事にしました。

成年後見開始審判の申立人

成年後見申立は、誰でもできるわけではありません。洋平さんの後見開始の申し立ては、本人、配偶者、4親等以内の親族、成年後見人等、任意後見人、成年後見監督人、市区町村長、検察官です。正一さんは本人の子ですから問題ありません。

4親等内の親族とは、比較的広い範囲の親族です。子、孫、曾孫、曾孫の子、親、祖父母、曾祖父母、曾祖父母の父母、兄弟姉妹、おじ、おば、甥、姪、いとこ、配偶者の親、配偶者の祖父母、配偶者の曾祖父母、配偶者の子、配偶者の孫、配偶者の曾孫、配偶者の兄弟姉妹、配偶者の甥・姪、配偶者のおじ・おばなどがそれに当たります。

申立に必要な書類

申立に必要な書類の多くは、インターネットからダウンロードできます。管轄の家庭裁判所のホームページをご覧ください

(1) 申立書:所定の書式がありますので裁判所や推進センター等の窓口にて無料で入手できます。また、法務省のインターネットからもダウンロードできます。
(2) 申立人の戸籍謄本1通:申立人が本人でない場合に必要
(3) 本人の戸籍謄本と戸籍の附票:戸籍謄本の他に戸籍の附票が必要です。この附票は、本人の住所「転移履歴」ですが、住民票ではありません。附票は本籍地役所でのみ発行してもられます
(4) 登記事項証明書:この証明書は、法務局が発行するもので、申立の時には、後見開始の審判を受けていない事を示す為です。
(5) 本人の診断書:洋平さんの診断書。この診断書は所定の書式の診断書です。所轄の家庭裁判所か、あるいは地域の相談窓口にありますので、それをもらい、主治医に記載をお願いしてください。
(6) 後見人候補者に関する書類:
 1)戸籍謄本
 2)住民票
 3)身分証明書:本籍地役所が発行する破産宣告を受けていない旨の証明書
 4)登記事項証明書:(4)と同じ
(7) 申立書付票:

審査申立時に申立人は裁判所から依頼された申立付票に記載しなければなりません。その内容は、「申し立ての事情について」と「本人の状況について」についての質問で、それに答えるアンケート式のものです。

医師診断書

洋平さんは、アルツハイマー型認知症と診断されましたが、そこで正一さんは洋平さんの後見人になることを決意しました。その背景には顧問弁護士の指摘がありました。すなわち、洋平さんは、アルツハイマー型認知症と診断されたことで、物事を適切に判断する能力に冒され自己の財産等の管理運営できなくなったこと、洋平さん自身の意思意向に即した判断やそれに伴う行動ができなくなり、生活が混乱していることが明らかになったのでした。このように、アルツハイマー型認知症に冒され認知機能が障害されると、本人の事理弁別の能力、すなわち適切に判断する能力が障害されます。このことを医学の立場から証明する診断書が、後見申立ての際に必要になります。

この成年後見用診断書は、医師に「判断能力についての意見」を求めています。すなわち、「自己の財産を管理・処分すること」が「できない」、「常に援助が必要」、「援助が必要なばあいがある」あるいは「できる」、この4段階を医師は評価しななければなりません。また、この評価を下した根拠も診断書に示します。ですから、この診断書は、高橋洋平さんが後見相当、保佐相当あるいは補助相当を判定する重要な手がかりになります。

このように、法定後見開始の審査申立の際には、本人の精神状態を正しく判定する医師診断書が必要になりますので、かかりつけ医にあらかじめ審査申立を行うに際に、診断書の作成をお願いすることの承諾を確認しておいた方がよいと思います。医師によっては、成年後見用診断書の作成を拒む方がいますが、その多くは、精神科や神経内科以外を専門とする医師で、判断能力の判定に躊躇するからです。その場合は、その医師と相談して認知症の専門医師を紹介してもらうか、地域の認知症疾患医療センターの医師を紹介していただいてください。

家庭裁判所調査官による実情の調査

長男の正一さんは、父高橋洋平さんの「後見開始の審査申立」の書類をそろえ、所轄の家庭裁判所にそれらを提出に行きました。そして、その次に申立人の正一さんがすることは、裁判所の調査員が洋平さんの実情に関する調査を後日実施しますが、それに応じる必要があります。これが「家庭裁判所調査官による実情の調査」です。これは、家裁調査官が申立人、本人、後見人候補者と面接を持ち、洋平さんの状況を詳しく調査することです。正一さんは、申立人であると同時に後見人候補でもありますので、調査官は正一さんと会って洋平さんの判断力の状態や日常生活状況を調査し、また後見人としてふさわしい人物かを調査します。申立人と後見人候補者が異なる場合は別個に調査が行われます。本人の洋平さんも、家庭裁判所に出頭し、調査を受けることになりますが、中には出頭できない人もいますので、その場合は、調査員が家まで出向くこともあります。しかし、担当医師の診断書や関係書類で正一さんの状態が明確にされたと裁判所が判断した場合は、本人への面接調査を行わない場合もあります。

精神鑑定

高橋さんの法定後見の類型の決定は、申立書、医師の診断書や調査官の実情の調査だけで決定されるわけではありません。家庭裁判所では、医師の診断書の結果をもとに、さらに本人の詳しい精神状態を明らにする必要があると認めたときは、専門医に精神鑑定を依頼します。そこでは、①精神上の障害の有無、内容及び障害の程度、②自己の財産を管理・処分する能力、③回復の可能性、について鑑定を実施します。

高橋さんの場合は、診断書作成の医師が、「後見相当」と診断書に記載しましたが、家庭裁判所では、さらに洋平さんの状態を明確にするために、精神鑑定を精神科医に依頼しました。その鑑定人に選任されたのが、洋平さんを最初にアルツハイマー型認知症と診断した精神科医でした。通常は、診断書を作成した医師には、精神鑑定の受諾の意思確認を裁判所が行います。

ここで重要なことは、医師が鑑定を快く引き受けるか否かの問題です。この鑑定は、この制度が施行された2000年当初に比較すると、非常に簡便にはなってきていますが、それでも先に示しましたように医師にとっては、大変な負担です。それ故、鑑定を拒否する医師も少なくありませんので、成年後見申立のための診断書作成をお願いする際に、その後の鑑定書作成も家族からお願いしておくとよいでしょう。もし、その医師が鑑定を拒否した場合は、他の医師を紹介していただくことも必要です。

では、精神鑑定はどのように行われるのでしょうか。まずは、担当医師(以下鑑定人とします)が当該家庭裁判所から鑑定依頼を受けとってから鑑定の作業を開始します。鑑定人は、洋平さんの精神状態を明らかにするために、まずは本人と家族との面接を行います。ここでは、本人の問診により、認知機能障害の程度や身体状況をチェックし、また家族から本人の日常生活の様子を詳しく尋ねます。具体的には、①本人の家族歴、生活歴、②既往歴、現病歴、③日常生活の状況、④身体状態、⑤精神状態:意識/疎通性、記憶力、見当識、計算力、理解力・判断力、現在の生活の特徴、その他の精神状態や異常な行動の有無、について調べます。 認知症診断のための検査としては、CT、MRI、SPECTなどの放射線医学的検査を実施します。認知機能を客観的に測定するためには、心理テストを行います。そして身体状態を確認するための基本的な血液の検査を行います。

これらの結果を総合的に評価して洋平さんの判断力そして認知機能低下の程度を判定し、精神鑑定書を作成します。

後見開始の審判

高橋洋平さんの審判は、後見相当でした。そこで行われるのか後見人の選定ですが、正一さんは、洋平さんの子であり、家業の後継者でもありますので後見人として問題ありません。しかし、後見人になれない人もいます。それは、未成年者、以前に後見を解任された人、破産者で復権していない人、本人に対して以前訴訟を起こしたことのある人、あるいは行方不明の人は後見人になれません。

また、本人との金銭的トラブルや借金問題、遺産相続の闘争がある方、本人(被後見人)のお金で生活を伴にしている人、その他後見人と本人(被後見人)との間にトラブルが存在することが確認された場合、裁判所は後見候補者以外の後見人を選定したり、成年後見監督人を選定する場合があります。

さて、正一さんが後見人に選定され、その審判書が正一さんの下に届きました。そこから2週間以内に他者から不服の申し立てがないかぎり、家裁は地元の法務局に審判内容を登記する依頼を行い、それが実行されて登記が完了します。そこで県庁あるいは都の法務局に登記事項証明書を取りに行き、申立手続きの完了です

ユッキー先生のアドバイス

後見人、被後見人の登記が終了したからといって、これで終わったわけではありません。これからが正一さんが後見人として行わなければならない役割がたくさんあります。確かに、その労力を考えると、めげてしまいそうになりますが、これからの洋平さんの財産や生活を守るために、同時に正一さんをはじめ洋平さんの家族を守るためには、この成年後見制度の利用は重要な意味を持つことになります。

これらの手続きが面倒と考えていられる方、あるいは金銭的に余裕のある方は、後見人として弁護士、司法書士あるいは社会福祉士などの専門家に依頼することもできます。そうすると、いろいろな手間は省けます。

次回は、後見人の具体的な仕事について説明しましょう。

(2014年5月2日)



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