忘れた記憶を薬によって取り戻せることを示した研究

2019年2月7日

「もし自由に記憶を操ることができたら…」、そんなことを考えたことはないでしょうか? 多くの人にとっては、過去の出来事を覚えていることはごく普通のことであり、不思議に思うことはないかもしれません。しかし、どうしても思い出せない名前があったり、電話番号を即座に覚えられなかったりなど、自分の意志で「記憶」を操ることは意外と難しいものです。

今回は、薬によって忘れた記憶を取り戻すことを調べた研究をご紹介します。

この記事の執筆
認知症ねっとACADEMICS
認知症ねっと編集部
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この記事の目次
  1. 忘れてしまった記憶は脳のどこかにある
  2. 一度忘れてしまったことを思い出す効果
  3. 記憶を取り戻す薬はヒトでも効果がある
  4. 記憶障害や認知症の治療薬としての応用に期待

忘れてしまった記憶は脳のどこかにある

「記憶」は生きていくためには欠かせない能力です。私たちは記憶があるおかげで、過去に出会った危険な事柄を避けるように行動することができます。とは言うものの、全てのことを覚えていたほうがよいというわけではなく、たとえば、不快な出来事や大きなショックを受けたことなどは、記憶の彼方へ追いやったほうが、その先の人生を送る上で有利な場合もあるでしょう。

記憶することは当たり前のように思えますが、実は失われた記憶を「取り出す」方法は明らかではありません。この度、北海道大学の野村洋講師らのグループは、脳に作用する薬によって過去の記憶を呼び戻すことに成功しました。

彼らが着目したのは「ヒスタミン」です。ヒスタミンはアレルギーに関係する物質として知られていますが、脳の神経伝達物質のひとつでもあり、睡眠や食欲、記憶に関わることがわかっています。研究チームは、ヒスタミンを抑える薬によって記憶や学習の能力が抑えられてしまうことに着目し、ヒスタミンを増やすような薬が記憶にどのような効果をもたらすのかを調べました。

一度忘れてしまったことを思い出す効果

まず、マウスを使って実験を行いました。最初にオモチャを1つ覚えさせます。しばらく時間がたってから、そのオモチャとさらに新しいオモチャを2つ同時に見せます。マウスは目新しい物に近づく習性があるため、新しいオモチャのほうに近づく頻度が多ければ、以前に見た物を記憶していると判断することができます。

実験の結果、最初のオモチャを覚えさせてから3日も経つと、そのオモチャのことを忘れていることがわかりました。そこで3日目以降に、脳で使われるヒスタミンが増えるような薬を与えて実験を行いました。すると今度は、最初に覚えさせたオモチャに近づく頻度が減ったことから、そのオモチャのことを思い出していることが明らかになりました。

記憶を取り戻す薬はヒトでも効果がある

次に、同様の薬がヒトに与える影響を調べる実験を行いました。まず、38名の被験者に128枚の写真を見てもらいます。そして、それから7日後と9日後に記憶テストを行いました。テストでは以前に見た写真の中から32枚、以前には含まれていなかった写真を32枚、以前見た写真によく似ているけれど同じものではない写真32枚を見せます。そして、1枚ずつの写真について、以前に見た写真かどうかについて答えてもらいました。実験の結果、脳内のヒスタミンが増えるような薬を与えた場合では、正解率が有意に上がりました。興味深いことに、薬のない状態で行った記憶テストの成績が悪かった人ほど、薬によって正解率が上がることがわかりました。

以上の結果から、脳の情報伝達に使われるヒスタミンを増やす薬には、忘れてしまった記憶を取り戻すような効果がある可能性を示しています。また、この薬はマウスだけでなく、ヒトでも同様の効果があることがわかりました。

記憶障害や認知症の治療薬としての応用に期待

今回ご紹介した実験は、それほど遠くない記憶に関して行われたものです。同様の薬によって、何十年も前の遠い記憶が呼び戻されるのかについては興味深いところでしょう。今回の実験で、もともとの記憶力の違いによって薬の効果が異なる結果が得られたことから、この薬に対する反応には個人差があると考えられます。今後、この薬が脳に及ぼす作用については慎重に調べる必要がありますが、いずれ記憶障害や認知症の治療薬として役立つ日がくることを期待します。

▼ご紹介した論文
Central Histamine Boosts Perirhinal Cortex Activity and Restores Forgotten Object Memories.
Nomura H et al., Biol Psychiatry. 2018 Dec 19.


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