東日本大震災と認知症~粟田主一先生【ADI国際会議】

2017年6月5日

京都で開催されたADI(国際アルツハイマー病協会)国際会議では、地震等自然災害時の認知症対応を検討する「認知症と災害」と題されたシンポジウムが開かれ、パキスタンや中国からの事例報告が行われました。

日本からは東京都健康長寿医療センターの粟田主一研究部長が講演。災害が認知症患者や高齢者に与える多大な影響と課題を、東日本大震災での実体験をふまえて発表しています。

平時からの備えの重要さを説いた講演の内容をご紹介します。


この記事の執筆
認知症ねっと
認知症ねっと編集部
認知症ねっと
この記事の目次
  1. 災害時、もっとも被害を受けるのが高齢者
  2. 被災地の認知症患者の実態
  3. コミュニティの消失が深刻な問題に
  4. 「平時からの備えが大切」
  5. 認知症に優しい地域づくりを~網地島での取り組み

災害時、もっとも被害を受けるのが高齢者

まだ記憶に新しい2011年3月11日の東日本大震災は多数の犠牲者を出しました。具体的な数値で言うと、死者1万9,418人、負傷者6,220人。死者で年齢が確認された方の半数以上が60歳以上の高齢者となっています。

地震が発生した当初東京にいた栗田先生は、すぐに仙台に向かったといいます。仙台市の認知症疾患医療センターで医療にあたる中、まず問題と感じたのは、情報が入ってこないという点。病院の中では外の世界での様子がほとんどわからず、認知症の方や家族がどういった状況にいるのかがわからない。それならば、と栗田先生は、各地にいる認知症関係者と連絡をとり、現地調査とヒアリングを行いました。また、宮城や岩手、福島にいる認知症に関わるスタッフに連絡をとり、現地の情報を集めたといいます。 その結果わかったのが、多くの認知症高齢者が逃げ遅れ犠牲となったこと、そして避難した高齢者の過酷な環境でした。

震災に見舞われた東北では、当時多くの地域で電気やガスが停止。まだ3月の寒い中、暖房も食料もなく、さらには衛生環境も整わない環境で多くの高齢者が体調を崩し、死亡のリスクを高めてしまったのです。

被災地の認知症患者の実態

震災により、認知症患者やその家族は、大きな支障をきたしました。

慣れない避難生活から認知症が悪化したケースや、今までほとんど症状が無かったのに被災後症状が出始めたケースなどがあり、これらは当事者だけでなく、家族にも大きな負担となりました。避難生活が長引くにつれ、家族や周囲もストレスにさらされ、認知症患者に対する苦情なども出始めた結果、やむなく避難所を出て、車で生活するようになった家族もいたようです。

そういった精神的負担から虐待のリスクも高まりました。また、避難生活で自分たちも大変な状況だからと、家族が患者に普段よりも安定剤を多めに飲ませてしまい、その結果食事がとれず脱水状態になり救急車で運ばれたケースもありました。

栗田先生たちが従事する医療機関でも、精神状態・身体状態が悪化した高齢者の入院が急増。治療を施すも、そもそも家族や地域の支援力や介護力が減退しているため、退院先の確保に困難をきたしたといいます。

コミュニティの消失が深刻な問題に

避難生活によって起こる深刻な問題として、栗田先生は「コミュニティの消失」を挙げています。 災害で家を失くすということは、それと同時にこれまで築いてきた親しいコミュニティを失うということ。

地域の中には認知症を抱えながらひとりで暮らしている人がたくさんいます。 こういった人たちは普段はなんとか暮らせていましたが、災害後は自分自身で水や食料を確保しなければならないという状況になりました。当時も、地域包括支援センターには認知症患者本人だけでなく、家族や医療機関、マンションの管理人、隣近所の人たちなど数多くの人が相談に訪れたといいます。

「平時からの備えが大切」

粟田先生は、こういった認知症患者や高齢者の問題をカバーするために、顔の見える地域のソーシャルネットワークを構築し、他職種の人が共同して統合的に支援するシステムを稼働させていくことが重要と訴えます。

また、居住系や施設系サービス事業は災害時に福祉施設として稼働できる体制を整えること、避難所そのものに福祉施設としての機能を持たせることなども課題としています。

認知症に優しい地域づくりを~網地島での取り組み

さまざまな課題が浮かび上がる中、栗田先生は石巻市の沖合にある網地島を、認知症患者の支援のために定期的に訪問するようになりました。網地島は人口400人、高齢化率70%の島。そんな島の中央に位置する廃校に、栗田先生や看護師や保健師、地域包括支援センターのスタッフが集まり、島で暮らす認知症患者をどう支援していくかの検討会議を始めたのです。

「島で暮らす認知症の高齢者の多くは認知症という診断がついていない状況だったため、診療所で診断をつけ、診断後さまざまなケアを行いました」
主に行ったケアは、日常生活支援、服薬管理、金銭管理、買い物支援、交通機関の利用等の調整のほか、レクリエーション、各種サービスの利用支援など多岐に亘ります。また、地域の協力を得るため、認知症理解深耕のパンフレット配布や勉強会も行ったといいます。

こういった活動がその後沿岸地域にも普及し、石巻では2016年から「認知症初期集中支援チーム」として活動するようになりました。

地域の復旧が進む現在、新しい暮らしの場所で新たにコミュニティを作っていくということが課題となっています。

認知症の方とともに暮らせる地域社会をどのように作っていくか、認知症患者ひとりひとりを支援しながら、しっかり考えていかなければならないと栗田先生は伝えています。


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